挑戦者*2
ダンジョンの中のことは大体分かる。スライムをもにもに揉んでいても、洞窟の中の攻略状況が分かる。とっても便利。
そんな俺の感覚には、今、『宝石を見つけたぞ!』と喜ぶ冒険者達の様子が伝わってきている。
どうやら、昨日救助したあいつら。ちゃんと対策をして挑んだ結果、今日は早々にお宝を見つけることができたようである。
彼らが手にしたのは、大ぶりな水晶。……まあ、俺としては、花崗岩からほぼほぼノーコストで作れる、非常に安価な宝石なわけだが。ここまで不純物も無く透明な水晶となると、貴重な品ってことになるらしい。まあ、喜んでもらえて何より。
今、洞窟の中に入っている冒険者達は、4団体合計18人。大体、4人か5人のパーティを組んでるんだな。
それぞれ、駆け出しみたいな人達からそこそこ手慣れていそうな人達まで、バリエーション豊かだ。年齢はまちまち。性別は、男女比8対2ぐらいかな。
……と、そんな彼らの様子を見ていたところ、やっぱりというか、道に迷う人達が出てきた。そりゃそうだ。マッピングしてるみたいだけど、この迷路、高低差あるし、明確にフロア分けしてあるわけでもないから、正直2Dのマッピングは難しいと思うぞ……。
一方、手慣れてる様子の人達は、ちょっと変わったマッピングをしていた。
……どうも、道の分岐と、大まかな距離だけ記しているらしい。成程ね。最初っから、平面的なダンジョンじゃないと見てこういうメモり方してるのか。面白い。
まあ、そんなかんじに、冒険者達4団体はそれぞれ、元気に道に迷ったり、水晶やペリドット、ガーネットといった宝石を見つけて喜んだり、毒霧を浴びて『毒消し買っておいてよかったー!』とやったり……まあ、それぞれ思い思いにダンジョンの中を探索してくれているようだ。
だが……ぜんっぜん、第2層に到達しそうな気配が無い!
「こりゃ、偽世界樹のことが知れ渡るのは結構先のことになるかもなあ……」
「そうしたらそうしたで、その間に『世界樹』に釣られた人達で村が潤うよ、アスマ様!」
「うん。それでいい気がしてきた」
……俺達が人質に取られて道案内させられるでもない限りは、この迷路って、かなり有効に働くんだな……。
「とりあえず、第2層到達者が1組出るまでは、迷路の道の変更はやめておこうか……」
「それがいいと思うよ。じゃなきゃいよいよ誰も到達しなくなっちゃうもん」
だよね。うん。じゃあ運用についてはそういうことで……。
そうして、10日。
ダンジョンにはコンスタントに人が入るようになったし、そのおかげでパニス村は冒険者特需に沸いている。
宿は連日満員につき、ちょっと離れたところにひっそりと増築した。これでキャパも増えたから、洞窟前で野宿するかわいそうな冒険者達は居なくなるね。居なくなってくれ。頼む。
それから、毒消しの類はよく売れている。作ったら作っただけ売れるような有様なので、毒消し草を植えたスライムを増やした。
……というか、ここ数日でスライムが増えた。なんか、もっちりもっちりやってくる列の長さが倍近くになってるなあ、と思っていたら、後ろ半分くらいは何も植わっていないご新規様だったぜ。
ということで、冒険者達が宿に宿泊して飲食もしていく都合で需要が増えた食料品とか、毒消し草とか、薬草とか、毒草とか……まあ、一通り増産することにした。
幸い、人手は増えたばっかりなので余裕がある。スライム農業は露地栽培と比べて、大分手間がかからないからな。スライムには雑草が生えないから除草作業も必要無いし。剪定とか摘心とかする暇も無く、そしてそんな必要も無く、元気に育つし。
ああ、特に毒草については、ダンジョンで使うから量が必要で……これはもうやるしかねえ!と、ダンジョン最深部に水耕栽培用の水槽を作って、そこでも育てている。
天井の割れ目から降り注ぐ魔力を浴びて、元気いっぱい毒いっぱいの毒草が育つので、まあ、スライム栽培には劣るとはいえ、かなりのスピードで栽培できる。これは便利だな。
……ということで、今日も俺は、ダンジョンで使うための弱毒性毒薬を作ったり、毒消しポーションを作ったりしていたんだが。
「おっ!遂に!」
「どうしたんだ、アスマ様」
遂に来た!と俺は思わず踊り出しつつ、傍らで芋の皮剥いてたリーザスさんを引っ張る。
「第2階層に到達するかもしれない一団が出た!」
「何っ!?本当か!」
「本当!」
やったぜ!待ちわびた!いやー、ここ最近は『何としても世界樹の情報を持ち帰るのだ!』と意気込む、どう見てもかなり金かかってる装備と道具類だよなあ、っていうかんじの人達まで来るようになってたから、そろそろだとは思ってたんだ!
