沼のその先へ!*9
「なんかこうしてマント一枚羽織ってるとビーナスの誕生ってかんじだな……」
リーザスさんにマント貸してもらって羽織ってみた。これでクソデカホタテ貝の貝殻の上に立ったら多分、ビーナスの誕生っぽくなる。つまりアスマの誕生。ありがたみは全く無い。ありがたみが全く無いのでさっさと服出して着ますね……。
「しかし……本当に、19歳だったんだな」
「だからそう言ってたじゃんよぉ……」
リーザスさんはお着換え中の俺を見ながら、『本当に19歳だったとは』と驚きっぱなしである。まあね、ずっと小学生ボディだったわけだからね。その感想も已む無し。
「いや、すまない……。ミシシアさんが、小さい子を扱うようにしていたものだから、そういうものだと思ってな……」
「そりゃあね……彼女、年齢3桁だからね……それからしてみりゃ、19歳はガキンチョだと思うけどさ……」
リーザスさんはなんかちょっと申し訳なさそうにしてくれるんだけど、まあ、俺の扱いの原因は概ねミシシアさんがハーフエルフであったことに起因しているので、まあ……誰も悪くないんだよな。うん……。
「ところでミシシアさんは?」
「全裸のアスマ様を見た瞬間、あの俊足で逃げていったぞ」
「あちゃー申し訳ないことした」
今回の全裸はマジで事故だったんだが、まあ、悪いことしたよね……。まあ、最悪の場合はちょっと、こう、世界樹パワーで記憶を曖昧にできないかやってみるね……。
「ミシシアさーん……」
まあ、このままって訳にもいかんので、ちゃんと着替えて全裸じゃなくなった俺は、世界樹の部屋の入口付近でおろおろしているミシシアさんを呼びに行く。
「わっ!きゃっ!」
俺が覗き込んだら目が合ったミシシアさん、めっちゃびっくりして、壁の後ろに逃げ込んでしまった。まあそうだよね。小学生ボディがいきなりでっかくなっちゃったからね……。
「そ、そっか、アスマ様、大きくなっちゃったんだった……」
が、ひょこ、とミシシアさんの顔が壁の後ろからひょっこり出てきたので、一安心。俺、そんなに強面とかそういうことは無いので大丈夫だとは思うんだけど、まあ、怖がらせるのも本意ではないのでね……。
「……えーと、この通り、デカくなっちまいました」
「あ、う、うん……元に戻れてよかったね、アスマ様」
「うん。ありがとうミシシアさん」
ミシシアさんは壁の後ろからちょこっとはみ出た姿勢のまま、にこ、とちょっともじもじしながら笑いかけてくれた。
「……アスマ様、本当におっきかったんだねえ」
「うん。いやだからそうなんだってば……」
そしてリーザスさんみたいな感想をくれるもんだから、なんかもう、苦笑いするしかないね……。ところでもしかしてこれ、パニス村全員にやられるんだろうか。うん。そうだな。間違いねえな。うわあちょっと考えただけでめっちゃややこしい事態が予想される。うわああ、うわあああ……。
そうして、俺が『まずはエデレさんから村の皆に発表って形で全体周知をお願いしてだな……いや待てよ?まずエデレさんにめっちゃ驚かれる気がする……』とか考えていたところ。
「……アスマ様、本当に帰っちゃうんだねえ」
ふと、ミシシアさんがそんなことを、ぽつん、と呟いた。
「うん……」
……そうだな。俺は19歳ボディを取り戻した。いや、まあ、元々の19歳ボディと細かい差はあるんだと思うけど、でも、それが分からない程度には、まあ、『取り戻した』と言っていい精度で19歳ボディになれたわけだ。
つまり、俺はもう、元の世界へ帰ることができる、ということなのだ。
……お別れがいよいよ、近付いてきたんだな。
「……アスマ様の世界って、どういうところ?」
「え?うーん……こっちよりも曖昧なことが少ないかもね。少なくとも、『祈ると何かが変わる』なんてことは、あんまり無い」
