そして、神になる*6
ということで、俺は歓声の中にあった。
「アスマ様が降臨なさったぞー!」
「お帰り!アスマ様!」
「アスマ様ー!」
……そんな声を聞きながら、俺は、なんか……知らない場所に立っていた。
白亜の石材を切り出して作られた建物。この世界にしては珍しい、水晶硝子を使った窓から光が差し込んで、壁に飾られたタペストリーを照らしている。
天井には水晶細工のシャンデリアが輝き、床には村のハーブ由来であろういい香りが立ち込め、そして祭壇にはちび俺の彫像が輝いている。
……ちび俺の彫像が輝いている。
うん。なんだろうね。何なんだろうね……この空間は!
だがそれはいい。よくないけどいい。何よりも良くないのはだな……。
「またちっちゃくなってる!」
俺は!また!19歳ボディじゃなくて!小学生ボディになっていたのであった!なんでェ!?
というわけで、もう、何から何まで分からん!
こういう……その、像以外については『聖堂』と言うに相応しい建物の中に俺と多くの人々が居る訳だが、俺はこんな建物は知らん!人々が歌っていた謎の歌も知らん!あと俺のボディが縮んだのも知らんぞ!なんだこれ!どういう状況!皆喜んでないで説明して!
「アスマ様ーっ!」
が、そんな俺のところにすっ飛んできたミシシアさんによって、俺の疑問は吹き飛ばされてしまった。無情。
「よかったー!アスマ様、帰ってきてくれたー!」
「あ、うん、帰ってきたっていうか、半分ぐらい誘拐されたようなもんなんだけども……」
そうね。誘拐。俺、誘拐されたと思うよ。インペリアルクソデカトゥリーの根っこによって誘拐された。んだけど……何故、インペリアルクソデカトゥリーが俺を誘拐したのか、というところについては、こう、既にこの状況からなんとなく察せられるところがあってだな……。
「あれっ!?アスマ様、また縮んじゃった!?」
「あ、うん……なんでだろうね……で、ミシシアさん。この状況は、一体……」
「うん!お祈りの時間だった!」
……うん。
「あのね!祈れば本当にアスマ様が帰ってくるかも、って!だったら皆で祈ったらいいんじゃないか、って!そう言ったら、皆協力してくれたの!」
「そっかー」
「それで、皆でアスマ様小聖堂を作ったんだよ!大聖堂っていうとなんか悪い印象があるし、そんなに大きなもの作る時間なかったから小聖堂!そっちの彫像とか聖歌とかタペストリーとか、皆、協力してくれたんだよ!」
「そっかー……いや、あの、それもう宗教なの?ねえ、宗教なの?宗教にするっては聞いていたけど、これは流石に聞いてない」
……実に恐ろしいことに、なんか、こう……俺が崇められている。
『俺が帰ってくるための祈り』が、『俺を崇める祈り』になってしまっている気がする。
つまり!
やっぱり俺、神になっている気がする!やだー!
ということで、俺はその後胴上げされていた。『わーっしょい、わーっしょい』とやられて、そして、ちゃんと床に戻してもらえる頃にはなんかもう、しおしおの俺になっていた。元気を全て持っていかれた。彼らのテンションの高さは一体何なの……?
「災難だったな、アスマ様……」
そして、そんな俺のところに苦笑しながらやってきてくれたリーザスさんになんか落ち着く。ありがとう、この村の中でも常識ある人!
「えーと、この状況は一体何……?あとここ、どこ?村の施設?それから俺が居なくなってから何日くらい経ってる?」
「あー、待て待て待て。ええと、順番に話すから」
リーザスさんなら大丈夫!と思ってやっと色々聞いてみたところ、リーザスさんは『ええと』とか言いながら考えて、整理して、それから話し始めてくれる。
尚、その間に『祈るぜ祈るぜ!俺は祈るぜ!』と元気にやってきた冒険者を『ちょっと後にしてくれ』と押し返す仕事もしてくれた。なので一句読みます。ありがとう、頼れる男、リーザスさん。
「まず、この状況だが……『アスマ様小聖堂完成記念のお祈り会』だな」
「早速分かんねえのよ」
「すまない。ええとだな……そもそも、この状況に至った理由は、ミシシアさんが『皆で祈ればダンジョンの力でアスマ様が本当に帰ってくるかも』と言い出したことだったんだが……」
ああ、さっきミシシアさんが言ってた奴ね。うん。そしてそのミシシアさん本人は、今、『わーっしょい、わーっしょい』と胴上げされているところである。成程ね。彼女が言い出しっぺだったからってことね……。
「元々、国から『新たな教え』の発布はあったことだしな。それで下地は整っていたもんだから、『じゃあ祈るか』となった。それで、元々のパニス村があった土地に小さな聖堂を建設することになって、それがここだな」
「ここパニス村の外なのぉ!?」
「ああ。土地の有効利用、ということでな。どうせここで農作物を育てるのは難しいし……ならば聖堂を作って祈りの場にしつつ、交易の場にしよう、となった。パニス村だけだとどうにも、手狭になってきていて……」
なんか俺が想像してたよりも話が大きくなっている気がする。交易の場?ってことは、ラペレシアナ様もきっと一枚噛んでるな……?
