そして、神になる*3
ということで、それから更に1週間後。
「……気を付けて行ってらっしゃいね」
「うん。ありがとうエデレさん」
俺は、エデレさんに、むぎゅっ、とやられていた。あああ、落ち着いてしまう……いや、待て。これでただ落ち着くだけになっちまってるの、なんか問題が無いか?19歳男児として、なんか、問題が……まあいいやめんどくせえもう考えるのやーめた!
「いや、ほんとにすみません、こんなにお土産いっぱい頂いてしまってェ……」
代わりに考えるのはお土産の事である。
……俺が背負ってる自分の鞄の中には、それはそれはいっぱいのパニス村土産が詰め込まれており……更に、鞄1つじゃ足りず、別の鞄2つも俺は抱えており……盛り沢山である。とにかく盛り沢山。
「いいの。いいのよ。それじゃ足りないくらい、アスマ様からは色々頂いてるんだから!」
このお土産の重さが愛の重さだなあ、と思う。本当に、なんか、こう……エデレさんをはじめとしたパニス村の皆様にはこのように大変愛していただいて、本当にありがとうございます。
「アスマ様よォ!知らねえところ行くんだろ!?俺達も連れてくか!?」
「俺達、それなりに腕は立つぜェ!?任せとけって!ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」
「俺は行くぜ俺は行くぜ俺は行くぜ」
「頼むから来ないでくれ来ないでくれ来ないでくれ。お前らが来ちまったら俺もまとめてムショ入りしかねん!」
そしてとてもやる気のある冒険者達にはお断りのお返事をする。いや、気持ちはありがたいんだけどね。俺の世界ではね、いくら蜂蜜塗ってあったとしてもナイフ舐めてる奴はそれだけで通報されかねないからね。普通に銃刀法違反だからね。
「ちゃんと戻ってきてね!すぐでいいよ!」
「アスマ様が帰ってくるのはパニス村だよ!」
「お土産よろしくね!」
……ま、まあ、なんというか、本当に愉快な仲間達であった。俺は本当に、深く、しみじみと、そう思うよ……。
……俺が何とも言えない気持ちになっていたところ、遠くから『ぶろろろろろろ……』と勇ましい音が聞こえてきた。そしてその音はどんどん近づいてきて……。
「ああ、間に合ったか!よかった」
ドリフトしながら停車したバイクと、そこから降りてくるラペレシアナ様。いやー、絵になるなあ。
……どうやらラペレシアナ様、俺の見送りのために急いで駆けつけてくださったらしい。お忙しいだろうに、本当にありがたいことである。
ラペレシアナ様はバイクから降りると、大股に颯爽と近づいてきて……そして。
「アスマ様。貴殿のこの国への貢献は非常に大きく、優れたものであった。貴殿なくしては、この国の動乱をこのように収めることはできなかったであろう。……よって、これを」
ラペレシアナ様は『まあ、こんな場なので略式だが』と前置きして……懐から、綺麗な朱色の絹に包まれたものを取り出して、包みを開いて見せてくれた。
「……勲章ですか!?アッ!?見覚えある!これオウラ様のやつ!」
「ああ。国へ多大なる貢献を成した者へ送る勲章だ」
……包みの絹ごと俺の手に載せられたそれは、金と宝石で作られた、非常に立派な……勲章である!
うおわああ!俺、受勲しちゃった!受勲しちゃった!わーい!わーい!
「……これから異世界へ旅立たれる御仁に叙勲、というのも、意味のないことかもしれぬが」
「いえ!俺、また戻ってきますので!」
受勲は男の子の浪漫である。めっちゃ嬉しい。俺が全身から『めっちゃ嬉しい』の波動でも放っていたのか、ラペレシアナ様はころころ笑って『喜んでもらえたならよかった』と仰った。はい!めっちゃ嬉しいです!ありがとうございます!
