ダンジョン改革計画*4
「えー……っと、できるだけ消耗させて、かつ、殺しはしない。第2層まで到達しなくても満足または断念して帰る仕組み……だよね?」
「難しそうだが……何か案が?」
「うん。まあ、とりあえずだだっ広くするつもりではいる。どう足掻いても物理的な広さがあれば、人はその先に進むために絶対に体力を消耗するから」
第1層の案だが、まず、とにかく広くするつもりだ。今も複雑な迷路になっているが、それをさらに増やす!
「広さについては、とにかく複雑な迷路にする、っていう方針は変えずに行こうと思ってる。どこ歩いてんだか分からなくなる構造って、精神的にもくるだろうし……後は、マッピングされちゃって、その地図が出回っちゃった時の対策で、時々横道を増やしたり、落石で道を埋めたりしようかな」
「成程……確かに、冒険者同士で道の情報が売り買いされることはあるだろう。だが、その道が時々更新されるというのなら、誰か1人が地図の値段を吊り上げることも無くなる。健全だな」
あ、なるほどね。リーザスさんの視点は無かったな。そっか、村おこしにダンジョンが使える、っていう意識はあったけど、そのダンジョンを利用して、村人でもない人達も商売を始める可能性までは、考えてなかったな……。
要は、冒険者達が既得権益を独占しないように気を付けておく、ってかんじだよな?よし、気を付けておこう。
「じゃあ、第1層は広ーい迷路があるだけ?」
「いや、罠もちょこちょこ仕掛けるよ」
さて。続いては、迷路に仕掛ける罠だ。これももう、ある程度考えてあるんだな。
「捻挫ぐらいはしそうなかんじの落とし穴とか。あと、外傷無しで致命傷にもならないくらいの毒とか出したいんだよね。毒針がいいかなあ……」
「ど、毒!?なんで!?」
「消耗するから。えーと、解毒剤を。……解毒剤はダンジョン検問所が販売してます、ってことで」
「な、成程……!ダンジョンの中では毒に当たることが多い!でも、その解毒剤はパニス村で売ってるから安心!……逆に、解毒剤が少なくなってきたら、安全を取って引き返す、っていう人が増えるよね」
そういうことである。
……体力の消耗は、こちら側で把握できない。体力無尽蔵の人も居るだろうし、そうじゃない人も居るだろうし。
食料の消耗は、あんまり期待できない。丸1日くらい迷うことは想定してるけど、半日くらいなら食料無しでも大丈夫な人、幾らでも居るだろうし。
ということで、『何かを消耗しちゃったから帰らざるを得ない』っていう状況を、安全に作るには……毒が一番かなー、と思ったのだ。
こう、毒霧とか毒針とかで、外傷ほぼ無しに『解毒剤を消費せざるを得ない』って状況を作り出せるのが理想なんだよな。
解毒剤の瓶を重めに作っておけば、そう何本も持ち込まれること、無いだろうし。毒なら弱い毒でも、『このあと重症化するかも』って思って解毒してくれる人、多そうだし。何せ人間は未知を恐れる生き物だからな!結果が見え切ってる外傷より毒の方が怖いって場合も往々にしてあるだろ。
「毒草と、それの解毒作用のある薬草なら、近くに生えてたの見たよ!採ってきてスライムに植えとくね!」
「うん!ありがとう!」
「ところでどうしてこの村はスライムに作物を植えているんだ……?」
「えーと、なりゆき。その後は、半分くらいは俺達とスライム自身の趣味……?」
……スライムについては、アイツら肥料目当てっぽいところあるけど、それはそれとしても、自分達が作物を育てるのを。楽しんでる風に見える時もあるんだよな……。実ったトマトをわさわさ揺らしながら這い回ってる時とか、なんかちょっと楽しそうに見える。
なので、多分……趣味!
「で、罠と広い迷路だけじゃ、それこそ『世界樹目当て』の人しか来なくなっちゃうからな。他の人達も沢山来てパニス村が潤うように、当然、お宝も用意しなきゃいけない。リーザスさん、どんなのがいいと思う?」
「お、俺か?」
「うん。俺、他のダンジョンのこと知らないから」
さて。
そうしてダンジョンのハコができたら、いよいよコレだ。
コレについては、正直なところ、ミシシアさんとリーザスさんの感覚に頼るしかない。だって俺、この世界の物価とか何も知らないからな!
「そうだな……他のダンジョンでは、金が出たり、指輪だの首飾りだの、高価なものが出たり……ポーションが出るところもあったか。ああ、よく鍛えられたナイフが出ることもあったな」
あー、成程ね。結構、『ファンタジーにおけるダンジョン』のイメージに近い。
「それで、時々とんでもなく大きな魔石とか、宝剣とか、そういうすごいものも出てくるんだよね!」
「それは……まあ、俺は実物を見たことは一度しかないが、噂には聞くなあ……」
あっ、そういうのもあるのか。つまり、『そのダンジョンのレアアイテム』みたいなやつ?
