ダンジョン改革計画*3
「な、成程……こちらの少年は、ダンジョンの神にあらせられたか……」
ということで、説明が終わった。主にミシシアさんからの説明だった。そのせいで俺はやっぱりダンジョンの神ということになってしまった。リーザスさんが己の両手を見ながら『神と手を取り合って踊ってしまった』みたいな顔してるよ。あーあーあー……。
「アスマ様は賢い神様だけど、まだ小さな神様だから、知らないことも多いみたいで……でも、すごくかわいくて慈悲深い神様なんだよ!こんな神様の騎士になってお守りする仕事だよ!冒険者やるより、絶対こっちの方が楽しいって!ね!やろ!」
そしてミシシアさんの怒涛のセールストークに、リーザスさんも困惑している。俺はそれ以上に困惑している。俺、いつからかわいくて慈悲深くなった?俺さ、かわいくて慈悲深い神様は『うるせえハゲ!』とか言わないと思う。
「い、いや、話はありがたいが、農奴ならまだしも、俺みたいなのが騎士、ってのは……」
「他に人が居ないの!お願い!」
「そもそも俺なんかが神のお膝元に居ていいのか……?」
「そもそも村に男手がほとんど無いの!お願い!」
……まあ、いいや。俺はミシシアさんに任せることにした。俺もただ『おねがい!』とやりつつ、困惑するリーザスさんがミシシアさんによって押し切られていく様子をただ眺めていた。俺、こういうのそんなに得意じゃないからありがたいね。
……そして。
「わ、分かった……。自信は無いが、救われた命と与えられた腕と目の分、身を粉にして働かせて頂こう」
困惑してはいたものの、リーザスさんは了承してくれた。
やったぜ!これで剣を使って戦う人が1人増えた!……ついでに、パニス村の男手も増えた!
ということで、リーザスさんと相談して、他にも数名のゴロツキを解放した。
……これらゴロツキの皆さんは、戦闘についてはあんまり期待できないが、単に村の男手としてなら気持ちよく働いてくれるだろう、ということらしい。
なんでも、先の戦で故郷を焼け出されちゃった人だったり、傭兵団の荷物持ちをやっていたのに傭兵団の需要が無くなってそのまま失業しちゃった人だったり、そういう人達が居たらしい。
で、彼らは他にアテが無くて、この冒険者崩れの一団に混ざってその日暮らしをしていたんだそうだ。で、リーザスさん同様、『子供を売ってまで生き延びたくはないなあ』という考えの、割とまともな人達なんだそうで……。
そういうわけで村人ゲットだ。彼らの怪我もしっかり薬草ポーションで治して、そちらは早速、エデレさんに引き合わせに行った。エデレさんも村の男手が増えることに喜んでくれた。
……が、当然ながら、解放できない人も居るわけである。
俺やミシシアさんの首にナイフを当ててくれた奴らとかは、こう……『金だけはある下級貴族の末子。素行が悪いのでギルドでも評判が悪い。』とか、『盗賊紛いのことをよくやる。犯罪歴もある。』とか、そういうかんじだったので……彼らはやっぱり、ギルドに引き渡させてもらうことにする。まあ、予定通りだな。
これについて、本人達からは『俺も解放しろ!』と文句が出たが、また『うるせえハゲ!』で終わらせた。
小学生ボディから発せられる小学生悪口を舐めるなよ。単に勝ち負けだけ決めるタイプの生産性の無い口喧嘩ってのはな、相手の話を聞かねえ奴が一番強い!つまり!俺が最強ってことだ!
