沼のその先へ!*7
成程……やはりここで世界樹か。
なんか、ダンジョンも世界樹だし、世界樹は世界樹だし……え?ダンジョンってやっぱり世界樹でできてる?それとも、世界樹がダンジョンからできた……?
そのあたりも非常に気になるところではあるが、ひとまず、俺のボディについては1つの回答が得られた、と思う。
が、同時に……なんか、エルフってもんに対して、『おいおいおいおいお前ら何なの本当に何なの!?』っていう感覚にもなっている!
「そっかー……私には知らされてなかったけど、エルフが世界樹を守ってるのって、そういうことだったんだねえ……」
「ミシシアさんがそれを知らされずに世界樹の守り人になるための旅に放り出されたことを俺は今非常に遺憾に思っております!」
いや、こう……ミシシアさんには知らせておこうよぉ!『おめえちょっと世界樹植えてこいよ。ま、おめえじゃ世界樹育てることなんてできねえだろうけどな!げひゃひゃひゃひゃ!』みたいなことやるんだったらさぁ!せめて、世界樹の仕様とか用途くらいは、ちゃんと教えておこうよォ!
「まあ、私は純血のエルフ程は寿命が長くないもの。私には必要ない知識だって思われたんじゃないかなあ。それに、長命のエルフを早死にさせる方法がある、って知れたら、結構危ないもん」
けどミシシアさんは健気である。特に気にした様子もなくにこにこしているので、俺ももう、何も言えねえ……。
「それに、人間と一緒に過ごしていたら、1000年くらい、あっという間だと思う!毎日楽しいもん!」
更に、ミシシアさんはにこにこぱー、と、明るい笑顔になってそんなん言うもんだから……俺はミシシアさんの頭を撫でておいた。リーザスさんもなんか、神妙な顔で頷きながらミシシアさんの肩をぽふぽふ叩いていた。
なんか……俺、この世界に来て初めてであった人がミシシアさんで、本当によかったなあ、って、思うよ。
「じゃ、早速やってみっかぁ……ありがとなエルフのおじさん」
「手順もちゃんと書いてくれたの、叔父さんにしては大盤振る舞いだと思うよ。だってこれ、エルフの秘術なんだもん」
「あ、だよねえ。じゃあこれ、ミンナニハナイショダヨしておかねえとな……」
ということで早速実験実験。勿論、トップバッターを俺にする気は無い。流石に、無い。ちゃんと予備実験やってから自分でやる!当然!
「なので、えーと……齢をとってもいい生き物ってなんか居るかな」
が、実験するにしても、対象が居ねえのよ。当然だったね。
「……オウラ様はどうだ?」
「それも一発目にはできねえじゃん……オウラ様でこそ、失敗できねえって……」
リーザスさんから『確かにちょっと齢とってもらっても問題ねえのか……』って人の候補は頂けたんだが、オウラ様にうっかり何かあったら国家滅亡級の損失なので駄目です。
「そ、そうか。そうだったな。うーん……」
ということでリーザスさんはまた考えて……。
「……またラペレシアナ様から死刑囚を頂いてくるか……」
……やっぱり、そうなる?
うおわあああああ!ごめん!本当にごめんな死刑囚の皆ー!科学の発展って、人権とか倫理とか丸っと無視するとめっちゃ素早いんだよォー!ごめん!マジでごめん!でももうコレしかねえ!うわあああああ!ごめん!うわあああああ!
「いや、エルフ使おうよ」
が、そこへ更に投下されるミシシア爆弾だ!ヒュー!もう俺、どこから何を突っ込んだらいいのかわかんねえよ!
