沼の底へ*7
そうして俺達はまたエルフの里へ向かうことになった。
そのついでに、王都で『もう使わないんで!』と、捕虜の皆さんをお返ししてきた。えーと、遺体もある。
……うん、いや、ほんとすみません、という気持ちと、『まあ、公開処刑でギロチンとかよりは楽に死なせてやった自負があるぜ……』という気持ちとの間で揺れる俺心。
ゆらゆらハートはさておき、エルフの里だ。
……エルフの里、で、ある。俺達がダンジョンについて色々と秘匿しておきたい相手であり、同時に、ミシシアさんの故郷であり、そして、ミシシアさんのことを決して良く思っていないらしい、エルフ達の巣窟である。
なのでやっぱり、緊張するもんは緊張する。だが、まあ……前回が前回だったから、多少は気が楽だな。
何せ……。
「こっちにはコレがある」
「なんでもスライムっぽくなっちゃうポーション、だもんねえ……」
今回、ダンジョン防衛で役立った『スライムのもっちりやわらかの魔力を極限まで詰め込んだ生ワイン』を、持ってきました。例のスライム大好きお姉さんが楽しむかと思って。
「……あのエルフは、生きているスライムが好きなんじゃないのか?」
「いや、手触りだけでも楽しいかもしれないし」
「それに、珍しがると思う!魔法のことだったら絶対に興味持つもん!それがスライム由来の魔力だっていうなら、尚更だよ!多分!」
……まあ、うん。色々と心配はあるけれど、ミシシアさん曰く、『魔法が得意なエルフだからこそ、スライムのことは抜きにしたって絶対に興味を持つよ!』とのことなので、今回のお土産チョイスはこれにした。いや、他にもお菓子とか持ってきたけどね。エルフの里では乳製品が少ないらしいから。
なので、どうか、どうかこれで一つ、世界樹の話を詳しく聞かせてもらえませんかね、ってことで……いけるんじゃないか?駄目か?駄目か?いやきっといける。俺は信じてるぞ、スライム大好きお姉さん!
で、エルフの里に到着した俺達だったが。
「ということでお姉さん。こちら、スライムから滲み出た魔力を極限まで詰め込んだ生ワインでして」
「ほしい」
……実際に、スライム大好きお姉さんに例のブツを出してみたところ。ちょっと想像以上に、食いつきが、よかった。
「……生ワインなんですけど、飲み物じゃなくてですね、こいつをぶっ掛けると、無生物がスライムっぽいもっちりぷるんに変貌を遂げます、っていう、ポーションみたいなものなんですけど……」
「とても興味深い。どうもありがとう」
……うん。まあ、ちょっと想像以上の食いつきだったけど、喜んでもらえたなら、何よりだよな……。しっかり両手で手を握られて、目をきらきら輝かされちゃったら、もう、俺から言えることは何もねえよ……。
……何もねえんだけど、でも、あの、お姉さん。あなた、本当にそれでいいんですか!?ねえ!いいの!?ほら、あっちで遠巻きにしてるエルフが、なんかちょっと白い目であなたのこと見てますけど!本当に!いいのぉ!?
……スライム大好きお姉さんについては、もう、何も言わないことにするぜ。スライム大好きな生き様もかっこいいぜ、お姉さん。そういう吹っ切れた人生、いいよな……。特に、エルフだと長命なだけあって、凡庸な生き方してたらつまんねえんだろうしな……。
俺もあれくらい吹っ切れて生きていこうかな、と思いつつ、早速そこらへんの石に『もっちりやわらか魔力生ワイン』をちょっと掛けてはニコニコしているスライム大好きお姉さんを見守りつつ、俺は周囲の様子を見回す。
「……このあたり、すっかり変わりましたね」
「そう。ダンジョンからスライムが沢山出てくるようになって、森の花もとても増えた」
……何せ、ここは例のダンジョン前。
今やここは、清らかな泉と温かな温泉が滾々と湧き、蝶が舞い、花が咲き乱れ、麗らかな陽光の下、頭に可憐な花々を咲かせたスライム達が、ぽよぽよと元気に跳ねまわる……そんな森の楽園と化しているのである。
「だからここに研究所を建てたんですね」
