聖なる刺客*2
「……えっ」
「なんか、調査の為って言う割には、ダンジョンに不慣れな人だったっぽい……」
俺は困惑しているが、聞いているミシシアさんとリーザスさんも困惑している。そりゃそうだよな。俺もそうだよ。なんだよこれ。警戒してたのに随分とお粗末じゃねえか!
「毒消しはあるんだろう?」
「それが、もう使い切ってるっぽい」
「……助けに行くか?」
「いや、そこまでしてやる義理も無いなあ……」
まあ、うん。多分、人通りがそこそこある通路の、分かりやすい位置の落とし穴の中だから、通りがかった冒険者に助けてもらえるんじゃねえかな。うん……。
……うん。
「教会の人、本当に何しに来たんだ……?」
「さあ……」
なんか、こう……想像の斜め下を来られると、こう、どうしていいんだか分かんねえな。なにこれ。なにこれ!
「……こうなったら、エデレさんの出番だね」
困惑する俺達の中で、1人、ミシシアさんは希望に満ち溢れていた。まるで、迷子になっている最中にも、ちゃんと正しい道を知っている人のようだ!
「知ってる?エデレさんはね、人から情報を聞き出すのがとっても得意なんだよ!」
「……おお!」
どうやら俺達の導き手は、エデレさんらしい。
よろしくエデレさん!お世話になります!
「えっ?さっきの人、動けなくなってるの?」
「どうやらそうらしいんだよねえ……ね、アスマ様?」
報告しに行ったら、エデレさんも困惑してしまった。そりゃそうだよな。俺も正直、困惑してるよ!
「あっ、でも、そっちの方に今入っていった冒険者の一団が向かってるから、多分、拾ってもらえると思う」
「あら、そうなの。ならよかったわ。まあ、1日経っても受付に戻ってこなかった場合は捜索隊を出す『安心保険』に入っていかれたから、どうしても戻ってこられなかったらリーザスさんにお願いして探してきてもらう手筈だったけれど」
エデレさんの言う『安心保険』は、ダンジョン前受付で加入できる保険のうちの1つだ。
今も、ダンジョン前受付では『ダンジョン管理費』として、心ばかりの入場料を取ってるんだけど、それに加えて更に金を出すことによって、『1日経っても出てこなかったら捜索してあげます!』という保険に加入することができるのだ。
尚、ここで捜索する係は、リーザスさんである。……リーザスさんがダンジョン内をふらふらしていてもおかしく思われないように、彼には世を忍ぶ仮の姿として、ダンジョン内で困っている人を助ける仕事をやってもらっているのだ。
そしてリーザスさんにくっついて見習いをやっているガキ、という扱いである俺も、怪しまれずにダンジョンに入ることができるので、とても助かっている。ありがとうリーザスさん。
「まあ、そういうことなら冒険者達に連れられて戻ってくるかしら……」
「うん。多分そうなると思う。だからエデレさん!あの人がどうしてここに来たのか、情報収集お願い!」
ミシシアさんがそう言ってエデレさんの手を握ると、エデレさんはきょとん、とした後、にっこり笑った。
「ええ、分かったわ。私にも役に立てそうなことがあってよかった。頑張るわ」
おお、頼もしい笑みだ。エデレさんならきっとやってくれるはずである。さて、となると、明日には色々と情報が出てることになるかな。
ということで。
その日は俺達ものんびりと過ごした。スライム達がもっちりもっちりやっているのを眺めたり、ちょっと宝石を作り足しておいたりしつつ、エデレさんの健闘を祈って待つ。
……そうして、夕方頃には教会の人が無事に保護されて戻ってきて、『酷い目に遭った……』としょぼしょぼしていた。この人、本当に駄目っぽいな……。
エデレさんはそんな受付で教会の人を労いつつ、『よかったら食堂へご案内しますわ』とスマートに誘導。教会の人、疲れてお腹も空いたらしく、のこのこエデレさんについて食堂へ。
いやー、こういう時、洞窟の外もダンジョンの範囲内ってのが役に立つよな。村中の様子が分かるから、その場に居なくてもある程度の状況が分かるし。これは便利だなあ。
「アスマ様ー、今、どういうかんじ?」
「えーとね、エデレさんが教会の人を連れて食堂に入った」
「わあ、エデレさん、中々やるぅ!仕事が早ぁい!」
ミシシアさんが歓声を上げ、リーザスさんが『俺にはできない所業だなあ……』などとぼやいているのを聞きつつ、俺はもうちょっと食堂の様子に集中してみる。いや、ぼんやりとしか状況が分からないと何かと不便だし。
こう、集中してみたら、案外分かるもんなのかね、と思って。魔法は訓練だ、って、ミシシアさんもリーザスさんも言ってたし。
「おっ、いけた!」
ということで試してみたら、食堂の中の様子がはっきり分かるようになった!