叙勲の後は、お世話になった騎士の皆さんとちょっと話した。彼らが『騎士引退後は絶対パニス村に住む!』と言ってくれるのは嬉しいね。
で、そんな騎士達に混じって、ちょっと遠慮がちにリーザスさんが来た。そそっ、と。
「改まって言うのも妙な気がするが、一言礼を、と思ってな」
「それ言うならこちらこそ。俺、大分お世話になったんで……」
思い返してみると、リーザスさんには大変お世話になったなあ、というか、大変気苦労をお掛けしました、というか……。いや、ほら、ミシシアさんって、あんまりブレーキにはなってくれないからね。リーザスさんが1人で俺とミシシアさんの手綱を握ってどうどうやっててくれた気がするね。
「ま、まあ、世話しなかったとは言わないが。うん……だが、楽しかったよ」
「そっかー。俺も、楽しかったぜリーザスさん!」
まあ、なんだかんだ楽しかったよ。うん。ご苦労をおかけしましたけども。いや、ほんとに。ほんとにごめんねリーザスさん……。
「……腕も目も、職も妻も失って流れ者になっていた時には、まさか自分がこうなるなんて思いもしなかったな」
リーザスさんはそう言って、ちら、と他の騎士達の方を見た。
まあ、彼ら全員、そうなのかもしれない。その中でもとくにひでえことになってたのがリーザスさんだけども……。うん。だからこそ、リーザスさんが来てくれてよかったなあ、って思うよ、俺は。
「本当にありがとう。君には随分、助けられた……っと」
リーザスさんは俺の頭に手を伸ばしかけて、それから『おっと』というように手をひっこめた。
「す、すまない。つい、撫でようとしてしまった。アスマ様が子供の姿だった時の癖がまだ抜けなくてな……」
「あっ、そういうことならどうぞ遠慮なさらずに。さあさあさあ」
まあね。俺も19歳ボディになった訳ですけど、この世界では小学生ボディだった時期の方が長かった訳だし。折角ならどうぞどうぞ、ということで撫でてもらっておいた。絵面については考えないものとする。
「お、おお……本当に、中身は何も変わっていないんだな……。妙な気分になるよ」
そう?まあそうか。見た目が変わったのに中身が変わってないことへの違和感みたいなのあるんかね。
……それとも単に、俺が19歳ボディの割にあまりにガキっぽいとかそういうことか!?そういうことか!そういうことのような気がしてきた!
ちょっと遺憾の意を表明すべくスライムと一緒に盆踊りを始めた。リーザスさんも一緒になってちょっと踊ってくれた。
そしてそこに、ミシシアさんも混ざり始めたので盆踊りはいよいよ佳境ですね。
「アスマ様、踊るの好きだねえ」
「うん。割と好き」
ミシシアさんはくすくす笑いつつ、ちょっと盆踊り風にアレンジされたエルフのダンスを軽やかに踊っていたなあ、と思うと……。
「……寂しくなるなあ」
そう零して、しゅん、とした顔をした。
「また戻ってくるよ」
「うん。まあ、それは分かってるんだけどね……『あっ、踊りたいな』って思った時、すぐ隣に、一緒に踊ってくれる人が居る、っていうのに慣れちゃってたから」
「あー、それは俺もそうかも」
……また会える、もう会えない、っていうんじゃなくても、『いつでもすぐ近くに居る』『いつでもは居てくれない』っていうのの違いは……それなりに大きいんだよな。
俺だって、『見て!あの雲、カマキリに似てる!』ってやれる相手が居た方が楽しいし。ミシシアさんが近くに居ると、『アレはカマキリじゃなくて樹じゃないかなあ』とか返してくれるし。そこにリーザスさんも居たら、『俺にはパンにしか見えない……』とか言ってくれるし。
……そういうの、楽しかったんだよなあ。
「……お互い、寂しくなるねえ、ミシシアさん」
「そうだねえ、アスマ様」
なので、まあ、寂しくなる。それは、本当にその通り。