「じゃあ、アスマ様はご準備を。俺はミシシアさんを呼んでくる」
喜ぶ俺の横で、リーザスさんが芋とナイフを近くに居た村の人にパスして、早速そわそわとミシシアさんのところへ向かっていった。
……さて、俺も準備しますかね。
ということで、俺はリーザスさんとミシシアさんと一緒に、洞窟の中へ。
……この洞窟、最近、裏口を作った。えーと、相変わらず、洞窟の中には俺用のショートカットルートがあるんだけど、それはそれとして、最下層直結の道を作ってもそこそこ安全に管理できそうなやり方を考え付いたので。
まず、洞窟の入り口の裏手、村はずれのあたりに、俺の家を建てたんだよね。で、俺の家の中にはベッドとクローゼットと小さな竈と食器棚くらいはちゃんと用意しておいて、生活もしている風にしておいて……で、クローゼットの奥に、洞窟内部へ続くドアを作った。
冒険者だって、村のはずれの小さな家にわざわざ押しかけてきてクローゼット開けはしないだろ、ということで。というか、こういう風に家をカモフラに使えば、不自然じゃなく施錠できるしな。洞窟の中に鍵付き扉があったら、『おっ!これが正解ルートか!』って思われがちだろ?その点、家なら安全。
なので今は、ミシシアさんとリーザスさんと一緒にそこから洞窟へ侵入。そのまま罠をいくつか止めながら最下層へ向かって……さて。
「じゃあ、ここを抜けていこうとする人が居たら、射って止めなきゃいけないんだよね。わー、緊張するなあ……」
「……いざとなったら俺も戦うわけだな。緊張するな……」
「大丈夫だよ、ミシシアさん、リーザスさん。俺も緊張してる」
……俺達3人、第2層から最下層へ続く唯一の道……偽世界樹がある広間を覗ける、天井付近の洞穴で、そわそわしている。
皆で偽世界樹を見守りながら、大いに緊張している。……全員緊張している!
でもまあ、皆で緊張してると、一周回ってあんまり緊張しなくなってくることってあるよな。うん。ほら、講義中とかに眠くなった時、眠い自分より眠そうにしてる人とか寝てる人とか見ると何故か眠気が消えるじゃん。ああいうかんじで……。
……いや、それでもそわそわするけどさ。そわそわ。そわそわ……。
そのまま俺達がそわそわ待つこと、小一時間。
「あっ!正解ルート引いた!」
「おおー!じゃあ後は引き返さない限りここまで来るね!」
凛々しいお兄ちゃんお姉ちゃんそしておじ様、といった一団が、第2層へ続く正解ルートに入った。よしよしよし!こっちこっち!
正解ルートに入っちまえば、後はほんのいくつかの分岐と行き止まり、そして偽世界樹へ続く道しか無いので、虱潰しに総当たりしていけばそれだけで簡単にここまで辿り着くんだよな。ほら、ループしてる回廊も無いし、落とし穴に落ちないと進めない道も無いし……。
ということで、その一団は特に苦労することも無く、道を進み続けて……。
……そして。
「な、なんだこれは……」
「これが、世界樹……?」
凛々しいお兄ちゃんお姉ちゃん達が絶句する中、偽世界樹は只々静かに聳えている。どうだ、中々綺麗だろ!