「人生に飽きてきたエルフ、いっぱい居ると思うし……ちょっと叔父さんに連絡してみるね!」
「え、いいの……?それ、いいの……?」
「うん。100年くらいなら縮めたいっていうエルフ、いっぱい居ると思うよ」
「そんなことあるのぉ!?あるのかぁ!あるからこういう秘術があるんだもんなあ!?」
……ということで、ミシシアさんが『じゃあ手紙書いてくるー!』と出ていったのを見送って……俺とリーザスさんは、顔を見合わせた。
俺……その、本当に、ミシシアさんと出会えてよかったなあ、って、マジに思ってるよ……。
それから1週間。
その間にラペレシアナ様を始めとした王立第三騎士団の面々がパニス村にお越しになり、ここを拠点とした各地のダンジョンに俺の脳みそを吸収させるプロジェクトが始まった。
パニス村一番のラグジュアリー高級宿は王立第三騎士団貸し切りとし、そこを作戦本部として、各地に騎士達が派遣されていっては帰ってきて、成果を報告してくれるのだ。なので俺達もプロジェクトの進行状況がすぐ分かってありがたいね。
ただ、その分、騎士の皆さんにはご面倒おかけして申し訳ねえなあ、と思う訳なんだが……。
風呂に入ろうかな、と思って温泉施設にリーザスさんと一緒に向かったところ、温泉近くに設置してあるベンチに座って、湯上りの体をちょっと冷ましている途中であるらしい騎士の皆さんを発見。
「お仕事お疲れ様です!」
ということで、まずは挨拶。挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。お辞儀はしっかり90度。声は大きく元気よく。
「ああ、アスマ様!それにリーザスも。……温泉に入りに来たのかな?」
「はい!」
こういう時も元気よく。小学生ボディじゃなくても声はでけえ方がいい。ぼそぼそ喋ってるとなんか伝わらない。うちの教授も耳が遠いんで、『先生!レポートの提出先が書いてありませんがここのポストでよろしいですか?』って言ってんのに『ポテトはいりません!』とか言ってくる!なんも伝わらん!
「いやあ、こんなにいい仕事を貰っちまって、いいのかなあ、俺達第三騎士団ばっかりいい目見せてもらって……へへへ」
「いつもいい宿に泊めてもらって、更に毎日美味い食事と酒と最高の風呂が味わえるってんだから、もう本当に最高で……えへへ」
そして騎士の皆さんもその体躯に見合った元気な声で、なんかこっちの『ご面倒をお掛けして申し訳ねえ!』とは別方向の感想を下さるもんだから、俺、恐縮の至りである。
「その、第三騎士団の皆さまには本当にお世話になっておりまして、せめてそのお礼と申しますかぁ……」
なのでもじもじしながら感謝を伝えてみたところ、騎士の皆さんは『かわいいなあ!』『元気に育てよ!』とやたらニコニコ俺を撫でてくれた。俺、こういう時は19歳ボディじゃなくてよかったなあって気分だぜ!
「リーザス、お前、本当に良いところに住んでるなあ……」
「俺も騎士を引退したらパニス村に住むんだぁ……」
「毎日温泉……おいしいお野菜……」
「この村に来てから野菜の美味しさに気づいたんだよ、俺……」
……ま、騎士の皆さんにはそんなに負担に思われてないみたいだから、俺も遠慮なく仕事をお願いしよう。よし。その分おもてなしするぞ。よし。
「ところで、アスマ様。アスマ様が用意してるっていう、あのでっけえ入れ物の中身って、何なんだい?」
と思っていたら、なんか、騎士さんの1人からそんな疑問が来てしまった。
「……えーとですね」
ちら、とリーザスさんを見てみると、曖昧に微笑まれた。……騎士の皆さんは俺の脳みその話は知らないっぽいし、となると、ラペレシアナ様が『騎士達の情緒に悪影響……』とかお考えになって止めてるんだろうな……。
「えーと、世界樹関連のブツとか動物由来の素材とか、色々入ってます!」
「おお、そういうことか。『機密だ。絶対に開けるな』って言われてるから気になって気になって……」
「開封しちゃうと魔力の均衡が崩れちゃうので開封厳禁でお願いします!」
「そういうことだったのか!いやあ、謎が解けてよかったよ。はっはっは」
……嘘は吐いてない。嘘は吐いてないぞ、俺は。
いいんだ。騎士の皆さんを騙すようで心が痛むが、彼らの安心の為にも、『いやー実は俺の脳みそコピーしてましてぇ』とか言わない方がいいよな!うん!これでヨシ!