そうして洞窟前では、新たな村人達の歓迎会が開催された。まあ、どうせ皆で飯食うし、そのついで、みたいなかんじで。
でかい鍋でエデレさんが野菜たっぷりのシチューを煮込んでくれて、村の皆でそれぞれ、パン焼いたり、射落としてきた鳥の肉を焼いたり、どこから出してきたんだか酒を開け始めたりする。
今日から村人になった人達は、申し訳なさそうだったり困惑したりしていたが、まあ、気のいいパニス村の皆に囲まれている内に少しずつ打ち解けてきたように見える。よしよし。人口は多い方がありがたいからな。これからもよろしく。
一方の俺は、村の皆が今日寝るところに困らないように、家と家具をざっと出しておいた。まあ、雨風を凌げて、今晩の寝床に困らないようにはできた。細かいところは明日以降、ぼちぼち進めていくかんじだな。
ということで、一仕事終えた俺が座って休んでいると……ミシシアさんがやってきた。
「アスマ様ー!今日のお供え、ここ置いとくねー!」
そしてお盆に載った食事を置いていった。
「ありがとミシシアさーん!今日もありがたく頂くねー!」
……俺への食事の提供は、『お供え』ということになっているらしい。皆ナチュラルに『はい!今日のお供えだよ!』ってくれるので、俺ももう受け入れた。はい。お供えされます。
そういう訳で、ミシシアさんが置いていった焼き立てパンとシチュー、あと鳥の串焼きを食べて、『うめえ』ってやってると……段々、眠くなってくる。
いやいやいや、食ってる途中で寝るわけにはいかないだろ、と意識を立て直して食べる。……が、やっぱり眠い。
大量の家とベッドを出したからか?それとも単に、小学生ボディは夜になるとおねむってことか?どっちもか?どっちもだな、多分。
じゃあ俺もそろそろ寝るかなあ、でもその前に温泉には入りてえなあ、と思いながら、食器類を片付けるべく動き始めると……。
「アスマ様。それはこっちで片づけるからいいわよ」
いつの間にかエデレさんがやってきていた。いつの間に。
「アスマ様、今日は沢山、本当にありがとう。疲れたでしょう?」
「うん、大丈夫。村の皆が喜んでくれるの、俺も嬉しいし……」
「……ねえ、アスマ様」
眠気を振り払ってなんとか顔を上げた俺に、エデレさんは微笑みかけて……むぎゅ、と。むぎゅ、と、やってくれた。
「本当に、本当にありがとう……。私も、村も、助かったのはあなたのおかげよ。私達の為に、こんなに頑張ってくれて……本当に、ありがとう」
エデレさん、何がとは言わんが、デカいんだよな。それで、むぎゅ、とやられると、大体、俺の頭がそこに埋もれることになる。
だが……これね、全然、やらしいかんじにならねえ!
もうね、ただ、ひたすらに癒されるだけだったよ。ぬくぬくして、やわらかくて、包まれてて……相手の鼓動の音が聞こえる!埋もれながら、頭が優しく撫でられてる!
……これ!滅茶苦茶!ストレスが!消える!
「私、精一杯恩返しするから……あ、あら?アスマ様?眠くなっちゃった?」
何だろう!これ、何だろう!えっ!?俺、大丈夫!?その……機能不全に陥ってるわけじゃなく!?男って小学生でも19歳でも全員、こういうもん!?それともこれ、男とか女とか関係なく、全人類共通!?
駄目だぁもうなんも分かんねえ!諦めて堪能します!あとやっぱり眠くなってきたんで寝ます!おやすみ!
……ということで、エデレさんの胸に抱かれてそのまますやすや眠った俺は、目が覚めたらベッドの中に居た。誰かが運んで、寝かせてくれたらしい。ありがとう。お世話になりまして……。
窓から差し込む光はほんわり明るい。朝だな。すっかりぐっすり一晩寝ちまったらしい。
もそもそ、とベッドから出ると、隣のベッドにエデレさんが寝ていた。俺も昨日はよく働いたが、彼女も色々と気疲れしただろうし、ゆっくり寝てて欲しいね。
俺は早速、朝から働き始める。何せ、スライムは待ってくれねえからな!おはよう!