「……だから、その、向こうから戻ってくる時にはなんか、お土産持ってくるよ。面白いやつ」
だからこそ、俺達はそれを埋め合わせる方法を探すわけだ。やり方はいくらでもある。きっとね。
「うん……楽しみにしてるからね!絶対、面白いやつ持ってきてね!」
「ハードルが上がっちまったぜ……。だが任せろ!きっとミシシアさんを面白がらせてやろう!」
とりあえず、こっちに戻ってくる時にはお土産としてオタマトーン持ってこよう。アレで華麗に演奏できるようになって戻ってこよう。
……多分、ミシシアさんにはそれで受けると思う。受けなかったとしても……『アスマ様が変なの持ってきた!鳴いた!なにこれ!』って騒いではくれると思うし、そうしたらどうせ、楽しくなるだろうし……。
そうして俺はいよいよ、この世界と暫しの別れ、ということになる。
世界樹がある部屋にまで来られるのは、ミシシアさんとリーザスさんだけだ。だからラストの見送りはこの2人だけ。他の冒険者達には、世界樹はナイショだからね……。
「じゃあ、皆、元気で!」
俺は、昨夜作ったばかりの階段に足を掛け、できるだけ爽やかな笑顔でミシシアさんとリーザスさんに手を振る。
……すると。
「……世界樹の枝、あげるとは言ったけど、言ったけどさ、アスマ様……」
ミシシアさんが、なんか、こう……慄いていた。
「なんかすごいのできてない!?」
「あっ、ご心配なく!頂いた世界樹の枝から抽出して作ったプラスチック材で作ってあるけど強度はちゃんと試験済みなんで!」
ああ、うん、まあ、『世界樹の枝なら割れ目に近付ける』っていうのが分かった以上、更に突き詰めて『世界樹の樹脂こそが割れ目に近付けるアイテムである』となるのは当然のことで、それで、折角ならその樹脂を利用して透明な螺旋大階段を造っちゃおう!っていうのも当然のことである。
我ながら良い出来なので褒めてもらえて嬉しいぜ!
「じゃあ、次に来る時にはオタマトーン持ってくるからー!」
「オタマトーンって!何ーっ!?」
俺はミシシアさんの叫びを背に受けつつ、螺旋階段を駆け上がる。
そして、きらきらと降り注ぐ光が近づいてきて、その中へと俺は飛び込んでいって、そして……。
「ただいま現世ェ!」
……俺は、大学生協食堂の前の地面にできた亀裂から、ひょこっ!と飛び出すことに成功したのであった!
……が。
「生存者確認!生存者確認!自力で脱出してきた模様です!」
飛び出てみたら、割と大事になっていた。
……しっかりと封鎖された亀裂周辺。どう見ても自衛隊っぽい人々の姿。
「ここがどこか分かりますか?お名前は?」
そして俺に投げかけられる、温かくも『あっ!俺、そういう声かけされる立場なんですね!?』と秒で理解できる言葉!
「ここは大学生協食堂前!そして俺は1年飛鳥馬卓弥です!そしてこれはお土産のブランデーケーキ!お兄さんもお一ついかがですか!?」
「意識ははっきりしていますが錯乱している様子がありますね」
「あっすみません、俺、これが正常なんです。100から7ずつ引いていくやつも言えます。93、86、79、72、65……」
「至急、本部へ報告!救急に繋げ!」
あっ、自分が正常なことを証明しようとしているのに聞く耳を持ってもらえない!
「いや、あの、俺、色々と報告しなきゃいけないことが……いや、よく考えたらファンタジー学専攻の人って居ないね……どの教授にこのビッグチャンスを持ち掛ければいいんだろうね……。考古学……?」
「あああ!錯乱したままどこかへいかないで!危険ですよ!一旦検査入院を!」
……ということで。
俺は異世界から帰ってきて最初に……自衛隊のお兄さん達に取り押さえられることになったのであった。
離せー!俺は正気だー!うおわああああ!でもお仕事増やしてすみません!うおわあああああ!