「あ、アスマ様ー!お返事!お返事来たよー!」
そうして俺が『この秘密は墓まで持って行かねば……』と決意していたところ、ミシシアさんの元気な声と軽やかな足音が近づいてきた。
「あっ、ミシシアさ……」
……そして、俺はそっちを向いて、固まることになった。
「お返事っていうか、叔父さんが来たよ!」
何せそこには、ミシシアさんの後ろからのんびり付いてくる、例の寡黙弓エルフが居たからである!
「叔父さんを実験に使ってええんか……!?」
「うん。いいって言ってる。だからお返事持って、直接来たんだって!」
俺は『マジで?マジでいいの?』という気持ちでいっぱいなんだが、ミシシアさんは『エルフなのに、1週間で来ちゃったんだからよっぽどだったんだねえ……』と何とも言えない顔で寡黙弓エルフを見つめているばかりである。
「あー……えーと、じゃあ、よろしくお願い、します……?」
「……他にしがらみ無く力を貸してくれる世界樹が無いから仕方なく話に乗っただけだぞ」
あ、そういうのあるんだ……。そっか……。なんか俺も気まずいけど、相手も気まずそうだし、ミシシアさんは1人、特に何も気にした様子もなくにこにこしてるし……なんかもうあんま気にしなくていっかぁ……。
「えーと、じゃあ魔力の準備はできましたんでいつでもどうぞ」
ということで一名様ご案内。メソッドについては既に手紙伝いで聞いてたから、それを実践するだけだぜ。
既にダンジョン最奥、世界樹の下には準備が整っている。
世界樹の枝を編んで作った……というか、まあ、コピーした枝を再構築で形状変えて作った、人間が入れるサイズの籠みたいなもの。
それに世界樹や乾燥ハーブを粉にしてから、世界樹の樹液……えーとつまり、『曖昧にする魔力』を含む粘っこい液体を合わせて練って作ったお香。いや、これも再構築で作った。
そして世界樹の樹液から作った酒を蒸留して寝かせたもの。これも再構築で作った。ここにきて、ウイスキーとかブランデーとか作りまくってきた経験が役立っちまったぜ……。
……これら全部、再構築でできたわけだが、なんで再構築だらけなのかって?そりゃ、お香と酒の作成に必要な分量の世界樹の樹液の採取には、年単位で時間がかかるからだよ!流石エルフだぜ!
「世界樹の魔力を充填させるために、少なくとも十年はかかると聞いているが……」
「ダンジョンの中なんでそういうの早いんですよ」
寡黙弓エルフはなんかちょっと『俺の知ってる世界樹じゃない……』みたいな顔をしているが、まあ……そうだろうなあ。
一体、いくつの世界樹がエルフの掌中にあって、かつ、エルフ何人が『寿命縮めの儀式』の順番待ちしてんのか知らんが……まあ、普通にやったら準備に10年かかって、かつ、『あんまり樹液を摂りすぎないように樹液採取にはインターバルを設ける』みたいなことまでやってたら……そりゃ、知らんでしょうね!こういうスピード感は!
「そういうわけで、えーと、早速始めて参りますがよろしいんでしょうか……?」
「ああ、構わない」
……そして一応、念のため、最後の確認をさせてもらう。が、寡黙弓エルフ、全く動じねえ。すげえなこの人……。自分で自分の寿命縮めることに全く躊躇が無い……。
「……長く生き過ぎた。そう思うことが増えた。……いや、全てのエルフが、そうなのかもしれない」
寡黙弓エルフはそう言うと、ちら、とミシシアさんを見て、ちょっと小さい声で零した。
「ミシシアが、『丁度いい』のかもしれない」
「叔父さん……」
……ミシシアさんとしては、思うところ、色々あるんだろうなあ。で、多分、その『思うところ』は、そんなに悪くないもののはずだ。多分ね。
「姉を許した訳ではないが、あれはあれで、1つの在り方だったのだろうと、今になってようやく思うようになってきた」
「そっか……。母さん、きっと、ちょっと嬉しいと思う。ありがとう、叔父さん」
ミシシアさんの言葉に返事は無かったが、まあ、彼も彼なりに思うところがやっぱりあるんだろうなあ。多分。
「じゃ、始めますよー。準備はいいですか?」
「ああ」
……ということで、実験スタートだ。間違っても、ミシシアさんの叔父さんを望まない方に変化させないように、細心の注意を払って工程踏んでいくぜ!