「隔離された」
「隔離……ああ、うん、まあ、はい……」
……ついでに、ダンジョン前にはこじんまりとしたログハウスが建っており、『スライム研究所』と素朴な看板が掛けられている。どうやら、スライム大好きお姉さんの住居兼研究所、兼、隔離室らしい。
スライム大好きお姉さん、あまりにスライムが大好きすぎて隔離されてるんだろうか。まあ、そうでしょうね。納得の隔離措置。
「でも、おかげで毎日スライムと一緒に居られる。ダンジョンの監視員としての給金が出るから、スライムの研究も安定して進められる。とても幸せ」
「里からはちょっと離れてるけど、本人が幸せなのが一番だもんねえ」
「本当にそう」
成程なー。スライム大好きお姉さんはダンジョン監視員の役にも就いてるのか。まあ、そうなると副業としては丁度いいかもね。何より、本人が幸せそうなのでこれでオーケーです、ってことで……。
さて。スライム大好きお姉さんの近況と、このスライムの楽園の近況はさておき、だ。
「今日は、世界樹について聞きに来たんだけど……」
「世界樹?」
「うん。性質とか、『すぐ再生する』っていう機能とか。あと、『世界を繋ぐ樹』ってどういうことなのか、とか……まあ、知らないことが多いんで」
知りたいこと自体は、隠さずに列挙してしまう。隠すのはあくまでも、動機だけだ。逆に、動機の部分……『俺の元居た世界とダンジョンのつながり』とかについては、黙っとくけどな。
「……それらを知って、どうするの?」
一方のスライム大好きお姉さんは、少し警戒したように目を細めた。
まあ、そうだよな。この人、スライム大好きな変人だけど、エルフだしな。エルフにとって世界樹は重要なものなんだから、それを嗅ぎ回る奴が居たら不愉快だろうし警戒もするだろうし。
「……実はですね」
が、俺はこうなることは見越していた。よってこの質問は対策済みでだなあ……。
「世界樹の魔力を得たスライムはめっちゃ光るんですけど、同時に、なんかめっちゃ健脚になってましてぇ……」
「……あの子、そうだったの……?」
何せ、このスライム大好きお姉さんも含めた5人のエルフは、うちのジェネリック君の輝きを体験済みだからな。説明のフックとしては上々なわけで……。
「世界樹について調べておかないと、あのスライムが他に何をするのか、何が欲しいのか分からないし、そこのところはパニス村の一員として、ちゃんとしておきたいし……ということで、世界樹についても知識を仕入れておきたいんだけど」
「成程。協力する」
まあ、スライム大好きお姉さんだからね。スライムの為だって言えば、協力してくれるんだね。
……この人、いい人だなあ。変な人だけど。うん。
「世界樹は、世界を繋ぐ樹とされている」
「うん」
ということで、本場のエルフによる世界樹講座が始まった。ありがてえ。
「世界樹はあらゆる世界を繋いでくれる。昼の世界と夜の世界。生の世界と死の世界。それから、エルフの世界と外の世界も」
「外の世界?」
「エルフの里は狭いから」
……が、エルフの世界樹講座は、非常に難解である!
「あー、えっとね、アスマ様。多分、エルフが世界樹を植えるのって、1つには『一か所にずっとずっととどまり続けないように』ってことなんだと思うんだ」
しかしこっちには通訳ミシシアさんが居るんだぜ!ハーフエルフだからこその通訳力!ありがてえ!ありがてえ!
「エルフは世界樹を植えるために里を出るでしょう?そうすると、里の外を知ることになる。里の外にエルフが出ることで、エルフの世界は停滞せずに済むんだ」
「血も水も、一か所に留まっていたら淀んで濁っていくものだから」
「成程ねー、確かに引きこもってばっかりだと発展は望めないね」
そうかー、そう考えると、世界樹の植樹って、エルフにとってかなりちゃんと必要なシステムなんだなあ。
……が、それって世界樹自体の性質じゃなくないか!?植えるのが世界樹じゃなくて、例えばこの木何の木の木とかだったりしても全く問題なくないか!?
