ダンジョン改革計画*2
ということで。
「えーとね、薬草でそういうポーションを作るのは難しいと思うよ。薬草に含まれる魔力って、流石に『再生』とかの効果は無いもん……」
「そっかぁ……」
ミシシアさんに相談してみたところ、そういうご回答を頂いてしまった。うーん、まあ、そりゃそうだよな。ファンタジーにも限界はある。流石に、欠損した腕がニョキニョキしてくる薬とか、ある訳が無い。
「だから世界樹の葉っぱ使うといいと思う!世界樹は『生命』とか『循環』とか『再生』とかを司る樹だから……アスマ様の力があれば、腕とか目とかも治せるポーションができるかも!」
……いや、前言撤回。ファンタジーに限界は無かった。
こわい!
「はい、アスマ様。これでポーション作ってね!」
「ありがとう、ミシシアさん!」
……そうして俺は、ミシシアさんから世界樹の葉っぱを分けてもらった。瑞々しい緑の葉っぱは、確かに如何にも『生命!』ってかんじである。
「ところで、葉っぱとかもらっちゃっていいの?世界樹って大事なもんなんじゃないの?あんまり傷つけちゃよくないんじゃ……」
が、心配なのは、ミシシアさん、これの番人じゃなかったっけ、というところである。葉っぱとか、分けてもらっちゃっていいんだろうか。
「えー、生命の樹なんだからこれくらい大丈夫だよぉ。アスマ様は優しいねえ」
まあ、大丈夫らしい。ついでにぎゅっとやられてしまった。この人、ことあるごとに俺のこと抱きしめたがるな……。
「ただ、世界樹が持つ魔力は強いから……安易に人の手に渡ると、災いを招きかねないんだよね。だから、できるだけ秘密にしておきたいし、隠しておきたい。ちゃんと管理しなきゃいけない。そんなかんじかなぁ」
「成程ね……『番人』ってそういうかんじかぁ」
そういうことなら理解できる。強い力は適切に管理しなきゃいけない。そういうことだな。
「そうそう。だから」
これで『欠損した腕とか目とかを治せるかもしれないポーション』を作り始められる。
こんなポーションを作ろうとしているのは……俺が思い当たってしまった『傭兵』の勧誘の為である。
ほら、リーザス、と呼ばれていた、隻腕隻眼のあの人。あの人だ。
どうせ職にあぶれてるからゴロツキに混ざってたんだろうし、でもどうも心根はまともそうだし……腕と目さえ治れば、真っ当に働いてくれそうな気がするんだよな!
なんかこう、アウトレット品だから売れ残ってた優良な商品を安く買って修理して使う、みたいなことを人間相手にやる訳だから、かなり失礼なようにも思うんだが……いや、でも腕、治せるなら治せた方がいい、と思うし。
WIN-WINの関係であれたらいいんだが……どうだろうね。
ということで始まりましたポーションづくり。このダンジョンにおけるポーションづくりは簡単である。薬草の時と一緒だな。
世界樹の葉を分解吸収して、分析。そして薬効成分となる魔力を抜き出して再構築。それをダンジョンの湧き水に混ぜれば出来上がりだ。
尚、ダンジョンの湧き水に含まれる魔力は、『効果促進』のファンタジー成分であることが判明している。つまり、全体的にバフかけてくれるかんじだな。
……ダンジョンの湧き水で作るご飯が美味しい、とパニス村の人達に評判なのって、美味しさにバフ掛かってるからなのかな。
「よしできた!世界樹ポーション10人前!」
まあ、そうしてあっさりとポーションができた。多分。多分ね。
「……まあ、実際の効果は試してみないと分かりません、ってことで……」
……自信が無いのは、試していないからである。動物実験とかした方がいいんだろうが、この近辺、スライムしか居ないんだよな。そしてスライムに手足なんざ無いし、実験のしようがないのであった。
「大丈夫!きっと効くよ!もし効かなかったとしても、世界樹の葉が毒になることは無いはずだから!痛みとかは絶対にマシにしてあげられるはずだから!」
だがまあ、世界樹に一番詳しいはずのミシシアさんがそう言うので……多分大丈夫だ!多分!