「えっ!?どしたの、アスマ様!?」
「えーと、今、俺、食堂の中の様子が見えてる!」
「えっ、すごい!じゃあ私と食堂と、両方見えてるってこと!?すごく便利だね!」
「いや、目の前に居るはずのミシシアさんのことは一切見えてない!」
「それ、やっぱり不便じゃない!?」
が、視界は1つしか得られないっぽいので、こう、1カメと2カメを切り替えちゃったかのように、目の前の様子が一切分からなくなった。うわー、不便だ!
上手いことワイプ画面みたいに2画面表示できないかなー、と思ったんだが、それはできないっぽい!いや、訓練か!?これも訓練次第なのか!?でも少なくとも今すぐには無理だ!頭こんがらがる!
「ちなみに音はどうだ?」
「音は……集中したら多分、食堂の方に切り替えられると思う。けど、そうすると俺、多分、こっちの音は聞こえなくなるからよろしく。その間に何かあったら肩3回叩いてもらっていい?そしたらこっちに意識戻すから」
「あ、ああ。分かった。……中々に恐ろしい能力だな」
「じゃあ、私は手、繋いでおくね!アスマ様側で何か助けが欲しい時には、手を握ってね!私が『大丈夫?』って聞く時にはこっちから握るから、大丈夫だったら2回握って!」
ということで、色々と取り決めておくことにした。これ、うっかりいきなり実戦投入しなくてよかったぜ。少なくとも、自分と一緒に仲間が1人以上居る時じゃねえとおちおち使ってられん。
まあ、今は仲間が居るので使う。……すると、食堂の中の様子が、見えるし聞こえるようになった。
仕事終わりの冒険者達で賑わう食堂の音がいきなり聞こえてきちゃったもんだから、ちょっとびくってした。途端に、右手が、きゅ、と握られたので、『大丈夫』の意を込めて、2回、きゅきゅ、と握り返した。するとまた2回握られたので、ミシシアさんの『了解』だな、これは。
……仲間が居るおかげで、食堂に意識を集中していられる。今日も食堂は賑やかで……そんな食堂の一角では、エデレさんと教会の人が着いているテーブルの上に、丁度、食事が運ばれてきたところだ。
今日の日替わりはシチュー定食だ。塩漬けにした豚肉と根菜をコトコト煮込んだ塩味のシチューだな。クリームシチューじゃないシチューってのも中々悪くない。俺はアレが結構好きである。おなかすいた。
「いやはや、酷い目に遭いましたよ。まさか、あんなに罠だらけだとは!」
「ご無事でよかったですわ。あのダンジョンは毒を有する罠が多いようですから……」
「全く、卑劣なダンジョンです。……無事であったことを、神に感謝しなければ」
運ばれてきたシチューを前にしつつ、教会の人はそんなことを言って、それから食前の祈りっぽい何かをやり始めた。エデレさんもなんか、形だけ真似てるっぽい。俺も形だけ覚えておこう。コレがこの世界のマナーっぽいしな。
「それにしても、何故この村へお越しになったのです?ご覧の通り、この村はまだ小さな村ですの。ダンジョンも、魔物が居るわけでもないようですし……」
さて。シチューを食べつつ、エデレさんがそう聞くと、教会の人は『やれやれ』というような顔でのんびり頷いた。
「魔物が居なくても、ダンジョンはダンジョンですから。……いえ、近頃、こちらのダンジョンの噂が、我らが教会にまで届いていましてね。魔物の居ないダンジョン、というものも珍しいので、ならば折角だし、近くまで立ち寄ったついでに調査を、と」