「おーおー……今日も朝から元気だなあ、お前ら」
スライムがもっちりもっちり、今日も平和にやってきたのを見て、早速、収穫作業を始める。すると、村の皆もわらわらやってきて、作業を手伝ってくれた。どうもどうも。
「アスマ様ぁー!」
そして朝から元気なミシシアさんが走ってやってくる。おはようおはよう。
「アスマ様ぁ!おはよう!」
「おはよう。いい天気だな」
「アスマ様、あの、大丈夫?あんまり無理しちゃ駄目だよ……?その、昨夜、急に寝ちゃったってエデレさんから聞いてるけど……世界樹のポーション作ったし、いきなり村の皆の分の家とベッド作ったし、そういうので疲れてるんじゃない……?」
「まあ、それもあるかもしれないけど、それ以上にエデレさんに寝かしつけられてしまったというだけであって……」
心配してくれるミシシアさんには言い訳だかなんだかよく分からない説明をする羽目になりつつも、まあ、心配されてるなら……ということで、収穫は皆に任せて俺はいつも通り、肥料係に回る。
頭の農作物を収穫された後のスライム達が、もっちりもっちり、と並んで俺の前にやってくるので、それに肥料を、シャーッ、とかけてやる。するとスライム達はまた、もっちりもっちり、とどこかへ行く。まあ、ダンジョンの範囲内を散歩してるんだけど。
もっちりもっちりやっているスライムを見ていると、なんかこう、のどかだなあー、という気分になってくる。ああ、もっちりもっちり……。
……その内、エデレさんが『きゃー!寝坊しちゃった!』と慌てて出てきたのを見て、やっぱり起こしてあげるべきだっただろうか、とも思ったんだが、まあ、もっちりもっちり、のんびりやろうね、という気分にしかならない。
ああ、もっちりもっちり……。
「アスマ様」
そんな俺のところに、まだ聞き慣れない低い声が掛けられる。振り返ると、居心地悪そうに佇むリーザスさんの姿があった。
「あ、おはよう。よく眠れた?」
「ああ、久しぶりに、腕の痛みも無く……寝過ごしたな。申し訳ない」
リーザスさんはなんとなく、へにょ、とした様子である。そわそわ、ともしているし、なんとなく居心地悪そうというか。まあ、周りがスライム関係の農作業してる中、何もやってないっていうのも落ち着かないか。
「何か、手伝えることは無いか?もう、隻腕じゃないからな。あんまり器用な方じゃあないが、何かを運ぶだとか、そういうのは得意だぞ」
「えーと……」
だが、スライムは大体がもう、解散している。後は俺が肥料をあげれば、それで終わりだな。
それに何より……彼には、しっかり彼の仕事で働いてもらわなければ。
「じゃあ、早速働いてもらうことになるけど……えーと、ミシシアさーん!ちょっと来てー!」
「はーい!なーにー!?」
ということでまずは、ミシシアさんを呼んだ。スライムが排水用の溝に嵌ってわたわたしていたのを救出していたミシシアさんは、スライムをそこらへんに置くと、こちらへ走ってやってくる。元気だなあ。
……では、俺とミシシアさんとリーザスさんの3人が揃ったところで。
「これより、ダンジョン改革計画を進めていこうと思います!」
俺達は早速、そう宣言した。こういうのはな、宣言したもん勝ちだからな。うん。
「ダンジョンと村の安全を確保するために、色々と案はあるんだけど……2人の目から見てどうか、っていうのを教えてほしいんだ」
さて。俺がこのダンジョン改革計画を2人に聞いてもらうのは、2人がダンジョンを守る人達だから、っていうこと以上に……この世界の人だからだ。
ミシシアさんは世界樹のことや何かに詳しいが、どうも、人の世界のことにはあんまり詳しくないらしい。
一方で、リーザスさんはその辺りのことは詳しいだろう。冒険者崩れと一緒に居た訳なんだし。
だからこそ、2人の意見を聞ければ、より細かなところまで行き届く計画を立てられるだろう、と。そういうことなんだな!