「これであの人の腕、治ったらいいなあ」
「ね。……もしうちで働いてくれなかったとしても、治ったらその方がいいよね」
「うん。俺もそう思う」
……まあ、お互いに利のある関係を築けたら最高だし、そうでなくても、治験にはご協力いただく、ってことで……。
さて。
「ところでアスマ様ぁ。ラベルか何か付けとかないと、薬草ポーションと分かんなくなるよ、これ」
「……そうだね」
薬草ポーションの時と同様、水晶から再構築した瓶に入れてみたら……ほとんど見分けつかなくなっちゃったよ。そりゃそうだ。ポーション自体に不純物がほぼほぼ無いから、緑色してるとか、無いし。なんか輝き方が違う、ぐらいしか判別方法、無いし。
「ラベル……は、下手に情報を書くと、うっかりこれを紛失した時とか、これが流出しちゃった時とかに怖いんだよなあ……」
「私達だけに分かる目印みたいなものがあればいいのかな」
「ま、一番簡単なのは瓶の形を変えとくことか……」
そういう訳で、水晶の小瓶を再構築。頭の中でこねこねモデリングして、切子ガラスっぽく装飾の入った瓶を作った。これでよし。
「わぁー……すごい、キラキラしてる……。こんなに綺麗な瓶、初めて見た……」
……が、ミシシアさんが目を輝かせている。切子ガラスめいた水晶の中で屈折する光の煌めきがお気に召したようだ。
あれっ、よく考えたらこの世界において、ガラスとか水晶とかのここまで透明にできてる瓶ってオーバーテクノロジーだったりするんだろうか。
「ね、ねえ、アスマ様。このポーション、使い終わった後の空き瓶、貰ってもいい……?」
「あ、うん。どうぞ」
……うん。まあ、ミシシアさんのお気に召したらしいんで、この瓶はこのままいくことにしよう。
ということで、俺達は世界樹ポーションの小瓶を手に、洞窟の外の牢屋へと向かった。
牢屋はそれぞれ個室。贅沢な造りだな。まあ、牢屋を出すだけなら労力はさして必要無いので……。
牢屋の資材についても、花崗岩をガーッと分解吸収して迷路を広げた時に、かなり鉄が採れたからな。それと石材とで、簡単に作れた。
「おい、ガキ!殺されたくなけりゃここを開けろ!」
そして、そんな牢屋の中では生きのいいゴロツキが元気に暴れている。
「うるせえハゲ!」
そして俺の悪口が光る。今の俺は小学生ボディだからな。小学生みたいな悪口を言ってもいいわけだ。つまり口喧嘩では俺が最強である。
牢の並びを進んでいきながら、時々ゴロツキに怒鳴られて、それに小学生レベルの悪口を言い返して、ミシシアさんに『アスマ様、口が悪い……』と何とも言えない顔をされつつ……俺達は目的の牢の前にまでやってきた。
エデレさんから受け取ってきた鍵を使って、がしゃこん、と錠を外すと、牢の中で座り込んでいたその人は、不思議そうに顔を上げた。
「……そろそろ引き渡しの時間か?早いな」
「いや、それはまだだよ」
「なら、何の用だ?」
よっこいしょ、と、俺とミシシアさんが揃って牢の中に入ると、その人は少し、警戒した。……俺とミシシアさんはまるで警戒が無い。まあ、この人が悪い人じゃなさそうってのはもう、分かっちゃってるし……。
さて。
「ええと、リーザスさん、だよね?」
「……ああ。何だ?俺の昔の職場の話でも聞きに来たのか?なら悪いが、話せることは何も無い」
何を警戒されてるのかよく分からないが、なんか昔の職場であったんだろうなあ。うーん。まあ、それは追々ってことで……。
「この薬を試してほしくて」
「えっ?」
俺が小瓶を出すと、その人は片方だけの目をぱちりと瞬かせて、なんとも素っ頓狂な声を上げたのだった。
なので、はい、と、小瓶を渡してしまう。リーザスさんは片方だけの手でそれを受け取って、まじまじと見つめる。
「……綺麗なもんだな」
「うん。で、それ、もしかしたらリーザスさんの腕、治せるかもしれなくて」
小瓶を透かして見ていたリーザスさん、俺の言葉にぎょっとして、小瓶を取り落としかけていた。自力で再キャッチしてたけど。
「な……んなんだ?この薬」
「うん。まあ、そういう薬があったから」
まあ、この人がうちのダンジョンで働いてくれると決まったわけじゃないからな。まだ情報は出さないよ。
「ああ……世界樹が、あったんだったな、あそこには」
「あー、うん。それそれ」
あ、でも世界樹のことはバレてんのか。ならこの人相手に隠す意味はあんまり無かったね。
「で……えーと、とりあえず、飲んでみてほしい。毒にはならないらしいから……」
「うん!大丈夫だよ!アスマ様が作ったお薬だから、きっと大丈夫!」
俺がそっと薬を勧めると、ミシシアさんが勢いよく薬を勧め始めた。いや、俺が作ったことは品質の保証にはならないよ、ミシシアさん!
