沼の底へ*10
「あの割れ目の向こうは俺が居た世界。これはもう確定でいいと思う」
空だけならアレだが、ヘリが居たなら間違いねえ。あの向こうは間違いなく、俺が居た世界!
これが確定したのはデカい!俺、嬉しい!思わず小躍りしちゃう!……踊ってたら下から、『アスマ様!踊るなら降りてきてからにしてくれ!』ってリーザスさんが叫び出したんで、一旦止めとく。
折角だし、もうちょい割れ目の向こうを観察していると……。
「おー、何か聞こえる」
ハッキリとは聞き取れないが、人の話し声みたいなのが聞こえる。いいねいいね!……ハッキリ聞き取れないのは、多分、こっちに来た音が『情報』として吸収されて魔力になっちゃってるからだろうな。
……で。
「あと、なんか臭い!」
「臭いの!?」
「多分、銀杏だ!コレ、銀杏スメルだ!」
更に、銀杏の、あのなんともいえねえ臭さが!
い、いや、でもこれは吉報!俺の大学、構内に銀杏あったから!たぶんそれ!それだ!ということでまた小躍りしかけて、下から『アスマ様ぁ!』とリーザスさんの悲鳴を聞いたのでまたストップ。本当にすみません。ご心配をおかけしております。
……で、折角なので、もうちょい観察というか、このキラキラした光および魔力についてもうちょい分析してみると……。
「……ええっ!?」
「どしたのアスマ様!?」
なんと、驚くべきことが分かってしまった!
それは……!
「銀杏臭も!魔力に!変換されてる……!」
「えええええ……よくわかんないけど、なんか、嫌!」
そうね。俺としても、なんか……なんか嫌ぁ!
「ということで、あの割れ目の向こうは俺の世界ってことでほぼ確定。で、俺の世界の音とか話し声とか銀杏臭とかを吸収して、魔力に変換してるっぽい」
「そ、そうか……」
はい。高いところから無事に降りてきた俺は、ミシシアさんとリーザスさん、そして俺をキャッチしてくれたスライム達に報告報告。
「あのキラキラした光は、俺の世界の情報が魔力に変換されて降り注いでる、ってことなんだと思う」
「そっかー……その、変なにおいも……?」
「うん」
……いや、多分、他にも電波とか、電波に乗ってる諸々の情報とかも吸収してるんだと思う。だからこその、この魔力量なんだろうし。流石に、銀杏臭にありえんほどの魔力量がある、とかはなんか嫌だし……。
いや、でも、そっか……。臭いも、情報の一種か……。じゃあ魔力だね……。
「ま、まあ、よかったじゃない!アスマ様、これで帰れるね!」
でもまあ、うん。銀杏はさておき、これは大きな一歩だ。ミシシアさんが『おめでとう!』とやってくれるので、俺は『ありがとう!』とやっておく。やったぜやったぜ。
「えーとね、でもまあ、まだ帰れないな」
「あ、まだ届いてない?」
「あ、それはそう。もうちょい世界樹が育ってくれるといいんだけど……」
ちょっと世界樹を見上げつつ、『もうちょいなんだよなあ』と再確認。
残念ながら、もうちょい伸びてくれないと、割れ目にダイレクトアタックはできそうにないんでね。まあ、そっちはまだ急がないし……。
「それは世界樹の枝でハシゴとか作ったらいいんじゃないかな」
と思ってたら、ミシシアさんがそんなことを言い出した。
「あ、枝、とっちゃっていいの?」
「うん。いいよ。世界樹の番人が許可するよ!だって、沢山助けてくれてるアスマ様のためだもん!そのくらい、いいよ!世界樹丸ごと分解するのも、ええと、いざとなったら仕方なし!」
おお……ミシシアさんにとって、世界樹ってとても大切なものだろうに、そう言ってくれるってのは、嬉しいね。
ま、嬉しいんだが……。
「えーと、じゃあ、まずは小枝1本、貰っていい?」
「え?小枝じゃ、流石のアスマ様でも登るのは難しいよ!」
「あ、いやいや、登るためじゃなくて、研究用」
……まだ、俺は帰れないからな。
「俺の目的は元の世界へ帰ることだが、その前には何としても、各地のダンジョンを無力化して、或いは無力化する方法を確立させて、その上で俺の19歳ボディを取り戻して、更に帰る!……っていうプロセスを踏みたい」
「そっかぁ……アスマ様は真面目だねえ。あれ?アスマ様の世界では真面目だと大きくなるんだよね?」
「残念ながら真面目な全ての者が大きくなれるわけでもないのだ」
「そうなんだ……」
そうなんですよ、という気持ちを込めて大きく頷きつつ、早速、研究用に世界樹の小枝を一本、頂くことにした。葉っぱは前々から研究してるけど、枝はまだだったからね。
念の為、割れ目に近い位置の枝を貰ってきて、それを分解吸収してみることにした。
……そして。
「えーと、枝の中に含まれる微量な樹脂が、なんか『曖昧にする』魔力を含むものなんじゃないかと結論づけます」
俺は、そう結論を出した。
どうも、世界樹に含まれる樹脂。それこそが、『世界を繋ぐ』ファンタジーパワーの元になるようである!
