沼のその先へ!*8
ということで、施術完了である。
……いや、やることが単純なんだもんよ。結局のところ、やることって『香を焚いて酒を撒いて寝る。あと祈る』でしかないんだもんよ。
俺としてはさあ……こう、『魔力の分量によって短縮される時間に差が生じるとかある!?』とか、『編んだ篭の形状によって変化ある!?』とか、色々気になるんだよ。いや、そういうのありそうじゃん。少なくとも俺の感覚では、当然、ある。あるもんだ。
が、ミシシアさん曰く『そんなのあったらエルフがこの魔法を使えてるわけがないよぉ……エルフって皆、アスマ様みたいにピッチリしてないもん……』とのことだった。
……まあね?ファンタジーってのは適当なブツで、そしてエルフはそのファンタジーにめっちゃ慣れ親しんでやがる生き物達だから、余計に適当なんだよなあ、多分!
いや、このあたりちゃんと解明してえなあ……。本当にこれは、『向こう側から調べろ』でしかない問題だよなあ……。
と、俺が考えていたら、ミシシアさんの叔父さんが目覚めたらしい。
なので俺とミシシアさん、競い合うように覗きに行って……。
「お加減いかがですかー!?うわっなんも変化がねえ!実験失敗か!?」
「あ、叔父さん、ちょっと老けたね!」
「えっどこが!?」
「えっ魂が……?」
……2人で全然別の感想を抱いてしまい、ここでもカルチャーショックである。
多分、エルフの目には『ちょっと魂が老けましたね!』ってかんじになるんだろうね……。
……魂が老けるって何よォ!納得いかないよォ!
「えーと、俺としては全く納得がいきませんが、施術は成功らしいです。どうもありがとうございました」
「ああ。こちらこそ礼を言う」
ミシシアさんの叔父さん、手を握ったり開いたり、持ってきていた弓をちょっとみょんみょんやったりして、ちょっと満足そうにしている。
「ちなみに叔父さん、どんなかんじに祈ったの?」
「身体の衰えは無く、ただ命が大地に還る日を早めてほしい、と」
「どれぐらい?」
「200年ほど」
エルフの話ってのは規模がデカすぎる。俺はさっきから『すごい』っていう感想しか出てこない。なにこれすごい。200年ってなに。すごい。こわい。
「えーと、じゃあこれ、『年相応なかんじに老けたいです!』って祈ったらそうなるんですか?」
「なるだろう。実際、そうしているエルフも居ないわけではない。……姉がそうだった」
「えっ」
「えっ!?母さんそうだったの!?」
なんか、ミシシアさんにとっても新事実だったらしい情報が出てきちゃって俺としては気まずい。気まずいよぉ……。
「……そうしたから死んだんだろう」
「あーそっかぁ……父さんだけ1人で先に死んじゃうもんねえ……」
ミシシアさんは『そっかー、そういうことだったんだなあ』となんか納得した顔をして……そして。
「だったら私も連れてってほしかったなあ」
そう、ぽそ、と呟いた。ああああ……。
……が、そのままちょっと考えていたらしいミシシアさん、ふと、にぱ、と笑った。
「……ううん。やっぱり、連れてかれなくてよかった。じゃなきゃ、ここの皆と会えなかったもの!」
おおお……ミシシアさぁん……ミシシアさぁん……。
「だから私はこれでよかった。そういうことだよね?」
「ミシシアさぁん!」
もう俺、何言っていいのか分かんないけどぉ!
でも俺も、ミシシアさんが長生き生物で良かったって思ってるよ!ありがとうミシシアさん!これからもよろしくねミシシアさん!
「ということで、ちょっとよく分からないことになってしまった」
「エルフを実験対象にするのは……その、色々と問題があったんじゃないか……?」
「え、でも、エルフの秘術の実演が見られたんだから、それはそれでよかったんじゃない……?」
「あ、それはそうだわ……」
……ということで、『魂だけ老けるっていうよく分からない現象が起きたらしいがこれどうすればいいの?』とか、『肉体だけ老けることも可能なの?』とか、色々と悩みは増えたが、ひとまず、『なんか祈ったらいいかんじになるんじゃね?』という知見も得られた。
あと、ミシシアさんの叔父さん曰く、『1000年ほど命を縮めるエルフも居る』とのことだったし、『姉のように、流れる時を人間並みに加速させる場合もあるようだ』とのことだったので、本当に『祈ればいいかんじになる』説が濃厚である。俺はこれだからファンタジーって奴が許せねえんだよぉ……。
「どうする?肉体の実験もやっておいた方がいいんじゃないか……?」
「いや、本人が祈らないと効果が無いとしたら、『老けたい!』っていう人しかできないわけで、となるとこれ以上実験することはできないと思う」
魂が老けるっていう謎現象はさておき、これ以上の実験が難しそうだぜ、ってこともまあ、分かる。
何せ、『祈る』がメソッドに組み込まれちゃってるんだもんよ。『老けたいです!』って思ってる人しかこれできねえってことじゃねえのよ。じゃあラペレシアナ様にお願いして死刑囚用意してもらったって無理じゃんそんなん!
