沼の底へ*9
思うところは色々あるが、パニス村へ戻ってきた。アイムホーム。
村の入り口では『ようこそ!ここはパニス村だよ!』といつもの村人の歓待を受けた。お変わりないようで何よりです。
「ということだったんだよ、エデレさん!だからアスマ様が大変なの!いつものやつ、ぎゅーってやっちゃって!」
「はいはい、そういうことならいくらでも。……ほーら、アスマ様、いい子、いい子……」
「うわああああ!落ち着いちゃう!落ち着いちゃうぅううう!」
「落ち着いているようには見えない光景だ……」
……で、俺はというと、エデレさんにいつものをやられている。
いや、本当にこれやられると落ち着いちゃうんだよ。落ち着いちゃって、なんか謎の安心感に包まれてしまう。なんだこれ。なんなんだこれ!
「後はゆっくりお風呂に入って、美味しいものを食べて、ゆっくり寝てから色々と頑張って頂戴ね」
「あ、はい、そうします……」
エデレさんに引き続き『よしよし』とやられつつ、その包容力に意識が溶けてきつつ……なんか、ちょっと色々と元気が出てきたというか、元気を出す準備が整いつつあるというか、そういう気分になってきた。
「疲れてる時に色々やってもしょうがないもんね!ちゃんと寝てね、アスマ様!あと、ご飯は一緒に食べようね!」
「最近は移動も多かった分、疲労も溜まっているだろう。気疲れもあるだろうし……まあ、またゆっくり休んだ方がいいだろう。風呂には俺が付き添う。温泉で寝たら大ごとだからな……」
「ありがとうございます……」
……なんか、めっちゃ世話を焼かれている気がする。すみません、お世話になります!
そうして俺は、エデレさんに大いに気力を回復させてもらってから、リーザスさんに、ひょい、と抱え上げられて、そのまま温泉まで運ばれていった。
で、温泉にゆっくり浸かって、疲れを癒す。その際、リーザスさんは時々俺を見て『起きているな』とか『沈んでいないな』とか、チェックしてくれた。あと、スライムが俺を取り囲んでもっちりもっちりやってくれたんで、なんか、こう、大いに気遣われていますね、っていう気分である……。
で、体が綺麗になってほこほこ温まったら、ちょっと元気が出てきた。具体的には、食欲が出てきた。
そして丁度そこに、『アスマ様ー!リーザスさーん!ごはん!ごはん!』とやってきたミシシアさんが現れたので、彼女と一緒に食堂へ。
そこで『へいらっしゃい!今日のおすすめは5種のナイフ舐め定食だよ!』と案内されたので、『じゃあミュー乳シチュー定食お願いします』と注文。運ばれてきたクリームシチューは、ミューミャ乳のまろやかさとコクと旨味たっぷりの優しいお味。いやあ、癒されますね。
尚、ミシシアさんは『とろけるミュー乳チーズのっけ定食』を注文したところ、塩味の焼き鳥にまろやかなミュー乳チーズがとろんと掛けられた、美味しそうな定食が運ばれてきていた。
そしてリーザスさんは『トマトシチュー定食』を注文。こちらはトマトの酸味と旨味がガッツリ効いた、ビーフシチュー系のシチューである。美味そうだったのでじっと見つめていたら、『一口食うか?』と勧めてくれたので一口もらった。んまい。えへへへ……。
そうして食事を食べ進めた俺達は、更に、『スライムの気まぐれフルーツパイ』を注文。これはその時の収穫担当になっていたスライムが持ってきたフルーツを適当にパイやケーキにしたものである。時々、『本日のスライムに選ばれたのは……にんにく!』みたいな事故も起こるが、今日はリンゴだったのでセーフ。
甘酸っぱくてサクサクなおいしさを存分に味わいつつ、食堂に迷い込んできたスライムを捕まえて揉んだり、食堂に迷い込んできたミューミャを捕まえて撫でたり、食堂に迷い込んできた冒険者に『今日のおすすめは5種のナイフ舐め定食らしいぞ』と斡旋したりした。いやー、リンゴパイうまいなあ。
……ということで、おなかいっぱい幸せいっぱいになったら、寝る。
のだが……。
「ねー、ねー、アスマ様ぁ。今日は一緒に寝ようね!」
「なんで!?」
「俺も一緒の方がいいか……?」
「なんで!?」
……何故か!俺の仮の住まいに、ミシシアさんとリーザスさんが来ている!なんで!?なんで!?