「ええと、まず……洞窟の基本構造としては、大きく分けて3層にしようと思ってる」
そういうわけで早速、石板に燃えさしで図を描きつつ、説明。
「1層目は冒険者に探索してもらうための場所。迷路とお宝があって、時間と体力と資材を消耗してもらう場所。で、2層目は『偽の終点』にしようと思ってて……」
「偽の終点?どういうこと?」
説明の最初から、ミシシアさんが首を傾げてくれたので……俺は、再構築で『それ』のミニチュア版を作った。
「えーと、こういうかんじの……でっかい樹を作ろうと思う」
「わあ……綺麗!」
生み出したのは、宝石細工の樹だ。
幹や枝は、オレンジから茶色にかけての色合いと、ほんのり透明感のある具合が綺麗なカーネリアン。
葉っぱは鮮やかな黄緑の透き通った宝石。ペリドットだ。
更にそこに水晶の実が実っている……というかんじにつくってみた。
「こういう、明らかに普通の樹じゃない樹を作って置いておく。そうすれば、世界樹の噂を聞いてここまで来た人達は、『ああ、これを見た誰かが世界樹だと勘違いしたんだな』って判断してくれるだろ?」
「成程……宝石細工の樹を見せることで、本物の世界樹を隠すってことだね!」
「そういうこと!……ついでに、一枝までなら持って帰っていいよ、ってすれば、まあ、『世界樹じゃなくて宝石細工の樹があったよ』って噂が広まってくれるんじゃねえかな」
というか、美しく、高価に見えるかんじに作るのは、『ああ、これは世界樹と勘違いするよな』って思ってもらうためと……何より、持って帰ってもらうためだ。
それで、持ち帰られた偽世界樹が取引されることで、本物の世界樹の噂が打ち消されていく、と。そういう作戦でいきたい。
「こんな美しいものを持ち帰らせてしまっていいのか?」
一方、リーザスさんは心配してくれているんだが……ま、そこはダンジョンパワー様様な訳だ。
「うん。いい。カーネリアンもペリドットも、そこらへんの岩から作れるから」
カーネリアンは、まあ、石英と一緒。つまり花崗岩の主成分の1つだな。水晶の実もこれで作れる。結晶構造を弄ればいいだけだからね。
そしてペリドットは、そもそも、普通に花崗岩に混ざって産出してる。ペリドット……つまり苦土橄欖石はぼちぼち、砂粒みたいなのが出てくるんだよね。それを再構築ででっかく固めてやれば、木の葉っぱサイズのも作れるだろうね、っていう。
だから、俺としては、これらを持ち帰られてもまあ、問題は然程無い。洞窟を拡張していけばいくらでも手に入るものだからな。
「……でもまあ、あんまりでっかく高品質な宝石がガンガン持ってかれちゃうと、市場がガッタガタになりかねないか……」
ペリドットって、多分、天然でデカい結晶がバンバンとれるようなものじゃないもんな。うーん……。
じゃあやっぱり翡翠か……。でも硬玉翡翠を作るにはナトリウムがそんな無いし、軟玉翡翠を作るにはマグネシウムがそんなに無いんだよなあ……。金色してる雲母の中から採れるけど、いくら持っていかれても大丈夫、ってかんじじゃあねえし……。
花崗岩の中の雲母は白でも黒でも金でも、全部アルミニウムが主成分だから、いっそサファイアの系統で緑色の作れねえかなあ。でも緑って何入ったら緑になんの?鉄は青だろ?クロムが赤だろ?じゃあチタンとか?まあチタンは土にいくらでもあるからなんとかなるか……?
「アスマ様ぁ、なんか不思議な呪文みたいなの漏れてるよ」
あ、うん。そうね。まあ、葉っぱの素材はもうちょっと検討します、ってことで……。
「で、3層目が本当の最深部。世界樹があるし、俺の家がある」
「あと、魔力が注がれてくる不思議な割れ目があるよね」
うん。あれ、多分、俺の世界に繋がってるんだと思うが……だからこそ、あそこに侵入者を入れたくはないよな。
「本当の最深部には人が入らないように、でもメンテはできるように……滅茶苦茶複雑で分かりづらい道を設けておこうと思う。隠し扉に罠に、なんでもござれなかんじで」
本当だったら完璧に封鎖しちゃいたいところなんだが、それをやると多分……俺の世界に繋がってるっぽいあの割れ目。あれに、良くないんじゃないかっていう気がする。なんとなく、だし、本当に感覚でしか分からないもんなんだが……。
まあ、そういう訳で、道は作るが防衛するし、隠しもする。二重三重に防衛していくつもりでやるぞ。
「リーザスさんとミシシアさんに守ってもらうのは、そこになるからよろしくね」
「はーい!任せて!」
「分かった。つまり2人で交代で、ということになるんだな?」
「いや、有事の際だけ招集ってかんじで行こうと思う。流石に二交代制24時間警備は無理でしょ……」
俺はダンジョンの中の様子が分かる訳だし、いよいよ最深部に到達しちゃいそうな人が居る時だけ動けばいいよな。それに……。
「まあ、第3層まで行く余力が無くなる程度に、第1層で削る。第2層にだって、人は入れないくらいのつもりでいく。そういう方針でどうでしょう」
……本格的に人を入れて、村の産業としてダンジョンを運営していくことになるんだったら……ただ、だだっ広い迷路にしとくだけってのはナンセンスだからな。
まあ、要になるのは第1層。人が多く入って、多く活動していくことになるであろうそこにこそ、力を入れていく必要があるって訳だ。