「……俺の前の職場の上司が、ダンジョンで見つかったっていう剣を持っていてね。……その方は気高く凛々しく、強い人だったが。その方によく合う、美しくも鋭い剣だったな」
へー。成程ね。他のダンジョンでは魔物が出るらしいし、となると、武器の類は実用品として価値が高いんだろうし……剣、ってのは、悪くないお宝なんだろうな。
でもうちの場合、スライムしか出ないし、まあ、偽世界樹がそのポジション、ってことになるのかな……。
……もうちょっと偽世界樹については考えた方がいいかもなあ。
「ダンジョンって、金銀財宝が沢山出るんでしょう?私が聞いた話だとそんなかんじだったけど……」
ミシシアさんが身を乗り出すと、リーザスさんが苦笑した。
「いや、それもダンジョンによる。魔物しか出てこないようなダンジョンもあるからな。まあ、それはそれで、魔物の毛皮や牙や肉が高く売れるから、冒険者達にとっては大事な稼ぎ場所だが」
まあ、ダンジョンによって運営方針も大分違うんだろうなあ、ってのはなんとなく分かるよ。俺のところ以外にも、村と共存しようとしてるダンジョン、あるのかもな。
「あ、そうなんだ……。私が知ってるダンジョンの話はね?金でできた指輪とかが出てくる、って話だったよ」
「あー、金はうち、まだ出せないんだよなあー……でも、宝石なら出せるから、当面はそれかなあ」
ま、うちで出すお宝は、宝石ってことになりそうだな。
剣とかは……うちで出しても、宝の持ち腐れになりそうだし。下手に武力に訴えられても困る訳だし。
「実用品ってことなら、薬草ポーションを出してもいいけど……」
「アレを出すんだったら、瓶は普通の焼き物の瓶がいいと思うよ、アスマ様!」
「うん。分かった。透明なのって珍しいんだね……」
……あー、うん。そっか。
透明な、中身が見える瓶って、珍しいんだな。
多分、材料となるガラスを作る技術が無いんだろうし、水晶で同じものを作るのはコストに見合わないってことだろうし……あ、そもそも、水晶の加工技術も無いのかもしれないな。
そうか、瓶、か。
……うん。
ということでその日から数日をかけて、俺達はダンジョンの改装工事を進めていった。
ダンジョン第1層は、だだっ広い迷路だが、俺達用に、隠し通路とか、鍵付き扉とかを経て進む従業員用通路も整備しておいた。じゃないとおちおち帰宅もできねえからな。第2層到達者が現れそう、って時に先回りする必要もあることだし、この通路は必須だ。
それから、罠も設置。落とし穴に細い針と毒が仕込んであるやつとか、天井から毒針が降ってくるやつとか。
……本当はそこらへんもオートメーション化したいんだが、今のところは『足元のワイヤーを引っかけたら頭上の籠から毒針が降ってくる』とか、そういうレベルである。ああ、アナロジカル……。
で、それらの罠にはミシシアさん謹製、エルフ印の毒薬を採用。死にはしないが動けなくはなるらしい。獲物を生け捕りにする時、矢に塗っておいて使うやつなんだってさ。
で、その解毒剤も調合してもらったんで、俺は毒薬と解毒剤をそれぞれ分解吸収、再構築。これで、毒草と毒消し草があればこれらの量産が可能、ということになった。で、スライム達の頭に毒草とか毒消し草とかもわさわさすることになった。どうもどうも。
ついでにお宝も設置。
お宝については、『何故か、ダンジョンの中には宝箱が設置されていることがあるぞ……』というリーザスさんの証言を信じて、石英で作った真っ白い箱をいくつか用意。そしてそれらを床に固定する形で設置。
そして、その箱の中に、再構築で作った宝石をいくつか入れておく、っていうことにした。ペリドットとかガーネットとか、そのまま採掘されるものを再構築でデカくて綺麗な結晶に直したものもあるし、雲母のアルミニウムと磁鉄鉱の鉄から作ったサファイアとかの、本当に再構築様様な宝石もある。
これらをミシシアさんとリーザスさんに見てもらったかんじ、『すごくいい宝石だ!』ということだったので、まあ、お宝として十分に機能するだろ。多分。
「それから、武装……武装……」
そして何より大切な……俺自身の武装をする。
が、所詮は小学生ボディ!無理がある!無理があるんだよ!武装するにも!限界が低い位置にあって!ちょっと!どうしようね!