「いやー、世界樹の性質とかオリハルコンの話を聞いてなかったら、見当つけるのがもうちょい遅かったかも」
「そっかぁ!じゃあ、エルフの里に戻ってみてよかったねえ」
「いやはや、あのスライム大好きお姉さんのおかげだぜ……」
はい。そういう訳で、案外アッサリと色々見つかっちまった訳なんだが、これ、自力で見つけるのはかなり大変だったと思う。
何せ、相手は『曖昧にする』魔力だ。……つまり、それ自体もなんか、めっちゃ曖昧なのである!
世界樹の樹脂の中に、『周りのものを曖昧にする』というかんじの曖昧な効果を持って潜んでいるだけで……ついでに、色々な他の魔力とも交ざり合って、めっちゃ曖昧になっているのである!
……よってこの魔力、普通にやってると単体で抽出することが極めて困難であると予想される。『なんか、他の魔力とくっついてます』みたいな状態でしか検出できねえんだもんよ。
が、そこは俺。科学の目で分子を見つめるように、このクソッタレファンタジーパワーを見つめてやったところ……『なんか、色んな魔力にくっついてる分子構造があるな……』というところに気づくことができた。
そう!それこそが、『曖昧にする魔力』の正体なのである!こいつら、色んな魔力にくっついて魔力同士をくっつけたり、はたまた魔力の効果を変えちゃったりしているのである!
例えば、『硬い魔力』は『硬いのか柔らかいのか曖昧な魔力』に変更されており、それによって、『柔軟で軽く、それでいて硬質で、かつ脆くはない……あと衝撃を吸収してくれるし、傷ついても修繕される』みたいな、そういう無敵の防御力に変更されている。世界樹ってこわい。
「……で、もし、ダンジョンの腕輪が世界樹の樹脂から作られているオリハルコンでできている、ってことなら……ダンジョン自体も、こういう『曖昧にする』みたいな能力があるのかもね、と思った」
そして、更に気になるのは、『世界樹とダンジョンの関連』である。
……これ、スライム大好きお姉さんに聞いてなかったら考えもしなかったんだが。だが……ダンジョンの主の腕輪の原料が世界樹の樹脂だっていうんなら、ダンジョンって、最初から世界樹と関係があるんじゃないのか?っていう話になってくる。
そう。このダンジョンってもんは……世界樹を植える前から、世界樹に似た効果をもっていたんじゃないのか、っていうことなのだ。
「曖昧に、か……。確かに、アスマ様の言う『分解吸収再構築』は、ものを曖昧にすることができるからこそのもの、なのかもしれないな」
ま、うん。そうね。ダンジョンパワーって、割とそういうところ、ある気がする。
……少なくとも、『再構築時の物質の温度などの状態は一切不問!』というダンジョンの方針は、なんか……曖昧過ぎるだろ!色々と!と、怒りたくもなってくるってなもんである。
いや、怒らなきゃダメでしょこれは。温泉沸かしまくっておいて言うのもアレだけど、温度って滅茶苦茶大事なんだぞ。こちとら『常温って何度ですか!?常温が15度の国の論文なんて参考になるんですか!?こちとら夏場の常温が38度の国だぞ!?』ってやってるってのによォ……。
「まあ、そういうわけで、この『曖昧にする』魔力を上手く使って、ダンジョンを封じることができないかを実験してみたい……んだけど……」
「また難しそうなことを考えるねえ……」
うん……いや、まあ、こう、俺はファンタジーの人ではないのでアレだが、非ファンタジー民が都合よくファンタジーを考えた時、『曖昧になってるから世界が繋がっちゃって、かつダンジョンパワーが使えちゃうってことなら、曖昧にしなけりゃいいんじゃない?』っていう結論に至っちまう訳である。
こう、反対に『曖昧なものをぴっちりさせる魔力』とか、『曖昧返しの魔力』とかがあれば、ダンジョンの機能停止もできるんじゃないかな、という気がしてくるんだけど……。
だけど、さ……。
俺、一応、ぱっとやってみたんだよ。
ほら、『単体での抽出が難しい魔力』も、ダンジョンパワーによる再構築ならば、いくらでも量産可能だからな。『曖昧にする魔力』を、大量生産できたってわけだ。
で、それをだな……とりあえず均質にした水晶ブロック5つと鉄ブロック5つと水5杯に、ぶち込んでみた。どうなるかなー、っていう、まあ、小手調べくらいの気持ちで。
……その結果。
「この魔力のすごいところはね……曖昧過ぎて、法則も、再現性も、ぱっと見見当たらないところだよ……」
「……へ?」
……水晶も鉄も水も、それら5つが5つとも、全部、違うかんじになった。
水晶1は、光り輝いた。なんか神々しい。
水晶2は、虹色になった。なんだこれ。金属蒸着したのか?と思って調べてみたら、金属成分は見当たらなかった。何も分からん。
水晶3は、宙に浮いた。なんで!?
