挑戦者*3
それから、集まっていた冒険者達や、騒ぎを聞きつけて集まってきたパニス村の人達、それに、サクラとして元々待機していたパニス村の人達が聞く中で、凛々しいお兄ちゃんがその手に握った花を掲げて見せた。
傾きつつある太陽の光に、きらり、と輝くそれは……水晶細工の花だ。
石英の再構築によって生まれた、あまりにも透明で、あまりにも繊細な花。ただの彫刻だと言うには、あまりにも『生きた花』のように見える繊細さなものだから……まあ、これを見た人々は、大いにざわついてくれた。なので俺としても満足。これは俺の自信作だからな!
「これが、噂の『世界樹』の花だ。迷路を抜けた最深部にこれがあった」
そして、その花を見た人達が一斉に沸く。
「こんな美しい花が咲くのか!」
「やっぱり世界樹は本当にあったんだ!」
……尚、このオーディエンスの盛り上がりは、当然ながらパニス村のサクラ込みでのそれである。
「まあ、聞け。……恐らく、このダンジョンにあるのは、世界樹ではない」
そして、凛々しいお兄ちゃんがそう言えば、人々はまた、どよめく。いいなー、ちょっと楽しそう。
「あれは世界樹ではなく、宝石でできた樹だった。魔力を感じられる不思議な樹ではあったが、世界樹ではなかったぞ!」
「世界樹の目撃情報があったようですが、アレを見て勘違いしたのだろうと思われます」
凛々しいお兄ちゃんと裾の長い服のお兄ちゃんがそう説明すると、周りの人達は『なーんだ』とばかり、ため息を吐いた。
ついでに、『まあ、目撃情報っていうのを持ち帰ったのが、あいつらだろ?』『ああ、それじゃあ、世界樹じゃないものを世界樹だって勘違いもするかあ……』『そもそも信憑性は低いって判断だったしな。樹があっただけでもびっくりだ』などと囁き合う声も聞こえてくる。
……ギルドに引き取ってもらったあのゴロツキ達、よっぽど信用が無かったんだなあ。
そうして、『ダンジョン前広場』の人々はやがて解散していき、今回無事に踏破を果たした一団は、宿でささやかながら祝杯を挙げて、そして早めに寝て、そして朝いちばんに村を発っていった。
多分、あの人達が情報を持ち帰ってくれるだろうから、『偽世界樹』の情報が出回るのもそう遅くないだろう。
まあ、高品質な宝石が出るダンジョンってことで、『世界樹が無くても、まあこれはこれで……』っていう人達が入ってはいるから、今後もダンジョンの収益は見込めるんじゃねえかな。
今回は特需だったわけだが、まあ、目指すところは安全なダンジョン経営および世界樹の守護、そして村の利益の獲得なわけだから、今後も細く長くやっていけるといいね。
と、思いながら一週間。
「人が増えた」
「増えちゃったねえ……」
……ダンジョンは、盛況であった。
盛況だ。あまりにも、盛況である。
一旦は落ち着いたかに思われた人の入り具合が、今やまた、『世界樹を探せ!』の時期と同じくらい……いや、それ以上に増えている!
「エデレさーん、どうしてこんなに人が多いんでしょうか」
ということで、俺はダンジョン前受付事務所へ向かった。
ここは今、ダンジョン入場直前に毒消しや食料を買い求める人達や、ダンジョン入場のための受付を済ませる人達がぼちぼち訪れる場所となっており……エデレさんと他数名の村人達によって運営されている。
そして今日も、受付にはエデレさんが居た。働き者だなあ。
「あら、アスマ様……それがね、どうも、『宝玉樹』の葉っぱとお花と実を求めて、皆ここへ来ているんですって」
「へ?宝玉樹、っていうのは……」
「一週間前に踏破した冒険者達が持ち帰ってきた、例のアレの樹のことね」
ほー。偽世界樹はいつのまにやら、『宝玉樹』などという大層なお名前を手に入れているらしい。『世界樹?贅沢な名前だねえ!今日からお前は『せゅ』だよ!』とかやられなかったんだな。
……まあ、この結果から見ても分かる通り、偽世界樹改め『宝玉樹』は、町のギルドとやらから大きな評価を得ているように思える。何せ、その葉っぱと花と実を求めて、これだけの人が来てるんだからな。
「何でも、こんなに品質の高い魔石、中々無いから、っていうことらしいわよ」
「魔石……?」
「ええ。魔力の高い宝玉は、そう呼ばれるわね」
へー、魔石、ねえ。
あー……そういや、水を再構築した時も『魔力たっぷり水』になっちまってたけど、それと同じか。宝玉樹の枝葉や実や花を再構築する時に、ダンジョンの魔力が混ざっちまった、と。そういうことだな?