「あら、噂になっているんですの?ふふふ、嬉しいわ。これで村に多くの人が来てくれたら、嬉しいのだけれど」
おっとり微笑むエデレさんは、成程、『THE・美人!』っていうかんじである。この雰囲気を纏っていれば、そりゃあ確かに、『なんか探りを入れられてる!』って警戒する奴は大分減るだろうな……。一方で、ゴロツキに見染められてめんどくさいことに巻き込まれたりもしちゃうんだろうけどな……。
「ま、まあ、このダンジョンから産出したという、水晶細工の瓶。あれが王女殿下に献上されたと専らの噂ですからね。それに、水晶細工の花も産出したのでしょう?」
「ええ。『宝玉樹の花』と呼んでいますわ。私も一目見たことがありますけれど、本当に、美しいものでした」
「おお、やはり!私も一目見てみたいものですね」
……教会の人、宝玉樹の花とか実とかに興味があるのか?それが欲しくて、ダンジョンに不慣れなのにわざわざ1人でここまで来たとか?
なんかありそうだよなあ、と思いつつ監視していたところ……エデレさんも、俺と同じようなことを考えていたらしい。
「ねえ、失礼かもしれませんけれど、もしあなたが宝玉樹の花と実を手にされたら、どうなさいます?」
なんと、エデレさん、さらりとそう聞いてしまった!成程ね!こいつは中々すげえなあ!……と、『すげえ!』の気持ちでいっぱいになっていたら、右手がまた、きゅ、と握られた。ミシシアさんの『大丈夫?』である。はい。大丈夫です。きゅきゅ。
「どう、と言われますと……うーむ、そうですねえ」
教会の人も、まさか自分の目的を探られているとは思っていないらしい。呑気にそう言うと……。
「勿論、聖女様に捧げますとも!限りなく透き通った水晶でできた花となれば、正に聖女様にこそ相応しい代物でしょうから!」
……聖女様、とな。
へー……なんかまた新しい情報、出てきちゃったな。これが一段落したら、またミシシアさんとリーザスさんに聞いてみよう。
それからもエデレさんの雑談は続き、教会の人は気持ちよく喋ってくれた。
「聖女様?ああ……確かに、素敵!そうですわね。聖女様のお召し物はやはり、白が多いのでしょう?なら、水晶細工の花はよく映えるんじゃないかしら!」
「ええ!きっとそうでしょうとも!それにやはり、水晶とは穢れ無き浄化の石。聖女様にこれ以上相応しい石も、中々ありますまい!」
水晶で浄化っていうと、なんか俺の頭の中には胡散臭いパワーストーンの広告が流れ始めちまうんだが、この世界はやっぱりファンタジーなだけあって、マジに浄化のファンタジーパワーでもあるのかね。知らんけど。
「そうそう、宝玉樹の花以外にも、このダンジョンでは水晶がよく産出すると聞いています。水晶は浄化の儀式にも用いる石ですから、教会としてはその点でも興味がありまして……」
「あら、そうなんですの?」
……そしてついでに、サラッとまた重要そうな情報が出てきちゃったぞ。
おいおいおい、俺としては生産コストが安いっていう理由で水晶多めに作って出してたけど、まさかそれで教会に目を付けられるってことになるとは……。
「そうですね、エデレさん。ここはおひとつ……あのダンジョンを寄付されるおつもりはありませんか?」
……なんか、とんでもないことになってきちゃったぞ。おいおいおい。どうすんのこれ!