ミシシアさんの質問にどう返していいものかは分からんが、ひとまず、俺がこの世界と向こうの世界において一番の差異だと思っているものを話すことにする。
「全てのものに法則があって、その法則がちゃんと分かっていて、それを実践できるなら、全ての事象に再現性があるはず。けれど全てが解明されているわけじゃなくて、それらを解明していったら……魔法みたいなことができるようになる。そういう世界と言える、かも」
「そっか。魔法が無い……から、魔法みたいなことをしようとしてる……ってこと?」
「うーん、逆に、それこそが俺達の世界の『魔法』なのかも。解明して、普遍的なものにして……世界全体をより良くしていく、っていう、そういう魔法がある世界、なのかも」
難しいね。この世界のファンタジーパワーは俺からしてみたら荒唐無稽な意味わからんブツだが、この世界の人達からしてみたら、逆に科学が意味わからんのだろうしなあ。実際、この世界の色々って、科学の法則では考えられない事象が起きちゃってるからなあ。
「よく分かんないけど……そっか。アスマ様みたいな世界、なんだね」
「俺ってそういうかんじなの……?まあ科学の徒だけどさ……」
いや、まあ、ミシシアさんの言葉は誉め言葉として受け取っていいんだよな?うん、じゃあまあ、照れておこう。テレッテレッ。
「……で、まあ、『解明すること』が幸せになることだって、俺は信じてる。だから、俺は俺の世界からこの世界を研究して……少しでも、お互いのためになる何かを解明していきたい」
それで結局、俺の話はここに戻ってくることになる訳だ。
「いずれ、ダンジョンってものの存在も解明したい。完全に機能停止する方法があるかもしれないし、ダンジョンがどうして生まれたのかが分かるかもしれない。何にせよ、俺はずっとこの世界とダンジョンを向こうから研究していくことになる、と思う。……もう1人の俺とも、約束したから」
……俺がそう言うと、なんかどこからともなく、スライムが一匹もっちりとやってきて、うにょん、と俺の膝のあたりに伸び上がってきた。なのでひょいっと抱え上げて、揉む。おおやわらかい。よい手触り。……このスライムは多分、もう1人の俺の『よし行け!』っていう意思だと思うからね。思う存分、揉んどこう。
「そっか……アスマ様は、アスマ様の世界をより良くするために、頑張るんだね」
「うん。がんばる」
がんばりますよ、と全身で表現しながら答えると、ミシシアさんは、へにゃ、とちょっと元気のない笑みを浮かべた。
「……アスマ様、向こうの世界に行っても、元気でいてね」
そんな笑みを浮かべたミシシアさんは、それから、はた、と気づいたように慌て始めた。
「あ、あの、まだすぐにお別れってわけじゃ、ないんでしょ?もうちょっとは……えーと、1年は……あ、あれ?1年って、人間には長いんだっけ?あれ?」
「え?いや、あの」
「あの、アスマ様、あとどれくらい居てくれるの?1か月?1週間?……1日、ってことは、ない、よね……?」
ミシシアさんが慌て始めちゃったので、ちょっと考える。
えーとね……まあ、まずは俺の脳みそを量産して、当面の間俺が居なくても何とかなるようにしていきたい。
パニス村ダンジョンは、俺が居なくても回るだろ、ってくらいには強化できてるから村の皆に任せればいいと思うけど、そこらへんももうちょい調整するとして……。
「あー、うん。えーと、とりあえず2週間くらいはかかるね。その後はまあ、行ったり来たりしながら調整、ってかんじを考えてるけど……」
「……えっ?」
その後のことはまあ、俺が一旦向こうに帰って、向こうで色々調整してからになるよなあ、と考えつつ、『アレやって、コレやって……』と指折り数える。もし俺が行方不明状態になってたら、当然、その分、遡って休学扱いにできますかね?とか、単位どうします?とか、あと警察に出ているであろう届の取り下げ……。
や、やることが……やることが、多い……!