と、俺が混乱していたところ。
「いや、だって、なんだかアスマ様、1人にしておいたら今日中に世界樹見に行っちゃいそうだし」
……ミシシアさんが、ちょっと恨みがまし気な顔でそんなことを言うものだから、ぐうの音も出ねえ。なので代わりに別の音を出します。ぺぇ!
「スライムを連れてきたが、ここでいいか?」
「うん!ここに設営しようね!」
そして、あれよあれよという間に、俺の家には『お邪魔します』とばかりやってきたクソデカスライム達がもっちりむるるん、と入り込み、家の一角はすっかりスライムで埋め尽くされることになった。
「ミューミャは……ああ、飛び始めてしまった」
「ミューミャはね!私達が寝たら、掛布団になってくれるから大丈夫!」
更に、ミューミャも室内に放し飼いになってしまった。もうコレは寝るしかない状態である。仕方がない。スライムのベッドとミューミャの布団があったらもうどうしようもない。
「ってことで、おやすみ、アスマ様!明日になったら一緒に世界樹、見に行こうね!」
「あ、うん……うおわっ」
そして、俺はミシシアさんに抱きつかれ、そのままクソデカスライムに向かって一緒にダイブすることになった。クソデカスライムはそんな俺とミシシアさんを、もよよよん、と受け止めてくれた。サンキュークソデカスライム。
……クソデカスライムは温泉帰りなのか、もっちりぬくぬくと温かい。こいつは寝心地がいいじゃあねえの、と思っていたら、ミューミャが一斉に降りてきて、俺とミシシアさんの上に着地。そのまま、ミューミュー鳴きつつもそもそやって、いいかんじのポジションを見つけたのか、そこで寝始めてしまった。
いつのまにやら、俺を抱えたままミシシアさんも寝てしまった。……まあ、彼女もあちこち連れ回しちゃったから、疲れてるんだろうなあ。うん……。
……こうなっちゃったら寝るしかねえよなあ、と思っていると、俺の隣に、『よいしょ』とリーザスさんもやってきた。ここで寝る気らしい。リーザスさんにもミューミャがもそもそやってきて、あっという間にフカフカオフトゥンの様相を呈してきた。すげえな。
「リーザスさんもここで寝るんか……」
「……すまないな。迷惑だったか」
「あー、いや、まあ、困惑はしてるんだけど……」
リーザスさんが苦笑しつつもこの場から離れない気配を見せているので、俺としても、『あー、まあ、つまり、俺がよっぽど酷い状態に見えるんだろうなあ』と気づくしかない。
ついでに、まあ……今、ほこほこ温まって、腹いっぱいになって、いいかんじの寝床に寝かされて……更に、隣に人が居て、まあ、なんか、落ち着くなあ、とも。
「……でも、ありがたいよ」
「そうか。ならよかった」
これじゃ、精神不安定にもなってられねえな。
よし。気合入れて、明日から動くぞ。うん。明日から。今日はゆっくりぐっすり寝るしかねえな!
そうして俺は目覚めた。おはよう!
起きたら起きたで、リーザスさんはまだ寝ていた。ミシシアさんは起きていて、その若葉色の目をにこにこ細めて俺を見つめていた。人の寝顔を観察するなんて!きゃー!ミシシアさんのえっち!
「……おはよう」
「おはよ、アスマ様。ご飯食べたら世界樹、見に行く?」
「うん。見に行く」
もそもそ、とミューミャ布団を退けると、退けられたミューミャが『ミュー……』と文句を言った。多分、今のは文句。俺には分かる。このミューミャは多分、まだ寝ていたかったんだな!でもごめんね!起こしちゃった!