「村に居た多くの人が協力してくれてな。たった二か月でこの小聖堂が建設できてしまった。宝石職人がシャンデリアを作ったり、アスマ様像を作る奴が居たり……ああ、アスマ様像の設計をしたのはミシシアさんだ」
「なんで彫像!?」
「いや、祈る対象があった方がいいだろう、ということになった……んだと思うが、すまない、俺にもよく分からん」
あああ!リーザスさんにも分からないとなったら俺にも分からないね!俺も諦めるよ!でも今、切実に思う!偶像崇拝、禁止しておけばよかったァーッ!自分の像に人々が祈ってるのって、こう、めっちゃ……めっちゃ気まずいーッ!うぎゃあああーッ!
「……それで、誰かが聖歌を作曲し始めて、教典を作る奴も居て、そうしていつの間にか……こうした宗教めいた形になっていて……」
「教典まであるのぉ!?」
見せて見せて、とお願いしてみたら、リーザスさん、『これだ』と教典を見せてくれた。えーと……『食事の前には手洗いうがい』『温泉に浸かる前には必ず体を洗いましょう』とか書いてある。あ、至極真っ当な教典だわこれ。いや、教典か?これ教典か?
「ラペレシアナ様としても、これはまあ、ご希望通りの結果だったらしくてな……見ての通り、こんな教典なものだから、子供の教育にも丁度いい、ということで……これが、流行った」
「流行……?」
あの、この世界、流行の宗教とかあるの?トレンディな宗教?宗教ってどっちかっていうとコンサバティブなもんじゃねえの……?俺、なんも分かんなくなってきちゃったよ……。
……まあ、そういう訳で、事情は分かった。
どうやら、俺を神とする宗教がノリと勢いで盛り上がり、そのまま流行してここまできちゃった、と。悪ふざけもここまできたら大したもんである……。
「えーと、じゃあ、そんな信仰の対象であるらしい俺本人が出てきちゃって大丈夫だったんでしょうか」
「いいんじゃないか?皆、喜んでいることだし……」
……リーザスさんの顔が物語っている。『俺にももうよく分からん』と。
うん、そうだね……。俺も分かんない。分かんないよ……。
そうして俺とリーザスさんが途方に暮れていると。
「ところでアスマ様、また小さくなっちゃったのね」
「アッエデレさうわああああああーっ!抱きしめないでーっ!寝かしつけないでーっ!うわあああああ!うわあああああ!」
「この賑やかさ、落ち着くわぁ。うふふ」
エデレさんがやってきて、俺を抱きしめ始めてしまった!あああ!背中とんとんしないで!寝ちゃう!俺、寝ちゃうからァ!
寝かしつけられる訳にはいかないので全力で抵抗した。というか、途中でリーザスさんが『エデレさん。そろそろそのあたりで……』って仲裁してくれたので助かった。ありがとう頼れる男……。
「19歳の姿も悪くないけれど、やっぱり私達のちび神様の恰好の方が落ち着くわ」
「そんなこと言わないでくださいよエデレさん!俺、なんかいたたまれないんですよエデレさん!」
俺としては遺憾の意なんですけれどねエデレさん!
「……というかですね、エデレさん。そもそも俺は何故、小学生ボディになっちまったんですかね……?」
「さあ……?」
もしかして、アレか?向こうの世界からこっちの世界に来る時、生き物は必ず小学生ボディになるとか、そういう……?いや、流石にそれはねえよな……?
「……あ、もしかしたら」
が、エデレさん、何かにはたと気づいたような顔をすると……ちょっと申し訳なさそうに、また俺を、むぎゅ、と抱きしめた!
「もしかしたら、私達が、『ちび神様』のお帰りを祈っちゃったから、かもしれないわねえ……」
……エデレさん!?あの、それは聞き捨てならねえですよエデレさん!?
何!?祈られたら俺は小学生ボディになっちまうってこと!?そんなことってある!?流石のファンタジーもそれは許さなくない!?
流石になんか、おかしいよねぇ!?