水晶4は、とけた。つつくと、ぽよっ、としている。なぁにこれぇ。
水晶5は……消えた!
あああああああん!もうわかんないよぉおおお!わかんないよぉおおお!
水晶だけじゃなくて、鉄も水も、こう!光ったり謎パワーを発揮し始めたりなんか色と性質変わったり、硬くなったり、柔くなったり、もう、好き勝手しやがるの!
これの研究、科学の徒たる俺には、ちょっと、荷が重すぎるよぉおお!ほぎゃああああああ!
「何もかもが、曖昧になってるんだよなぁー。だから、こういう科学でもない、ファンタジーにしてもファンタジーすぎる、謎の法則で物事が動きやがる!」
色々と、どっからとっかかればいいのかよく分からないまま、俺はとりあえずダンジョンの床の上、五体投地でお送りしております。自棄になった時は踊るか叫ぶか五体投地かだからね。
「ダメだ。もうダメだ。おしまいだ。俺にはこの曖昧パワーをどうこうする力は無い」
「ああ、アスマ様がまた元気じゃなくなっちゃった……」
「まあ……気持ちはわかる」
俺が五体投地していたら、ミシシアさんも『私もやってみよっと』と、ごろりん。五体投地トゥギャザー。
……それを見ていたリーザスさんも、遠慮がちに、ごろ。こちらも五体投地トゥギャザー。
「もうねー、俺は、法則性が無かったり、再現性が無かったりするモンはお手上げなのよ」
「そっかぁ……よくわかんないけど、アスマ様にもよく分からないものって、あるんだねえ……」
「あるよ……そりゃあるよ……」
……いや、俺、科学の徒だからさ。あらゆる物事には理由があって、あらゆる物事には法則性があるんだって思って生きてるんだけどさ。
ランダムになるにしても、何かが影響してランダムになるんだって、そう、信じてるんだけどさ。
だから、今回のこの、『曖昧な魔力』についても、そういうもんなんだって、割り切って、ここに隠れているのかもしれない法則性を探すために頑張るべき、なんだと、思うんだけどさ。
……けど、これが科学から飛び出したファンタジーだったら、そもそもそんな法則も何もかも無いんだよな、って思う訳でさ。
それが、俺の思考とやる気を、邪魔している!
というか、邪魔しているっていうかマジの本当に法則も何も無いかもしれないんだもんよ!探したってマジで無いかもしれないものを探すのは、難しすぎるぜ!
「何か、手掛かりがあればいいんだけれど……うーん、でも、里のエルフ達も、きっと、世界樹の法則なんて気にせずに居るだろうしなあ……」
「ラペレシアナ様が何かご存じないだろうか。王城なら、優れた魔導士が居るはずだが、助力を求めるというのは……」
五体投地しながら、ミシシアさんもリーザスさんも、頭を抱えて色々と考えてくれる。
が、なんとなく、『世界の軛から飛び出そうとしているんだから、こりゃ前例がないことですよね』っていう感覚は全員にある訳で……。
「……いや、やっぱいいや」
なので俺は、起き上がる。五体投地、終了!
「多分、この曖昧な魔力がどうやってどうなる、ってのを確かめるんだったら……それを運用してる奴に直接聞くのが一番いい」
俺が起き上がっていると、ミシシアさんとリーザスさんも、もそもそ、もそ、とそれぞれ起き上がる。
「知ってそうな人、居る?」
「俺は生憎、あまり思い当たるものがないが……」
彼らの心配そうな顔を見つつ、『こりゃ、もっと心配そうな顔をされる気がするぞ』と思いつつ……俺は、天井に向かって話してみる。
「うん。ダンジョン自体に聞いてみるのが一番いい気がする」
……コレへの返事は無いが。
だが、なんとなく、俺は思うところがあるんだよな。
……というのも、このダンジョンは、『俺』が曖昧になって混ざり合ってるんじゃないかな、って、思ったんだ。
いや、『俺』っていうのが、今、ここで我思う故に俺在りをやってる俺じゃなくて……その、19歳ボディの……この世界に来たその時の、『俺』が。
多分、居るとしたら……まあ、ダンジョンの中、だろうなあ、と、思う訳だ。




