沼のその先へ!*2
「アスマ様、落ち着いた?」
「落ち着いた」
一旦、スライム休憩を挟んで俺は復活した。やっぱりね、ぷにぷにもちもちのスライムに埋もれると、人間は落ち着く。それはそう。
「で、『おれふやせ』の内容なんだよなあ……。どうにかしてこれ、もうちょい詳しく聞かねえと」
何せ、『俺』が何を指すのかもよく分からん。恐ろしいことに、この『俺』は今や、多義語なのである!ダンジョンも、俺自身も、もう1人の俺のことも、全て『俺』で表せちまうのである!
……多分、俺が『曖昧にする魔力』の抽出まで俺が終わってるってのはもう1人の俺に分かってることだから、まあ、それ関係でダンジョンを増やすとかじゃねえの?と思わないでもないんだが……何を増やすのか、どう増やすのか、そこんところが問題だ。
でもなあ、もう1人の俺から見て、今の俺は答えに辿り着ける位置に居る、ってことなんだろうし。
……いや、でもでも、聞けるモンは聞いちゃった方が速い。それはそう。なので聞いちゃう。増やしてほしいものは飛鳥馬卓弥なのか、はたまたダンジョンなのか、それともパニス村ダンジョンっぽい構造のダンジョンとかそういうことなのか……。
のだが。
「ところで、スライムをこれだけ生み出しているとなると、魔力は……足りるのか?」
「ん?」
リーザスさんがそう言うので、ちょっと考えてみる。
……今、パニス村はこれまでにない勢いでスライムを生産していることになる。ちょっと意味わからんペースで、数百のスライムがもっちりもっちりと生まれてしまった。生まれたスライムは今、そこらへんで勝手に盆踊り大会を始めている。はあーもっちりもっちりよっこいしょ。
……で、これらスライムを生み出すのに使われているのは、当然、魔力である。あと水。
「魔力が足りねえ!魔力が足りねえ!うおわあああああああ!ダンジョンとやり取りするためにダンジョンがスライムを生み出すための魔力を!魔力を大量に手に入れてきてからじゃねえと話が進まねえ!うおわああああああ!」
そうかぁ!もう1人の俺が『ふやせ』しか喋ってくれなかったのは、それ以上に喋ろうとすると魔力が足りなくなりそうだったからかぁー!成程ね!
気づいてしまったので、俺は村を駆け回りつつ慌てて魔力を生産することにする。いや、スライム1匹を生み出すのに必要な魔力は微々たるモンなんだけどさあ、それでも、100匹単位でもっちりもっちり始まると、こう、いきなりとんでもねえ魔力が必要になっちゃうからさぁ……。
「いや、しかし魔力を急に手に入れようとしても……どうするんだ?」
「それね!それは俺も困ってるところだぜリーザスさん!」
唐突に魔力を手に入れたい時、人はどうするべきか。
……俺は継続して村の中を駆けまわりつつ3秒考えて、そして。
「あっ!ちょっとそこの冒険者のお兄さん!なんか面白い話して!」
結論を出した。
そう!そこらへんに居る人から!情報という名の魔力を!貰うんだよォおお!
「アスマ様!装備は装備しないと意味がないぜ!」
「うわあああああ!それもう知ってる情報だから多分情報量ほぼ無いんだよぉおおおお!」
「ここはパニス村だよ!」
「それももう知ってる!」
……が!駄目!こいつら……駄目!ああああああ!