「一応、募集してみるのはどうだ?その……やはり、準備が万全かもわからない状態で、アスマ様にこのような術を掛けるのは……」
「リーザスさん……」
リーザスさんはどうも、俺を心配してくれているらしい。だが『俺がやればなんとか……』とかぶつぶつ言い始めているのはどうかと思うぜ!いいから。そういうのいいから!でもありがと!
ということで、いよいよ俺の番だ。実験らしい実験、調査らしい調査を全然できていない時点で不安しかない。
だがこれがこの世界でのやり方なわけだ。よくよく考えてみたら、とりあえず自分の体で実験できるんだから、下手に他の人でやるより良かったのではないだろうか。もうそういうことでいいや。
「では準備が整いましたのでこれより実験を開始いたします……この度は、ちび飛鳥馬卓弥、最後の夜のお別れ……写真の中の俺も……心なしか微笑んでいるように感じられます……」
「なんかアスマ様が縁起でもないことを言ってる気がする……」
「落ち着いた方がいいぞ、アスマ様……」
「エデレさん呼んできた方がいいかなあ」
色々とめっちゃ怖い状況ではあるんだが、どのみち俺自身を何かにしなきゃいけないってところは変えようのないことだった。もし下半身問題が解決してボディだけ作ったって、そこにどうやって頭脳とか記憶とかを搭載すんのよ、っていうところは未解決のままだったしな。
なのでここは一丁、男を見せる時だぜ。……いやめっちゃこええよ!
「科学の及ばない事象に自ら飛び込む羽目になるとはね……」
めっちゃ怖い。めっちゃ怖いんだが……いや、四の五の言っていられない!よし!やるぞ!
「まずは火を点ける!」
ということで、世界樹の樹液のお香にファイア!ちょっとすると、ふわっ、と落ち着くかんじのフレグランス漂うお洒落空間の出来上がりである。
「そして撒く!」
それから世界樹の樹液の酒を撒く。土俵入りの力士が塩を撒くかのように威勢よく撒く。思い切りが大事!こういうのはね、もうね、思い切りが大事なの!
「最後に寝る!そしてお祈り!うおおおおお!お祈りぃいいいいい!」
「アスマ様!叫ばなくてもいいと思うよ!」
「気合が大事かと思ってぇえええええ!」
「そっかああああ!がんばってねえええええ!」
ということで気合を入れつつ、でっかい籠の中で祈る!19歳ボディ!俺の記憶は曖昧ですがなんかうまいこといいかんじに俺の記憶から俺の19歳ボディを拾ってきて上手く再現できませんかねえ!?それでいて魂は老けさせないでくれると嬉しいです!魂なんてもんがあるとしたら、今の俺の魂、多分、実質19歳なんでぇ!
……ということで、祈った。めっちゃ祈った。『祈るとどうにかなるって本当に意味わかんねェーッ!』と喚く自分を『どうどう、おーよしよし……』とやりつつ祈った。『19歳の俺の姿になりたいです!そこから先の老化は緩やかめにお願いします!』と。
そして、祈っている間にもなんか、お香の匂いがふかふか漂ってきて、あと、なんか世界樹の枝を編んだ籠、寝心地が良くて……。
……俺、寝ちゃったよ。
うん。我ながら緊張感のないことだがしょうがない。オヤスミ!
「……知ってる天井だ。……ん?」
ということで目が覚めた時、なんか気分爽快、いいかんじの体調であった。が、声を出してすぐ、違和感に気付く。
「あー、あー……テステステス……おー」
そう。声だ。聞こえてくる声が、低い。ガキンチョ7歳児の声ではない!19歳児の声だ!
「おお……おおおお……」
更に、寝っ転がったままながら、手を持ち上げて目の前に持ってきたら、ちゃんとそこに、デカくなった手があった。19歳児の手だ!
そして立ち上がってみたら、めっちゃ身長が高い!おお!19歳児のボディだァーッ!
「ミシシアさぁん!リーザスさぁん!俺、やっとボディ戻ったぁああああ!」
その喜びのまま、籠から飛び出して走り出す。うおおおお!なんか違和感!すげえ!いきなり体がデカくなるとすげえ違和感!
……が、違和感は急な成長によるものだけではなかったようである。
「きゃああああああ!アスマ様!アスマ様アスマ様アスマ様!ちょっと出てる出てる出てる!」
「パンツ!パンツが無いぞアスマ様!」
「えっマジでェ!?アッほんとだ!キャーッ!」
どうも!サイズが合わなくなりすぎたパンツと短パンは!曖昧になって!消えたらしい!これだからファンタジーは!
というか衣類が全部……無い!パンツどころでは、無い!これだから!ファンタジーはァ!
「あ、アスマ様!アスマ様!ひとまず服を……あああ、俺の外套でいいか!?」
「ごめんありがとう本当にすみませんリーザスさん!」
つまり俺、今、全裸!全裸!猥褻物陳列罪!逮捕待ったなし!被告は『こんなはずじゃなかった』などと供述しておりィ!
そしてごめんミシシアさん!本当に!本当にごめん!すみませんでした!わあーん!