「……俺自身のこととか、ダンジョンとダンジョンの主のこととか、そもそも『ダンジョンに意思があるなら、その意思は誰のものなのか』とか、色々と思うところはあるんだけど、まあ、世界樹の力を使ったら、『世界を繋ぐ』のところはできそうだし」
「うん」
「その逆ができるんだったら、ダンジョンと異世界の繋がりを絶つこともできるかもしれないし、それができたら、ダンジョンの機能停止が可能かもしれないし……」
そうこうしている間に、もそ、もそ、と俺の背中側が動き出して、リーザスさんがなんかむにゃむにゃした声を漏らした。起きたらしい。
「うーん、よく分かんなくなってきたけど、そういうもの?」
「だと思ってる。少なくとも、情報ゼロよりは、真逆のことができるようになってた方が、材料が多いよな。ほら、なんか無い?『事象を全て反転させるファンタジーパワー』みたいなの」
「……あるかも!うん!なんか、ありそう!聞いたことある!」
ミシシアさんから割と希望たっぷりなお言葉を頂いたところで、リーザスさんが欠伸をしながら起きたので、おはよう。
よし、飯食おう。
朝食は、バゲットに焼いたチーズと焼いたトマトのっけたやつである。俺はこの世界に来て、焼いたトマトの美味さに目覚めた。
美味いの。美味いのよ、焼いたトマト。こう、スライムの頭ですくすく育った味の濃いトマトを輪切りにして、じゅわっと焼いて、香ばしい風味が加わって旨味濃縮されたトマトが蕩けるジューシーな美味さなわけよ。最高なのよ。そこに、中はとろんととろけて表面は香ばしいチーズが乗っかったらもう優勝よ。
「優勝!」
「え、何に?何が?えーと、とりあえずおめでとう!」
「ありがとう!」
更に、ここにエデレさんが作った野菜スープが合わさる訳だ。最高である。こちらはこちらで、素朴ながら滅茶苦茶美味い。というかね、朝にあったかい汁ものがあるのって、めっちゃいいね。
「……よし、気合入ったぜ」
そうして腹が美味しいもので温まって、いいかんじに気合も出たので……よし。
「いざ行かん世界樹!」
「おー!」
「お、おー……その、大丈夫か?昨日の今日だが、その、無理はしていないか……?」
リーザスさんには若干心配されたが、俺はもうこのまま行くぜ!俺は行くぜ俺は行くぜ俺は行くぜ!
はい。ということで実家のような世界樹の元へ。
「またでかくなったねえ……真面目にやってきたからだねえ……」
「ねえ、アスマ様の世界では真面目に何かやってると大きくなるものなの……?」
「うん。多分そう」
さて、世界樹は前に見た時より更にデカくなっていた。もうこれ、割れ目に届いてるんじゃねえかなあ。
「上の方、どうなってんのか見てくるか。よっこらしょ、っと」
「お、おいおいアスマ様!そんな伸び方をしたら危ないだろう!」
「いや、でもこれが一番速いので……」
……上の方を見るにあたって、ハシゴとか階段とかを建設するのも面倒だったから、俺の足元から、にょにょにょにょ……と柱を生やして、俺をのっけたまま伸びるようにした。降りる時には分解吸収で……いや、その前に、スライムを呼んでおかないと、俺を受け止めてもらえないな……。
「さーてと、世界樹の調子と割れ目の調子はどうかな、っと……ん?あ、結構近くまでいけるな」
ということで、きらきらと光が降り注ぐいつもの割れ目近くまで到達してみると……なんか、割と近づける。うん。いけるいける。
「アスマ様ー!そっち、どんなかんじー!?」
「今までにない近づけ具合!」
これはもしや、いけるのでは?と思いつつ割れ目を覗き込んでみると……。
「……なんか見えた!」
更に、近づいたことによって今までになかった情報が得られた。
「見える!?何がー!?」
「空ァ!」
……なんか、割れ目の向こうに空が、見えるんだけど。
そして、その空に……『ばばばばばば』って飛んでる、ヘリコプターが、見えるんだけど。