「……行ったり来たり、するの?」
が、俺の『やることが多い!』の間に、ひょこ、とミシシアさんが割り込んでくる。俺を見上げて、若葉色の目が、何やら期待にそわそわ輝いている。
「え、あ、うん。まあ、当面……或いは一生、行き来することになる、と思う。いや、今後どうなるかは分からんけどさ。でもまあ、俺、この世界に来ちゃった当事者だし。となると、研究をするにあたって俺はその最前線に立つ権利を得やすい、とは思う。いや、調査が誰所轄になるのか全く分かんねえんだけどさ……」
下手すると国家機密扱いとかになって、俺みたいな一般人の手の届かないところに行っちゃうのかもしれない。だがそれでも、俺自身がその『国家機密』に触れられる立場になるくらい出世すれば何とかなる話だ。
或いはそういうの一切無視してまた割れ目にダイビングすればいい話だ。うん。どう考えても後者の方がはええな。行動力のある狂人は誰にも止められねえ。良くも悪くもそれはそう!
……いや、まあ、研究したい、ってなったら、そのサポートしてもらえるように、ちゃんと研究費を出してもらう必要があるんだと思うから、やっぱりちゃんと公的に認められた研究員になりたいんだけどね……。
ところで異世界ダンジョン研究の研究費って、科研費に申請すればいいんだろうか。通らねえ気がする。
いやでも待てよ?ダンジョンパワーでなんとかゾウの卵を生成した後、『ゾウの卵を発見しました!』って申請書出せば科研費通るんじゃねえか?科研費申請書のサンプルには『ゾウの卵はおいしいぞう』って書いてあるし……。
「い、言ってよ!言ってよ!もう!」
俺がゾウの卵に思いを馳せていたところ、ミシシアさんがぽこぽこぽこぽこ、と俺の胸のあたりを叩いて抗議してきた。おお、よくよく考えると、ミシシアさんのつむじのあたりとか、俺、見るの初めてかもしれねえ。今は俺の方がミシシアさんより身長高いからね!
「私!アスマ様とお別れだと思って!悲しかったのに!のに!」
「うおおんごめんミシシアさん……あの、叩くなら肩でお願いします……あーそこそこ、あーめっちゃ効く」
ミシシアさんのぽこぽこ攻撃が続いていたので、後ろ向いて、ちょっと屈んでみたところ、そのままぽこぽこぽこ、と肩叩きに移行してくれたので、折角だし肩叩きして頂く。いやー、極楽ですね。
……ということで、一頻り肩叩きしていただいた後。
「……さっきね。アスマ様が大きくなっちゃったの見て、『ああ、遠いところに行っちゃったなあ』って気分になったんだ」
ミシシアさんは、ちょっと拗ねた顔でそんなことを言い出した。
「知らない姿になっちゃって、でも、私が知らなかっただけで、アスマ様は本当はこの姿だったんだよな、って、思って……アスマ様は、遠いところから来た人で、そこにこれから帰っちゃう人だ、って、思い出して……お別れすることより、それが、寂しかった、のかもしれない」
おお、それは……うーん、なんか、申し訳ないけど、ちょっと嬉しくもあるね。それだけ俺のことを、仲間として受け入れてくれてた、ってことだろうし。
「……でも、アスマ様、あんまり変わってない、よね?ちっちゃい時も今も、アスマ様、だよね?」
「うん。正直なところ自分でもびっくりするほど何も変わってないね。まあ、こんなかんじに……」
俺が軽快なステップをシタシタと踏み始めると、ミシシアさんは『わあ、アスマ様だぁ……』と半笑いになり、リーザスさんは『ああ、アスマ様だな……』と生暖かい笑みを浮かべてくれた。そうですよ。俺ですよ。
「折角だし一緒に踊っとく?はーよっこいしょ」
俺は俺なので、踊っちゃう。こういう時はね、下手に気まずくなる前に、さっさと踊っちまうに限るぜ。
「うん!折角だし一緒に踊ろ!ほら、リーザスさんも!」
「その、毎度思うんだが、この踊りは一体何なんだ?俺はどっちに合わせればいい?毎回気になっていたんだが……」
「誰にも合わせなくていいの!こういうのは!気持ちだけ合わさってればいいの!」
……ということで、俺達はしばし、そのまま噛み合わないダンスを続けたのだった。さあーのよいよい。