まあ、それでも俺が『あああああああ!』ってなってたら、村の皆が『なんだなんだ、アスマ様がまた今日も元気に発狂してるぞ』と様子を見に来てくれた。
そして俺の口の中には新たなるパニス村名物の座を狙って手作りされている『ナイフの形の蜂蜜キャンディー』が突っ込まれた。甘い。美味しい。でも形はこれじゃなくていい。
……とやってる間に、ミシシアさんが『じゃあ皆、コレに絵を描いて!』と、紙と木炭を配ってくれたので、その場にいる皆がぞろぞろわさわさと絵を描き始めてくれた。
「……ナイフ舐めのにーちゃん、絵、上手いんだな。あとなんかかわいい絵柄だ……」
「意外だねえ……。なんかかわいい絵柄だねえ……」
尚、人は見かけによらない模様。メルヘンでファンシーな絵柄に、俺、びっくり。
それから、『ついでになんか書いて!今までの冒険譚とか、食べた美味しかったものとか!何も思いつかなかったら今日起きてから今までに起きたことを細かく全部書いて!』とお願いして、そっちでも情報を得ることができた。
それら全てを貰って帰って分解吸収してみたら、まあ、多少、魔力が増えた。ありがてえ、ありがてえ……。
まあ、それでもスライムを数百匹ぽこぽこもちもち生み出すための魔力には足りないんだけどね。そこはしょうがねえ。温泉施設の運営で魔力は手に入るから、時間経過でなんとかしようかな……。
「さーて困ったな、もう1人の俺と会話しようとすると魔力が足りねえ」
「世界樹を育てるのにも魔力が要るもんねえ」
「そして、ダンジョンを機能停止させるためにも魔力が必要になりそうだな……」
「魔力が!たりねえ!」
ということで、俺達の悩みは振出しに……本当に、このダンジョンが目覚めてからすぐの振出しに、戻ってきてしまった。
『魔力が!足りない!』という、切実かつどうしようもない悩みに……。
「まあね……色々とやってきてはいるから、時間経過である程度、魔力は手に入るようになってるんだよね……」
が、当時とは違って、今のパニス村は毎日何人もの人が訪れる村……いや、城塞都市である。高い防壁と深い堀を備えた、『お前は何と戦っているんだ』と言いたくなるほどの、ガッチガチの防衛力を有する都市と化してしまった……。
まあ、そんな城塞都市パニスには、温泉があり、美味い食べ物があり、そしてかわいいスライムがもっちりもっちりと過ごしている。おかげで訪れる人は鰻登り。そして彼らの雑談1つからも魔力は生じてくれるので、まあ、待っているだけで魔力が手に入る状況ではある。
更にウパルパダンジョンとかに置いてある『お客様の声ノート』とか植物の種とかも貰ってきてあれこれやれば、まあ、またちょっとは魔力の足しになるだろうし、そもそも、稼いだお金で本を買って分解吸収すればまあ……。
そこらへんをやりくりすれば、スライム数百匹分の魔力くらいなら、十分に稼げるのである。稼げるのであるが……。
「もう1人の俺とは通信し放題、って訳にはいかねえなあ……」
まあ、なので、結局のところはそういうことになる。
無尽蔵にやり取りするとなると、無尽蔵に魔力が必要になっちゃう。なので、結局のところはちびちびと……慎ましやかに通信するしかないね。かなしい。
「できるだけYESとNOだけで回答できるような質問をすることにして、通信料をケチろう。後は、えーと、雑談はできねえか……」
ということで、もう1人の俺との通信はそんなかんじになる。くそー、自由度が減った!でもしょうがねえ!無尽蔵にスライムが増えたら大変だし……。いや、既に……既に、大分、大変だし……。
「アスマ様ぁ、このスライム、どうするの?」
「……王都に連れてくかぁ。ラペレシアナ様が、良きに計らって下さるでしょ……」
「まあ、今やスライムはどこでも欲しがられるものだからな。特に、パニス村のスライムは賢く活きがいいと評判だ」
……スライムについては、まあ、うん。輸出しよう。そしてそれを金に換えて本とか買って、それをまた魔力にしよう……。そしてその魔力でスライム通信を……。
無限のスライム循環の完成だぜ……。
ということで、一旦、スライムをドナドナしに行くことにした。一応、もう1人の俺に『この溢れに溢れたスライム、王都にドナドナしようと思うんだけど、賛成?反対?』と聞いて『賛成』の合図をスライム1個で貰っています。なのでまあ、遠慮なく。
スライム達には『王都に行きたい奴はこの車に乗り込めーッ!』をやって、ちゃんと王都に行きたい奴だけ集めた。尚、その結果、車の中はいつもの如くスライムでみっちりむっちりぎゅうぎゅうぎゅう、である。おお、きつい……。
「というか、もう1人の俺がスライム信号以外に通信手段を持っててくれりゃよかったんだけどな……」
「そうだねえ……ダンジョンになっちゃった意思って、そのあたりはなんともできないのかなあ?」
「うーん……いや、分解吸収とかもできる、とは思う。でも高精度で制御することができねえんじゃねえかな。で、あと俺はね、なんで魔物だけは生産できるのか、っていう疑問の方が今、強いかも」
スライムに埋もれつつも、会話は捗る。もうねー、もう1人の俺については謎しかねえよ。詳しいところ、もうちょっと聞きたいんだけどね、あんまり悠長にダラダラ会話できるっぽいかんじでもないからね……。
「……後始末のため、か?」
が、リーザスさんが突如としてそんなことを言い出したので、非常に怖い。
「ダンジョンの主とは異なる生命体を生み出すことができる、となると……まあ、ダンジョンの主の思わぬ事態を引き起こすことがあり得るだろう?その延長線上で……その、ダンジョンの主を始末することも、できるんじゃないか?」
……ちょっと、考えてみる。が、考えるのを止めた。怖すぎるから!怖すぎるから!
