沼の底へ*11
思い出す。
オウラ様の前、金鉱ダンジョンの主は、熊だったらしい。そしてその熊は、オウラ様がどうこうする前に消えている。
それってさ。もしかしなくても……ダンジョンが勝手に、自力で分解吸収したのか?ってことになる訳だ。
同時に、このダンジョンについても同じことだ。
俺19歳下半身無しの分解吸収の情報が残ってるってことは、『誰かが』俺を一回は分解吸収したってことなんだから。
ダンジョンには、意思がある。
ダンジョンにとって、『情報』が魔力だ。
それ自体はもう分かってることだからいいんだけど……問題は、『何故、ダンジョンは情報を欲しがっているのか?』ってところである。
ダンジョンは腕輪に刻まれた文章によれば、あらゆるものを魔力に変換することができる、らしい。つまり、情報を魔力に変換しているのは、ダンジョンの趣味、ってことになる。
……が、これについては、ダンジョンごとになんか差があるっぽいことも、分かっている。
ほら、オウラ様のダンジョンに本をお土産に持って行った時、そんなにたくさんの魔力にはならなかったっぽいから……ダンジョンごとに、なんか、欲しいものが違うのかもしれない。
だとしたら、このダンジョンは何故か、情報が大好きなダンジョン、ってことになる……のかもしれない。
まあ、そう考えると、ダンジョンには個性がある、んだよな。多分。
……で、ダンジョンには意思がある。
ダンジョンの主が働かなくても、ダンジョンは、ある程度、勝手に動く。
勝手に魔物を生み出すこともあるし、その魔物の種類はどうも、ダンジョンが決めてるようなかんじである。
オウラ様のところはそうみたいだし……あの、うぱっ、として、るぱっ、としたウパルパが、わざわざ選んで魔物を生み出してるか!?っていう疑問があるし!
いや、生まれた後はなんか、こう、ダンジョンの主の影響を色濃く受ける気はするんだよね。こう、ウパルパダンジョンの魔物、なんとなく顔つきが全員、『うぱっ、として、るぱっ、としてるかんじ』だから……。
……まあ、そういう訳で、ダンジョンの意思って、『ダンジョンの主の無意識』なのかな、とも思ったんだが……それはちょっと、無理があると思う。
いや、だってさ、ウパルパが地球のウーパールーパーだったんだとしたら、ウーパールーパー如きが、架空の存在である『魔物』とか、知ってると思うか?で、それを無意識に生み出せると思うか?
それは俺についても同じことだ。『無意識にスライムを生み出す』って何よ、ということである。
だって俺は、スライムの生み出し方なんぞ知らん。魔力がいっぱいの水から湧くことが多い、みたいな知識しか知らん。が、それも、スライムをある程度観察して、ようやく理解したことでしかない。
つまり……俺がスライムの生み出し方を知るより先に、スライムは生まれている。
俺が何かする前から、俺が好きそうなモンスターを生み出そうとした奴がいる。
……そう考えていった時、俺は……思ったのだ。
ダンジョンの意識って、『ダンジョンが分解吸収したものでできている』って考えた方が、それっぽいんじゃねえかな、と。
いや、或いは、『先代のダンジョンの主がダンジョンの意識となる』とかでも、いい。そういうことでも説明は通る。そして、そこらへんが実際どうなのかを確かめる手段は無いな。
まあいいんだ。どのみち……このダンジョンで俺が目覚める直前、何が起きていたか、って考えると……答えは1つだ。
『俺』だ。
死にかけの『俺』がここでダンジョンの主になったか、或いはならずにそのまま……死んだんだよ。
……だから、このダンジョンは、19歳で死んだ俺の意識が色濃く出ている何か、なのではないか、と……。
或いは、『俺自身は死んでこのダンジョンになって、そして、今ここに居るちび神様である俺を再構築したのではないか』と。そう、思う訳だ。
そう考えると色々と筋が通っちゃうんだよなあー……。うーん、成程、俺はもう死んでいる。ひでぶ。
「あ、アスマ様、大丈夫?なんかすごい顔になってるよ!」
「うん、まあ、多分チベットスナギツネみたいな顔になってるとは思うんだけれど、今、そういう気分だから……」
「酷く凪いだ気分、ということか……?」
まあ、波打ちまくって海が枯れた。そういう気分ではある。波が立つ海が消えたってことは、つまり究極に凪、ってことですね!
まあいいや。とにかく俺の次の目標は決まった。
「そういう訳で、俺は俺自身との交信を図ろうと思います。で、俺にダンジョンの消し方とか聞く」
「アスマ様がどんどん変な方に行ってるよぉ……」
「大丈夫だろうか」
いや、でもダンジョン自身に『お前を消す方法』を聞くってのは悪くないんじゃないかと思うんだけど、どうだろうか。特に、相手が俺自身だっていうなら、それが最善策だって分かってくれるんじゃねえかと……いや、どうだろ。俺からしてみたら、俺に俺を消されるようなもんなのか?となると俺にとって俺は敵?
……いかん、考えてたら余計に分からなくなってきた!ということでもう諦めてさっさと開き直るぜ!