「それに、ダンジョンの比較的浅いところでも、かなり質のいい魔石が採れるっていうことで……初心者達にも優しいダンジョンなのでは、って、評判みたいね」
そうか。そうだよなあ。第1層にちょこちょこ置いてる宝石についても、再構築の時に魔力が入っちまってるってことか。あー。
……うん。
「ええと、それで、エデレさん……儲かってる?」
まあ、ちょっとやらかした気もするが……それ以上に、こっちが大事だろう。ということで聞いてみると……。
「ええ!それはもう、たくさん!」
ぎゅっ、と!またぎゅっとやられちまった!
ああくそ落ち着く!ストレスが消えちゃう!あと眠くなってきちゃう!
「ありがとう、アスマ様。おかげでこの村は冬を越す心配もしなくて済むようになったわ」
「そりゃよかった……」
……まあ、ぎゅっはともかく、パニス村の人達の暮らしが良くなったっていうのは良いことだな。
冬を越せるかどうか、っていう心配は、現代日本に生きていた俺からしてみれば大分遠い世界の話に思えるが……それが現実に起こり得る状況だったわけだ。
そんな状況を脱することができたことを、俺は嬉しく思うよ。
「あっ、アスマ様、御免なさいね。また受付希望者だわ。……いらっしゃいませー!ダンジョン入場をご希望の方は受付をどうぞー!」
……そしてエデレさんは俺を一頻りぎゅっとしてから、またやってきた冒険者達の受付の為に窓口へ向かっていった。
うん……まあ、人が増えたのは喜ばしいこととして……人が常にダンジョンに入っているような状況になったところで、一旦、色々と整理しておくか。
整理しておきたいのは、俺のダンジョンパワーについてだ。
……そう。俺は未だに、これの仕様を完璧に把握できていない!
何せ取説があるでもなく、ただ感覚と検証だけでここまでこぎつけてるだけだからな!折角だし、ここらでちゃんと、検証を重ねておきたい!
さて、検証開始。
まずは、『俺が分解吸収再構築を使えなくなるのはどういう条件が揃った時か』からだな。
これについては、既に『1人の時は使えた』『ミシシアさんやエデレさん、リーザスさんが近くに居ても使えた』『ゴロツキ共に捕まってる時には使えなかった』ということが分かっている。
……なので俺は、『敵対する相手がダンジョン内に居る時には分解吸収再構築が使えない』という仮説を立てているんだが……そうなると、ダンジョンの範囲ってどう関係してくるんだ?森に人が居るだけでアウトか?とか、そもそも敵対ってどういう基準で決まるんだ?とか、そういう話になってくる。
ということで。
「えーと、じゃあリーザスさんには俺を思いっきり押さえつけておいてもらいたくて……」
「な、何故そんなことを……?」
「いや、実験のために」
リーザスさんが大いに困惑している。そりゃそうだね。ごめん。だが俺は実験したい。ダンジョンパワーの限界が何処にあるのかを知っておきたいっていうそれ以前に、目の前に広がる未知を解明することにワクワクしているからである。だって男の子はこういうの好きだろ。好きなんだよ。悪いかよ。
「わ、分かった。では……失礼するぞ」
そうして困惑しながらも、リーザスさんは俺の両手首を片手でぐっと掴んで、そのまま岩壁に押し付けてくれた。
「おお、抜け出せねえ」
「あ、すまない」
……が、俺がワクワクし始めたあたりでリーザスさん、ぱっ、と手を離してしまった。……人の良さが実験の邪魔をしている!
