沼のその先へ!*6
ということで、俺は俺ボディを作るべく試行錯誤を開始することにした。
まず、人間の下半身ってそもそも何がどうなってるの?っていうところから研究。これについては……えーと、ラペレシアナ様にお願いして、死刑になったやつの死体を分解して研究した。
あ、なんか影響あると嫌だから、首は吸収しなかった。というかまあ、首は城門前で晒し首になってたから、元々無かったんだけど……いやー、都合よく首なし死体があるなんて、驚きだよなこの世界。うん……うん……。
……まあ、それでひとまず、人間数名分の下半身のデータを入手。これを元に『へー。成程ね、こうなってんのね』っていうのがなんとなく分かったところで……俺ボディを作成することに!
「えーと……これをこうして、アレをこうして、それからそっちをこう……めんどいよぉ……」
「大変そうだな……」
「えあっ……あ、リーザスさんか。ならいいや。あーよかったよかった。これで見に来たのがミシシアさんとかエデレさんとかだったら俺、超特大のセクハラをかますところだったぜ……」
リーザスさんが様子を見に来てくれたんだが、来てくれたのがリーザスさんで本当に良かったぜ。
何せ今、この場所……人間男性の下半身ばっかりいくつか置いてある状態だからな!当然、外に出てたら猥褻物陳列罪になっちまうブツがそのまんまブラブラしてる状態だぜ!
「その……勝手に来ておいてなんだが……この状態を見て、俺は何を言えばいいんだ?」
そんなブツが大量に陳列してあるこの部屋で、リーザスさんは只々困惑している!俺を心配して来てくれたっていうのに、余計に無駄な方向の心配をかけている気がする!ごめんなリーザスさん!
「いや、もう一緒に笑ってくれたら俺は嬉しいけど……わっはっは」
「そ、そうか……ははは」
リーザスさん、大量の下半身に囲まれながら空笑いしている。すまん。本当にすまん。俺、正直どうかしてたと思う。いや、現在進行形でどうかしてる。そしてきっと未来もどうかしてる。きっと未来は薔薇色。
「まあ、そういう訳で人間の下半身は多分作れるようになったんだけど、『俺の』下半身を作る、ってのが結構難しくてぇ……」
まあ、そういう訳でリーザスさんにお茶を出して、ちょっと相談タイム。俺もお茶飲むぜ。こういう時は一旦クールダウンだ。
「遺伝子情報はあるんだけどね。人間の遺伝子情報の読み取りって、思ってたよりキツいわ」
「いでんし……えーと、すまん。それは確か、人間の設計図、のようなもの、だったか……?」
「まあ概ねそんなかんじ。でも情報が圧縮されすぎてて、正直、それを解読するだけでかなり大変っていうか……」
実際、人間の遺伝子情報があったとして、それを元に人間を丸ごと1体作る、ってのはかなり難しい、と思う。
というか、人間の体って、遺伝子だけで決まるもんじゃないし。運動したら筋肉が強化されていくし、食べるだけ食べて溜め込んでいったらデブっていくわけだし。うっかり爪を切りすぎて深爪になるのだって、ストレスで円形脱毛症になるのだって、遺伝子によって決まってるもんじゃないからな。
「で、自分の元々の下半身なんて、ほとんど覚えちゃいねえのよ……」
「……まあ、そうだろうな。俺も、自分の体の細部なんて覚えていない。うん……」
自分の体がどうなのか、なんて、中々記憶にないよな。もし、俺の足のコピーと他の人の足のコピーが20個ぐらい混ざって並んでるの見せられて、『どれがあなたの足ですか?』ってなったとして、俺、確実に正解できるかちょっと自信ないもん。手ならまだギリギリ分かるかもだけどさあ……。
「……そういう訳で、ある程度は妥協して、別ものの下半身を手に入れようという割り切りまではできたんだけど」
「できたのか……」
「うん。できた。で、流石に膝にミサイルとか足にブースターとかはやべえか、ってことで、そこは生身のあんよにすることにしたんだけどさあ、どうも、なんかしっくりこなくてさあ……」
……一応、たんぱく質は自分の上半身と拒否反応が出ないだろう、って思われるものを使ってる。んだが、こう、本当にこれで俺は自分の下半身を取り戻すことができるのか?とか、問題なく動くんだろうな?とか、色々思うところはあってだな……。
「なんか、こうやって色々作ってみても、自分の脚だっていう感覚にならなくてさあ……」
「だろうな……」
なんか、俺は俺が思っていたよりも繊細な生き物だったのかもしれん。今、こうして目の前に大量に生成された下半身を見ても、『おお、ブラブラしてんなあ』ぐらいしか思うところが無い。自分の下半身だとは思えん!