「世界樹の周りでは世界が混じり合う。古くから、エルフは世界樹を通して人間と交流してきた。或いは、死の世界とも」
いや、まだ慌てるような時間じゃない。世界樹がこの木何の木の木とは違うってことは、俺にもなんとなくは分かってるんだ。うん。
「人間達の間には、『ものすごく良く効く薬』としても使われるし、すごく貴重で珍しいもの、っていう扱いだよね」
「それも、死の世界と生の世界が混ざるから。他にも、世界樹の枝の下で、死んだ者と会話できることがある」
「あー、人間達にも時々言われてる奴だよね。『世界樹の根本で願うと、死んだ大切な人にもう一度会うことができる』って」
ほーん、そういうのもあるのか。『生と死』については、まあ、世界樹ポーションのありえんまでの回復パワーを見ちゃってるから分かるが、まさか、幽霊も出してくれるとは。すげえな世界樹。
「それから、世界樹の傍では昼夜も混じり合う。月夜にしか咲かない花と昼にしか咲かない花が同時に咲き誇ることもある。夏と冬が混ざり合うこともあるし、その時は夏の花と冬の花が一緒に咲く」
「こわいけどすごい」
ダンジョンの底に生えてる世界樹には、周りに植物なんざ無いのでそこらへん全く分からなかったが……どうやら、世界樹パワーってのは、俺が思ってたよりとんでもないもんらしい。夏の花と冬の花が同時に咲くってのは、こう……なんか、なんかに利用できねえかな。医薬品とか。うん……。
「そういうわけで、世界樹は世界を繋ぐ樹。世界樹の周りでは世界の垣根が低くなる」
「そっかー……だから魔力も扱いやすくなる、みたいな?」
「そういう効果もある」
成程ね。なんか世界樹パワーがすごいのは、そういうこと……いや、どういうことなのか、理屈はサッパリだが。まあ、そこはファンタジーなので諦めている。科学の徒にファンタジーは難しい!
「えーとね、えーとね……それから、世界樹って生命力も強い樹なんだよね?」
「そう。世界樹は『生命の樹』でもあるから。生命を司る樹、というのも、生と死の垣根を越えられるから。破壊と再生の垣根も超えるから、世界樹の木材はとても強い」
「あー、そういうことなんだ」
理屈は分からんが、基本理念は分かった。世界樹は、なんかこう……すごい樹!
「つまり、世界樹は色々な世界を繋ぐ樹」
「成程ね……」
世界樹ってのは、別に、異世界と異世界を繋ぐ樹ってわけじゃないのか。いや、そこも繋いでくれるのかもしれないし……うん。
そうだよな。繋いでる、っていうか、壁を緩くしてる、っていうか。そういうブツなんだろう。だからこそ、世界樹は例の、ダンジョン最奥の割れ目に近付ける。アレは、世界と世界の間の壁を緩くできるから。そういうことなんだろうなあ。
「……世界樹って、こう、なんか、ゆるっ、としてて、まったりした樹……?」
「え?うーん……エルフにとっては馴染みのある、あったかい存在、かも……。人間は世界樹を神聖なもの、としてとらえること、多いみたいだけど」
うん。そっか。まあ……なんか、俺が思ってたより、世界樹ってゆるめの世界観でやってる樹なんだな……。
さて。
世界樹ってものについて、なんとなく基本理念が分かったところで、こう……全く別の話題になるが、聞いてみることにした。
「ところでおねーさん、『酸に浸けても無傷、焼いても無傷、ハンマーでぶっ叩いても歪みすらしない』みたいな金属、知ってる?」
「オリハルコン?」
……そして、一瞬でなんか答えがでてきた。
「オリハルコン、ってのは真鍮のことですか?」
「しんちゅう?……それは分からないけれど、オリハルコンは、何にも傷つけられない金属」
うん。そうね。本当にめっちゃ頑丈な金属なんですよあの腕輪は。
「同時に、魔力との親和性も高い」
「そうなんだ」
俺自身としては、そこのところは分かんないからね。『そういうもんなんですね』っていう感想しか持てないんだけども……。
「世界樹の樹脂から作る」
「それは金属ではないのでは?」
こっちについては『そういうもんなんですね』では流せないんだけども。樹脂から作ったらそれは金属ではない。金属ではないだろうがよ。
「だから、オリハルコンは世界樹と同じように、世界を繋ぐ力を持つとされている」
俺の胸中など露知らないスライム大好きお姉さんは、そう続けて……それから、ふと、首を傾げた。
「だからオリハルコンの剣は強い。知らない?」
「知らない知らない」
「アスマ様!結構いろんな物語にあるやつだよ!」
「えっそうなの!?」
どうやら、この世界的に『オリハルコンの剣』を知らないのは珍しいらしい。そっか。あちこちにトラップがあるもんだぜ。
「命も、時間も、曖昧にして切り裂く。覚悟と力を同じものにして、鋭くなる。だから強い」
「そっかー……」
まあね、俺もオリハルコン、と聞くと、『つまり勇者の剣の材料ですよね!』みたいな知識は出てくるよ。逆に言うと、俺のファンタジー知識はそんなもんだぜ。逆に、『オリハルコンというのは青銅か真鍮のことだったのではないかと言われています』みたいな知識はバンバン出てくるぜ!
「……ん?命も時間も、曖昧に……?覚悟を、力に、変えて……?」
……が、なんか引っかかるので、俺はそこで一旦、考えるのを止めた。
なんか……なんか、ダンジョンの主の業務も、似たようなところ、ありませんか?という……。