ということで俺達全員、一旦パニス村に戻った。なんでもね、お祭りにするからやっぱり戻ろう!ってなったみたいでね……。
俺としても、一旦はパニス村に戻らなきゃなので戻るぜ。ほら、召喚地点には割れ目とか無かったし。
……なのに俺、こっち来ちゃったの?怖すぎるんだけど……。もしかして俺という複製がここに生まれただけで、向こうの皇居には俺が居る……?それも十分あり得るのが怖いんだよほんと何このスワンプマン……。
とにかく、パニス村にいったん戻らないことには19歳ボディに戻れないのでね……。しょうがないよね……。まあ、俺がスワンプマンだった場合には諦めてもっかいこっち戻ってくるけど……。いや、或いは向こうで俺2人体制で頑張るけど……。
「ほんと、なんで縮んじゃったんだろうなあ」
「アスマ様、真面目にやってなかったの?」
「真面目だったよ……?研究成果はほとんど出てなかったけど……」
というかそもそも真面目にやったら大きくなるとしても、真面目にやらなかったら縮むという訳ではないんだぜミシシアさん!
「まあ、縮んじゃった原因は間違いなく、皆さんに祈られてしまったせいであると俺は結論付けておりますが……」
「ごめんねアスマ様ぁ……ちび神様の恰好の方で像作っちゃって……」
「ほんとにね……どうしてくれんのこのボディ……」
……原因はまあ、皆さんのお祈りよ。間違いなく、それよ。で、もう1つ考えられるのは、ミシシアさんが設計図描いちゃったという彫像よ。アレ、ちび俺の彫像だからね……。それ見ながら祈ってたら、このボディになっちゃったとしてもおかしくないね……。
「だが、当然ながら祈るだけでどうこうなるのはおかしい。祈ってなんか変わるのは、流石に世界樹の樹脂がある時だけってことにしてほしい……」
「ええと……小聖堂では世界樹の樹脂のお香、焚いてたけど」
「そんなところに使ってたの!?」
ああ!おかしなところに突っ込みを入れようとしたら新情報が入っちまった!そっか!あのお香、世界樹のやつか!くそっ!理論が補完されていく!
「だが、それだけで俺が異世界から召喚されるってこと、あるぅ……?というかそもそものことを考えると、俺の世界からこっちの世界に召喚されてる奴が居る理由もよく分かんないんだけど……」
なんかありそうなんだよなあ、とは思う。こっちの世界で世界樹のお香焚いて『飛鳥馬出てこい!』ってやっただけで俺が出てきちゃうのは流石に……流石におかしいよね……?
だからまだなんかあるんだろうな、あと思うんだが……うーん。
「うーん、後は、アスマ様の世界に世界樹があったとしか……」
「いや、あったけど」
……うん。
「……あったの?」
「あったの。そうなの。インペリアルクソデカトゥリーが生えてたの」
そうね。よく考えたら、あったわ。
「アスマ様の世界、世界樹がある世界だったの!?」
「い、いや誤解誤解!世界樹は急に生えてきたっていうか、俺が戻ってみたら生えてたっていうか……でもそれだとほら、時系列おかしいじゃん!?俺がこっちの世界に来る前から世界樹が生えてたんならともかく……ん!?」
……もしかして。
もしかしてもしかして……ああ、俺は恐ろしいことに気付いてしまったかもしれねえ……。
「元々、皇居には世界樹があった……?それがたまたま、クソデカトゥリー化してしまったから目立っただけ……?」
……ファンタジーはあなたの傍にもあるのかもしれませんよ、ってこと……?
怖いよぉ!怖いよぉ!這い寄るファンタジー!うわあああああん!
俺が『こわい!』とやりながらゴロゴロしていたところ、リーザスさんが『落ち着け落ち着け……』とやってくれて、そしてミシシアさんはちょっと考えて……。
「あの、アスマ様。アスマ様の世界の生き物が、こっちのダンジョンの主になってる、んだよね?」
「え?うん……多分そうだけど……」
「ということは、ダンジョンって、元々、アスマ様の世界とつながりがあるんだよね……?」
首を傾げるミシシアさんに合わせて、俺も首を傾げる。
……すると。
「……じゃあさ、アスマ様の世界そのものが、ダンジョンの親、ってことは、無い?」
「……だとしたら俺の意識って俺の世界に溶け込んでて俺君の集合体が今の世界!?世界は俺!?俺が世界か!?インペリアルクソデカトゥリーがクソデカくなった原因ももしかして俺!?というか世界のありとあらゆることが俺ああああああ!」
「落ち着け落ち着け落ち着け、あああああ……」
また怖い話!怖い話だァ!もうヤダァ!俺おうちかえる!
次回、最終回です。