「やっぱり、ミサイル搭載するべき?それぐらいぶっ飛んじまったほうがいいかなあ?」
「そ、それはやめておいたほうがいいんじゃないか?」
「あ、やっぱり……?」
……そういう訳で、俺はちょっぴり悩めるお年頃なのであった。
「アスマ様ー!」
……と、やっていたら、恐ろしいことにミシシアさんの声が聞こえてきた。
そして、軽やかに彼女の足音がてけてけと近づいてくる。……この、人間男性下半身丸出し展示室に向かって、だ!
「ウワーッ!?ミシシアさんの声!?やばいやばいやばい分解分解分解!」
ということで俺は未だかつてない速さで生まれたばかりの下半身を分解吸収しまくった。うわあああああ!うわああああああ!俺、性犯罪者にはなりたくない!もし犯罪者になるとしても、もっとかっこいいかんじの犯罪者になりたい!いや、そもそもかっこいいかんじの犯罪者ってなんだ!?もうわかんなぁい!
「ミシシアさん!ミシシアさん、ちょっと待ってくれ!今、奥に行くのはまずい!」
そしてリーザスさんも、ミシシアさんを止めに走ってくれた。ありがとうリーザスさん。同じ男としてあなたに心より感謝申し上げる!
「え?今、何かあるの?アスマ様大丈夫?」
「ああ!ナニがあるんだ!大量に!だからアスマ様は大丈夫じゃないが大丈夫だ!」
「え……?な、何が……!?ど、どういう状況……!?」
「とりあえず近づかないでくれ!アスマ様が出てくるまで近づかないでくれ!」
なんか噛み合っているんだか噛み合っていないんだかよく分からない会話が漏れ聞こえてくる中、俺はひとまず大量の下半身を消し終わることに成功したので、『何かあったの!?』とやっているミシシアさんと、『とにかく駄目だ!』と慌てているリーザスさんのところへGO。
「あー、片付いたんで、とりあえず大丈夫です……」
「そ、そうか……大丈夫だそうだ」
「え……?あの、本当に何があったの……?」
ミシシアさんは相変わらず、心配そうに俺達を代わりばんこに見つめてくる。ううう、その純粋な心配が申し訳ない……。
「えーと、あんまり隠すと余計に心配させそうだから言うけど、猥褻物を陳列していたんだよね……」
なので、『心配要りませんよ』というアピールのために、言っておくことにした。こう、下手に勘違いさせて心配かけるのも申し訳ないからね……。
「……アスマ様とリーザスさんで!?」
「誤解!」
と思ったら別方向に勘違いされてる!あああああああ!んもおおおおお!
「ということで、俺ボディ製造のために下半身の試作をしていただけであって、俺とリーザスさんが何かしていたというわけでは断じて無い」
「そ、そっかぁ……。びっくりしたぁ……」
ミシシアさんの誤解を解いて、無事、落ち着いた。ああ本当に、人生って何があるかマジでわかんねえよな……。そして人と人はすれ違うものだから、コミュニケーションっていうのは本当に大事なんだ。俺はこの一件で深くそう思ったぜ。
あと日頃の信頼って大事。俺が普段からこういう人間で、『いやー、実は人間男性の下半身を大量に作って並べてたから、ミシシアさんには見せられねえブツがブラブラしててさあ』と言っても『そっかー、アスマ様だもんねえ』って納得してもらえたからこそ、誤解は解けた。よって狂人は普段から狂人であるべき。
「あ、それでね、アスマ様。ちょっとこれ見てほしいんだけど」
そして、そんな学びを得た俺に、ミシシアさんはそっと何かを差し出してきた。
「えーと、これは……」
「あ、うん。叔父さんからお手紙」
叔父さん……?ああ、あの寡黙な弓エルフか。確か、ミシシアさんの血縁なんだよな、あの人。
……その、ミシシアさんの叔父さんをジェットコースターに乗っけたり、パンイチにしてスライムに埋めたりしたことについては、今は考えねえぞ!ごめん!本当にごめん!ってことで閉廷!