「あ、アスマ様が戦おうとしてるよぉ……」
「その、俺達がお守りするから、そんな無茶はしないでくれ……」
「いや、2人に守ってもらうのはダンジョンと世界樹であって、俺自身まで守らなきゃならないのは流石に荷が重いだろうし……俺自身がなんとかできることは増えた方が当然いい訳だし……」
ミシシアさんとリーザスさん、それぞれに、おろおろしていたんだけれど、俺は譲らんぞ。俺は絶対に武装するぞ。
「……とりあえず、メインウエポンは小型のクロスボウで……サブウエポンに、毒入り瓶を用意して……」
……まあ、力のない小学生ボディでも時に相手に致命傷を与え得る武器、ってことで、とりあえず小さなクロスボウを用意した。それから、毒薬が入った薄手の水晶瓶……投げて、着弾と同時に瓶が割れて中の毒薬がぶちまけられるタイプのやつをいくつか用意。
そして。
「あと、命乞いする時に賄賂として渡すための、宝石!」
「いいね!そういうのはどんどん出していこうアスマ様!」
「いや、しかし、あまり目立つように宝石を身に付けていると、却って狙われないか?」
「じゃああんまりどんどんは出さないで!アスマ様!」
……まあ、俺は非力だからな。残念ながら。
精々、この、小学生ボディに見合わぬ速度で回転する頭由来の悪知恵と面の皮の厚さで色々乗り切るしかないって訳だ。
はあ……。まあ、しょうがないね!
さて。
……こうして、諸々、細々と整備が進み、ダンジョンはいよいよ、人を受け入れる体制を整えることができた。
結局、偽世界樹の葉っぱには純度を低く調整した軟玉翡翠とペリドット、それに、アルミニウムと鉄とチタンで作ったグリーンサファイアを使うことにした。
そして葉っぱのクオリティを下げた分、世界樹の『実』と『花』をメインのお土産にしてもらうことにした。
ほら、実は元々水晶で作ってたんだが、なら折角だし、花も作るか、と。花崗岩って、ほぼほぼ石英だから。石英の結晶構造だけ変えれば水晶できちゃうから。
……そして何より、成形するにあたって、ミクロン単位の緻密さとかが必要なものでもない限りは、まあ、そんなに成形コストは掛からないし。だったら、できるだけ『凝った細工の』ものを出した方がいいな、と思った訳だ。
「わあー……すごく綺麗……」
ミシシアさんもこの水晶細工の花を気に入ってくれたらしく、目を輝かせてくれている。これならここまで来た冒険者達のハートもキャッチできそうだな。よし。
「この偽世界樹の実は、素晴らしい品だな。貴婦人の香水瓶のようだ」
「うん。そういう風な使われ方を想定してる」
そして実の方は……瓶にした。
水晶細工の。凝った細工の。ちょっと、林檎とか杏とか、そういう木の実っぽい形状の。凝りすぎてて実用性は無いね、ってかんじの。一度開封しちゃうと密閉はできないし、そもそもの容量も少ないやつ。
……そんな瓶の中には、甘く味付けしたポーションが入っている。えーと、疲労回復用に作ったポーションだ。材料は薬草とトマト。なんかね、トマトに疲労回復効果の魔力の配列があったんでそれ使った。
で、折角の実なんだし、果物っぽい方が楽しいかな、と思って甘くした。トマトとか人参とか木の根っことかから砂糖ちょっと出すくらいならコストもほぼ無いし。
が、これはこれで、『疲れが取れる』『おいしい!』と、リーザスさんにもミシシアさんにも好評だった。
……まあ、このダンジョンのお宝はこれ、ってことでよろしく!
「エデレさーん!そっちで足りないもの、あるー!?」
「あら、アスマ様!ありがとう、大丈夫よ!」
さて。
そんな俺達は地上に出て……洞窟前の様子を確認する。
……こっちはこっちで、俺が再構築で色々出したんだが……。
「すっかり村になったね」
もう、そこには立派な村……或いは町ができている。
ダンジョン前には門があり、その脇に建物がある。ここにエデレさん達パニス村の人達が常駐してくれて、ダンジョンに入る人に薬や解毒剤を売ったり、誰が入場して退場したかの管理をしたりしてくれる。
……そして、村全体で、『折角、俺達の小さな神様が頑張ってくれてるんだ!俺達も頑張るぞ!』と意気込んでいる。
ついでに、『この機会に稼いでアスマ様にお供えするお菓子買うぞ!』『冒険者達から金をせしめて、町で良い布買ってきてアスマ様の服縫うのよ!』と、意気込んでいる。
……動機はさておき、村の人達はすっかり色々準備していて……主に、これからやってくるであろう冒険者達を当て込んだ商売を始めようとしている。
宿とか。飲食店とか。そういう、人がここに来ること前提の準備が進められているので……俺としては、皆の期待を裏切れない!
ここまで村おこしの要にされちまったんなら、本当に全力を挙げて冒険者を呼び込めるようにしていかないとな!
そうして翌日には、大きな町からギルドの使いの人達がやってきた。
そして、うちで捕らえていたゴロツキ共を『あーやっぱりこいつらかぁ』とばかりに回収していった。どうもどうも。
ついでにお金も幾らか入ったらしくて、エデレさんが『村の復興資金に!』とほくほくしていた。よかったよかった。
……で、まあ、無事にそこらへんが片付いて……そうして、3日後。
「……早速、来たな」
「そうみたいだね、アスマ様……」
何やら、ぞろぞろと冒険者らしい人達がやってきた。
いらっしゃいませーッ!まずは『ダンジョン前事務所』でダンジョン入場のお手続きをお願いしますねーッ!