「おーい!飛鳥馬卓弥ー!ちょっといいー!?」
早速、虚空というかダンジョンの天井に向かって話しかけてみる。まあ、返事は無い。
「じゃあダンジョンさん、でもいいや!ねー、ダンジョンさーん!なんか、俺達に分かるように返事ってできるー!?」
……が、これも返事は無い。あれー、おかしいな、少なくともダンジョンの意思自体はあると思うから、『我のことではないので答えぬ……』みたいなかんじではないと思うんだけどなー。
「おーい!頼むよー!」
「あ、アスマ様ぁ……ダンジョン自体との交流って、難しいんじゃないかなあ……」
「そもそも、アスマ様はダンジョンの主だろう?なら、その主としての能力を用いて、ダンジョンとやり取りできないのか?」
「成程ね。そういうのもあるのか……」
そういやそうだった、と思って、俺は腕輪に話しかけてみる。
「ファミチキください!」
「ファミチキって何!?」
が、これも反応なし!くそ!駄目か!後、何したらいいだろ!もういいぜいいぜ!片っ端からやってやるんだぜ!うおおおおおお!
……ということで、片っ端から、本当に思いつく限りのことをやってみた。
呼びかけ方を変えてみたが駄目。モールス信号も打ってみたが駄目。ダンジョンの分解吸収再構築を使って交信できないかやってみたがこれも駄目。『ファミチキ派じゃなくてななチキ派なのかもしれない』と思って『ななチキください!』もやってみたが、駄目!
ダンジョンが俺だっていうんなら絶対に反応するだろ、と思われたソーラン節にさえ、無反応!
「万策尽きた」
ソーラン節を踊り疲れた俺はダンジョンの床の上で五体投地。おいダンジョンよォ。お前が俺だっつうんならもうちょっと、うんとかすんとか言ったらどうなんだよォ……。
「あー……根本的にやり方が違うのかもしれないな。ダンジョンと意思の疎通を図る、というのであれば、そのためにダンジョンの主が居るのかもしれないしな……」
「あ、そっか……成程、じゃあやっぱり俺がダンジョン……いや、俺じゃない俺がダンジョンだと思ってたんだけど、俺じゃない俺はダンジョンの中でもう溶けて消えてて、今の俺がダンジョン……?」
「あーあーあーあー、駄目だよこれアスマ様もう考えるのやめよ?ほら、エデレさんとこ行こう?」
「うん……」
まあ、仕方がない。こうなっては仕方がないので、俺はエデレさんのところに行くことにした。とぼとぼとぼ……。
が。
ダンジョンを出たところで。
「あ、アスマ様!ちょっといいかしら!」
「あ、はい。なんでしょうか……?」
元気のないしょぼしょぼ俺な訳だが、エデレさんが『嬉しさ半分混乱半分』みたいな顔で駆けてきたら、流石にしょぼしょぼもしてられねえ。
……が。
「なんだか、突然スライムが増えたみたいなの!これ、何かしら!」
「えっ」
……俺達の目の前には、スライム達が……今までにない数のスライム達が……もっちり、もっちり、もっちり、もっちり……と行列になって、お行儀よく温泉の順番待ちをしている姿があった。
……なぁにこれぇ!
「す、スライムが突然、大量発生してしまった……これは何なんだ……?」
ということで、俺もスライム達に混じって列に並ぶことにした。いや、スライムの気持ちが分かるかと思って。
「なんだろうねえ、スライム達、急に増えたい気分だったのかなあ……」
ミシシアさんも並んでいる。スライムの気持ち、分かったら教えてね。
「こんなこと今までに無かったよね?」
「あ、うん。流石に、こう、あまりにも唐突すぎるっていうか……うーん?」
俺もミシシアさんも、顔を見合わせて首を傾げることしかできない。もうね、この事態、意味が分からん。何があったの?俺が情緒不安定になったからスライム増えちゃったとか?
「……いや、ちょっと待て。その、俺は、また別のことに思いあたったんだが……いいだろうか」
そしてリーザスさんも俺達と一緒に並んでいたところ、現在、リーザスさんの肩や頭にスライムがよじよじとよじ登って遊んでいるわけなんだが……そんなリーザスさんが、困惑いっぱいの顔で、俺達に告げた。
「もしや、これが『ダンジョンからの返事』なのでは?」
「……へ?」
いやまさかそんなあ、と思いつつ、スライム達を見てみる。スライムは特に何かメッセージを運んでいるとかそういうかんじでもない。只々普通に普通の、もっちりもっちり、としたスライム達である。
「えーと、ダンジョンはスライムを生み出すことによって意思表示をしている、という……?」
「……その可能性も、まあ、無い訳じゃないだろう?」
うん。まあ、スライム作ってんのは俺の意思っていうよりは、ダンジョンの意思だし。となると、これは確かに、ダンジョンの意思の表明、ではあるんだけど……。
「……やさえーえんやー、さーあのどっこいしょ。あ、踊った」
……スライムの行列のど真ん中で歌ってみたところ、スライム達は俺の歌に合わせて、もち、もち、と揺れた。多分これは踊っている。こいつらの魂にはソーラン節の熱いビートが刻まれている。
いや、だから何だよ、ということではあるんだけどさ。スライムって割とノリがいいから、俺がサンバホイッスル吹いたらちょっと軽快に集まってくるし、こういう風に行列を作ることだってあるし、温泉に入る時にはちゃんとお行儀よく頭に手ぬぐいのっけて入るし……。
「……でもねもしかして本当に、そういうことかもしれないよ……?」
……うん。
スライム、よくよく考えると、なんか結構、人間臭いな……?