「いえ……これは世界樹ではありませんよ」
そして『これが世界樹かあー!』って勘違いしてくれても良かったんだが、メンバーの1人が早々に気づいたらしい。まあ、これはこれでよし。
「世界樹じゃないのか?」
「ええ。世界樹は生きている樹ですから。一方、これは作り物の樹ですね」
裾の長いワンピースみたいな服を着たお兄ちゃんが、軽装鎧と剣のお兄ちゃんに説明し始めた。なので俺も聞く。
「どうやら、先の冒険者崩れ共はこの樹を見て勘違いしたようです」
「ああ……そうよね。こんなに綺麗な樹なんだもの。これが世界樹なんだ、って、私も勘違いしちゃったし……」
おっ!よかった!俺が用意した正解に辿り着いてくれた!
そうだそうだ、このダンジョンには、この通り見目麗しい宝石細工の樹があって、それを見たゴロツキ連中が『これが世界樹に違いない!』って勘違いしちまったってわけだな!よしよし!その報告をギルドとやらに持ち帰ってくれ!
「しっかし、こんな宝石細工の樹……どうやって、誰が用意したんだかな」
「魔力も感じるよね。これじゃ、本当に世界樹みたい……」
一方、冒険者達はなんだかそんなことを言いながら、宝石の樹を観察し始めた。
「あっ!この実、中に液体が入ってるぞ!調べてみるか!」
「ま、待ってください!まだ触らないで!ここに注意書きがあります!」
が、1人が実に手を伸ばした途端、別の1人が木の根元に用意しておいた石碑に気づいてくれた。
石碑は、石英で作ったものだ。だから真っ白で、少ない光の中でもよく目立つ。
そして、そんな石英の地には文字が彫り込まれていて……。
「『深淵に到達せし者よ、持ち出してよいものは、一つの手につき一枚の葉、または一輪の花、または一果の実のみである。欲深き者には、この樹の毒が与えられるであろう。』……だそうですよ」
そう。
ここに書いてあるのは、注意書きだ!
……この人達が注意書きを読んでくれる人達で良かったなあー!これ、もし文字を読めない人達が初手で来てたら詰んでたよ!よかったよ!
「毒……このダンジョンのあちこちで見た毒のトラップは、この樹によるものなのかしら」
「うげえ……だとしたら随分とおっかない樹だな」
「何にせよ、不用意に触れることは控えた方がいいでしょうね……。しかし、調査報告の為にも、ギルドに持ち帰れるものは持ち帰らなければ」
さて。
そうして、冒険者達は慎重に宝石の木から葉や花や実を採り始めた。『枝は採っていいって書いてないよ!』『じゃあ花は花だけ頂きましょうか』などと話しながら、慎重に、慎重に。
……流石に、あの迷路を一番乗りで攻略できた人達なだけあって、ちゃんとしてるな。ありがてえ。あのゴロツキ共とは大違いだ!
ということで、冒険者達は3枚の葉と3つの実、2つの花を採って帰っていった。4人組だったからね。『1つの手につき1つ』の約束をちゃんと守ってくれた、ってことだ。
……一応、ということなのか、それぞれ、右手と左手に宝石の葉っぱだの花だの実だのを1つずつ持って出ていく、という律儀さである。好感が持てる。
「帰っていったね」
「ああ……俺達の出番は無さそうだ」
ミシシアさんとリーザスさんも、ほっと一息。そして俺も、彼らが完全に見えなくなってしまってから、ようやく、ほ、と息を吐くことができた。
……緊張したなあ!
さて。
その後、俺達はまた元来た道を引き返して、俺の仮の家に出て、そこで少し休憩してから『ダンジョン前受付』へと向かう。
……すると、丁度良くそこにさっきの冒険者達が帰還した。
「皆!俺達は『世界樹』の噂の真相を突き止めたぞ!」
そして、軽装鎧に剣、という装備の凛々しいお兄ちゃんがそう大きな声を上げ……早速、洞窟の入り口前の広場が騒然となったのだった。
さて、ここからちゃんと、『世界樹』の噂が流れてくれるかな?