「こわぁ……怖いよリーザスさん……」
「あ、うん……すまない……」
リーザスさんが運転席でしょんぼりしているのがスライム越しに見える。こういう時、スライムって透明だから便利だなと思わんでもない。
「だとしたらさ……スライムしか生み出さない『もう1人のアスマ様』は優しいねえ」
「ん?」
そして、スライムを隔ててお隣で、ミシシアさんが俺同様にスライムに埋もれつつ、そんなことを言ってしんみり頷いていた。
「この、もっちりしたスライムじゃ、人は殺せないもの。どうやったって無理だよこれ」
「あ、そっか……」
……何故、ダンジョン自体がモンスターを生み出すのか、ということについては、答えが出そうにない。が、確かに『ダンジョンの主以外の意思を持つ者を生み出せる』ということなのだから、まあ、リーザスさんの言う『ダンジョンの主を始末するため』っていうのも、分からなくはない。
いや、『生命体を作るのは再構築とはちょっと違う機能』とか、『魔物はダンジョン自体ではないから。ダンジョンは自分自身のことは作れない』とか、いろんな説を考えようと思えば考えられるんだけどさ。
でもまあ、真実がどうなのかはさておき……俺がそれらの考えに至る可能性を考えたもう1人の俺が、俺を気遣って、『どう足掻いても主を殺せそうにない魔物』ばっかりぽこぽこぽよぽよ生み出してくれた、ってことなら……うん。
「……もう1人の俺なりの、やさしさ、だったのかなあ……」
なんか、俺、もう1人の俺とは上手くやっていけそうだよ。少なくとも、向こうは俺を害さないように、って気遣ってくれてるんだろうし……。
「後はアスマ様の趣味じゃない?スライムだし」
「あ、うん、その可能性の方が高い気がする。俺ならスライム作るもん」
……まあ、単にもう1人の俺の趣味、って可能性もあるが。いや、だって俺が気に入るってことは、もう1人の俺としてもスライムお気に入りなんだろうし……。
雑談しながらスライムに揉まれ、時々スライムを揉み返しつつ王都へ。
そこでスライム業者さんに『すみませんがこいつら引き取ってもらえませんかね』『この量をですか!?』っていうやり取りをして、スライムを金に換えた。尚、スライム達は売られても割と気ままに柵の中でぽよぽよもっちり楽しそうにしていた。達者で暮らせよ。
そして、得られた金で本を大量に購入!車に積めるギリギリまで購入!
王都まで来たので、オウラ様とラペレシアナ様に近況報告だけして、まあお互いに変わりなく、ってところが分かったら帰宅!帰りはミシシアさんの運転だったから生命をより実感できる!こわい!こわい!こわい!
「さて……これでようやく聞けるな。魔力は十分だ。さあ、答えてもらうぞ、もう1人の俺……!」
そうしてパニス村に戻ってきたところで、買ってきた本を分解吸収して魔力の足しにして、ついでに分解吸収した本は再構築して図書館に収めて……さて。
「『俺増やせ』の『俺』って、正確には何!?こっちの俺!?そっちの俺!?それともダンジョン!?どれ!?」
改めて聞かせてもらおうじゃないか!『増やせ』の答えを!
で。
『あすまたくやののう』
と返ってきたので、俺はもう頭抱えているところよ。
成程ねー。俺の脳かー。
なんでや!