「叔父さん、なんかあったの?」
まあ、手紙が来たってことは何かあったんだろう。それこそ、エルフの里の中でも比較的温厚なんだろうけどそれでも十分にエルフエルフしていたあの寡黙弓エルフが、それでも『裏切者のハーフエルフ』に手紙を出してくるくらいには、何かあったんだろう。
そいつはヤバくねえか?と思いつつ、でもミシシアさんがそんなに焦った様子でもないので、おや?と思っていると……。
「うん。ほら、前アスマ様言ってたじゃない。『時間を進める魔法ってなんか無い?』って。私は知らないけど、もしかしたら叔父さんなら知ってるかなー、って思って、お手紙出してたの。その返事がやっと来たんだよー」
お、おおお……。俺もすっかり忘れていたが、そんなこともあったねえ!
そっか、そっか、ミシシアさんはそれを覚えていて、エルフの叔父さんに手紙で聞いてくれたのか……。ありがとう、ミシシアさん。ありがとう、エルフのやさしいおじさん……。
「それでね、なんか、あるみたいだよ。叔父さんも知らなかったみたいなんだけど、聞いて回ってくれたんだって」
「ワァオー……」
そしてそのエルフのおじさん、本当に優しい!聞いて回ってくれたの!?プライドの高いエルフが!?あっ、エルフってエルフ同士ではそんなにプライド高くないのかな!?だとしてもありがとう!ありがとうエルフのおじさん!
「それがコレだよ。えーとね、便箋の1枚目は読み飛ばしていいよ。2枚目の途中から本題だから」
「あ、途中までは個人的な近況報告とか?」
「えーと、エルフは時候の挨拶に便箋1枚半かけるの」
「すげえな……」
なんか色々とカルチャーショックを受けつつ、言われた通りに2枚目の途中から見てみると、なんか……未知の文字があった。
「ミシシアさぁん……俺、これ、読めない……」
「えっ!?あっ!?そっか、エルフ字だもんね!?慣れてない人間には読めないよね!?ごめん!」
エルフ字……エルフ共通の癖字なんだろうか。え?ギャル文字みたいなもん?うわあ、だとしたらなんかイメージが崩れる!駄目だ駄目だ、草書みたいなもんだってことにしておくね!
「えーとね、じゃあ読むね」
ということで、ミシシアさんに読んで頂くことになった。俺とリーザスさんは座して待つ。
「『時を取り戻す方法については、穢れ無きユニコーンの血を用いた魔術が知られている。ただしその代償は大きく、1頭の無辜のユニコーンのみならず、術者の魂までもを穢すことになる。歪み淀んだ魂では、最早、真っ当な生は望めないだろう。』……」
「あ、若返りの方法はそんなかんじなんだね……」
「それを考えると、オウラ様の若返りは……恐ろしいな」
「ね」
成程ね。やっぱり、時を巻き戻す、とか、若返る、とか、そういう本来不可逆なものに逆らう奴ってのは、それなりに代償が大きいんだよな。
……だっていうのに、ダンジョンはなんかこう、多分……『時』をも『情報』だと思って食ってるんじゃねえかなあ……。なんか、俺もファンタジーにちょっぴり適合してきちゃったのか、そういう感覚になってきたぜ、これ。
エルフ流の『若返りの術』は、多分、『流れてきた時の分の情報を消す』んじゃなくて、『若返るという新たな情報を追加する』んだろうな、と思う。……そう考えると、やっぱりダンジョンってこええな。さっさと封鎖しようぜあんなもん……。
「で、続きなんだけど……『逆に、時を進める方法については、エルフ達の間で秘術とされているものがある』」
「あるのぉ!?」
「逆に若返りは秘術ではないんだな……?」
「うん。若返りの方は『禁呪だけど汚らわしいからエルフの秘術ってことにはしない!』っていうことだと思う」
エルフってすげえな。なんかもう、そういう感想しか出てこねえよ……。
「で、その秘術なんだけれどね……」
「うん」
「『世界樹に抱かれて眠ることで、時を曖昧にし、その身に流れる時を縮めることができる。これは、エルフが長すぎる生命に絶望した時、それを憐れんだ世界樹がエルフのために力を貸すのだとされている。』だって」