「あの、リーザスさん。悪いんだけど……その、ちょっと、しっかりめに怖いかんじでお願いします」
「怖いかんじで……?」
「うん。俺の息の根止める勢いで。敵対してほしい」
「い、息の根……!?」
だがこれは村の皆の為でもあるんだ。ここは心を鬼にして、リーザスさんをなんとかして、『敵対している』判定にするべく演技を頼む。
「或いは本当に殺しにかかってくれてもいいから!」
「い、いや、それは流石に……傷つけてしまいそうで……」
「いい!別にいい!外傷はポーションで治せる!痛くしてもいい!ということで!さあ!」
「がんばれー!リーザスさん!がんばれー!」
ミシシアさんの応援も加わって、リーザスさんはおろおろしてはいるものの、なんとか覚悟を決めてくれたらしい。いやあ、協力させて申し訳ねえな。だがこれもダンジョンパワー解明の為だ。許せ!
「……本当にいいんだな?」
「おう!よろしく!」
ということで、いよいよ本気のリーザスさんに押さえ込んでもらうことにした。実質、この間の状況と同じところまではもっていきたい。それで、『分解吸収』ができない状況の再現をしてみないことには、この後がどうにもならないからな!
「なら、遠慮なく!」
……が。
「いっ!?」
ずだん、と、俺は地面に転がされていた。更に、リーザスさんが俺に圧し掛かるようにして俺を押さえつけに掛かる。
「うわ、動けね……」
もだもだ、と動いてみても、リーザスさん、ピクリとも動かねえ。すげえ!これすげえ!
そしてそんなリーザスさんは、じっ、と俺を見下ろしながら、真剣な顔をしている。努めて何も感じないようにしている顔、というか。……良心を圧し殺させてごめんな!
……ということで、さっさと分解吸収再構築を試みてみる。
近くに転がっていた石ころを分解して、それを再構築でブロックに……。
「……おお、できねえ」
成程ね。やっぱり、この状況になっちまうと、ダンジョンパワーは使えないらしい、と。ふーん。
「ありがとう、リーザスさん。もう大丈夫だよ」
「そうか。よかった……」
俺を離してくれたリーザスさんは、ふっ、と鋭い気配を緩めると、心底ほっとした顔で息を吐いて、俺をそのままひょい、と抱き上げた。いや、自力で起き上がれるからね。
……いや、折角だから抱っこされてる時にもダンジョンパワーは使えないかどうかを確かめておこう。よし。
「……うん?」
「どうしたんだ、アスマ様」
「いや、できたなあ、って……」
……おかしい。
しっかりホールドされてる割に、抱っこはOKらしい。さっきのは駄目だったのに。
ってことは、やっぱり敵意があるかどうかがキーになってるのか?それとも……なんか別の条件がまだあるのか?
あーくそ!わかんねー!情報が少なすぎる!もうちょっと色々やってみないことには……分からん!
ということで。
「じゃあ次はただ俺の手を掴んでてもらっていい?」
とにかく今は検証を進めていこう。進めるしかない。悩んでいる暇があったら試行回数を増やせ!
「手を?」
「うん。とりあえず手で……あ、これは普通に分解吸収再構築できるな?えーと、じゃあ次、腕お願い」
……まあ、少しずつ条件変えてやっていこう。それで分かることがあるかもしれないし……。
そうして。
「成程ね……『チェックメイト』が掛かってるかどうかが鍵か」
俺は、ミシシアさんに50m先から矢を向けられながら、なんとなく発動しにくい再構築で水晶を作っていた。
そう。どうやらこの条件……『チェックメイト』が掛かっているかどうかで発動できるかできないかが決まっているらしい。