リーザスさんは、少しの間小瓶を見ていた。けれど、俺とミシシアさんが見守っていると、それ以上特に何を聞くでもなく、小瓶の栓を抜いて、中身をさっさと飲んでしまった。うわあ思い切りいいなあこの人!
「……味はどう?」
「味?甘かったな」
成程。味は甘い、と。すごいなー、魔力って味、あるんだ。ということは美味しい魔力とかあるんだ。トマトに入ってるんじゃねえの、それ。
そして、リーザスさんが薬を飲み終わって数秒後。
「……う」
呻いて、持っていた小瓶を取り落とした。ミシシアさんが小瓶をキャッチする傍ら、リーザスさんは蹲って、肘上から先が無い腕を押さえ始めた。
「あっ、もしかして腕の再生って滅茶苦茶痛かったりする!?」
「痛……いや、苦しい……?くすぐったい……?なんだ、これは、いや、よく分からんなあ……う」
な、成程!?よく分からんのか!成程ね!まあそうだよな!腕が生える感覚とか、未知の感覚だろうし!俺としても全然分かんねえ!ミシシアさんも『わかんない』って顔してる!
……俺とミシシアさんがおろおろとリーザスさんを見守る中。
リーザスさんの腕に、光が集まってきた。
「あ、世界樹の力だ……」
それは分かるらしいミシシアさんが呟くや否や、集まった光が肘上から先にどんどん形を作っていって……やがて、それが腕の形になる。
更に、無い方の目にも光が集まっていって、なんか光がやってる。
……そして。
「……腕が、ある。目が、見えてる……」
光が収まった時には、もう、ぽかん、とした顔のリーザスさんが、両手をそれぞれにぎにぎやりながら、両方の目でそれを見ていたのだった!
手術は成功です!おめでとう!おめでとう!という気分の俺は、やはり喜びに満ち溢れているミシシアさんに手を取られて、そのまま一緒に踊り出した。尚、ミシシアさんは足捌きが素早いエルフの舞踏っぽいのをやってて、俺はまったりした盆踊りをやってるので、まあ、全く噛み合わない。でも気にしない。嬉しいから。
更についでに、ようやく腕と目が治った実感が湧いてきたらしいリーザスさんもミシシアさんに巻き込まれて踊ることになった。リーザスさんは噛み合わないダンスの真ん中に取り込まれて只々困惑していたが、『ああもう深く考えたら負けだな』とばかり、一緒によく分からない踊りを遠慮がちに踊ってくれた。やっぱこの人いい人だなあ。
そうして一頻り踊ったところで。
「いや……驚いたな。まさか、腕と目が、戻るとは……」
リーザスさんは感慨深そうにそう言って……それから、ふと、表情を強張らせた。
「……それで、一体何が目的だ?もう一度、腕を斬り落とすため、とか……?」
……えっ。
あ、いや、まあ、そうだよな。そうだよな!?相手からしてみりゃ、かなり不思議な状況だよな!?
「えっ、あのっ、そうじゃなくて……ここで働いてほしいな、って!」
誤解を解くべく、早速、こちらの要望を伝えちまうことにする。見返りを求めているんですよ!だから怪しくないですよ!というアピールだ!
「あの、ここは現在、従業員を募集していて……特に、戦闘職の人を募集していて……うちで働いてくれると、嬉しいんだけれど……」
「私だけじゃ、やっぱり心配だから……ちゃんとしてそうな人に、防衛の任に就いてほしくて……駄目、かなぁ……?」
ということで、俺とミシシアさんが早速お願いしてみると、いよいよ、リーザスさんはぽかんとしてしまった!ま、まあ、色々と条件とかも不明だもんな!そりゃそうだよな!えーと、えーと……。
……もっかい踊っていい!?




