沼の底へ*6
俺達の最終的な目標は、『ダンジョンを無力化すること』である。
科学の徒としては思うところが色々あるが、少なくとも、この世界の技術に対する倫理観がある程度アップデートされるまでは封印しておいた方がよかろう、と思う。思うことにした。
なので、ダンジョンそのものを無力化するか、はたまた、ダンジョンの主が生まれないようにするかしたいんだけれど……ダンジョンの主の腕輪そのものは、主フリーの状態でほっとくと周りの人達を誘惑し始める。
じゃあ、ダンジョンの主から腕輪だけ分離した状態で腕輪を保存しておくのはどう?ってのについても、じゃあダンジョンの主が不慮の事故で死んだら腕輪リスポンからの次のダンジョンの主爆誕である。人間の生命が有限である以上、ダンジョンの腕輪を完全に管理しておくことは難しい。
しかもリスポンした腕輪はフリーサイズ状態で、近くに居た人は全員、腕輪に誘惑されるわけだからね……。次なるダンジョンの主爆誕は防ぎようがないのだ。
どうしようもない。
これ、もう、どうしようもない。
ならば……最後の望みをかけて俺達が次にやるべきことは、ダンジョンの主の腕輪そのものの性能実験である!
「分解吸収はできないんだなあ……」
「最初から壁にぶつかっちゃったねえ、アスマ様……」
はい。分析ならこれだろ、ということで、持ち帰ったダンジョンの主の腕輪Aを、パニス村ダンジョン内に持ち帰って分解吸収できないかやってみたところ、できませんでした。
くそー、これで性能とか色々分かったらコピーしたり、色々実験に使ったりもできて丁度いいじゃん!って思ったのに!できないなんて!ひどい!
「せめて材質くらいは知りたかったなあ……」
「これ、何でできてるんだろうねえ……」
ダンジョンの主の腕輪、かなり不思議な材質なんだよな。金属製であることは間違いないと思う。が、如何せん、頑丈過ぎて何も分からねえ。
何せ、リーザスさんがハンマー振り下ろしても歪みすらしねえんだもんよ……。こんなん何も分かんねえよ……。
「ハンマーで叩いても無傷、分解吸収もできず、硫酸に浸けても塩酸に浸けても無傷。まさかと思って王水に浸けても無傷ときたらもう俺にはどうすることもできないね」
「そっかー、まあ、そういうものなんだねえ、これ……」
ミシシアさんはなんか納得してるが、俺は全く納得がいきませんよこんなん。なんなんだこれ!なんなんだこれ!俺はこんな材質は知らん!なんなんだこれ!
……と、思っていたら。
「世界樹に似てるねえ……」
「えっ」
ミシシアさんがしみじみと、そんなことを言い出したので……俺は、非常に慄くことになったのである。
世界樹に……?似てる……?この、叩いても歪まず、王水にも強い、この、謎物質が……?
こわいこわいこわい。また俺の中の科学がファンタジーに負けそうになってる!こわいよー!
ということで確認だ。怖かろうが何だろうが、科学の徒として、この謎の現象には首を突っ込みたい。追及。探求。これが俺の生き様である。
「ミシシアさん、ミシシアさん。世界樹って、そんなに不滅の物質なの?」
「え?ううん。不滅ってほどじゃないけど、すっごく強いよ!焼いても大丈夫だし、雷が落ちても大丈夫だし……」
マジかよ。それはもう不滅だよ。
だって……世界樹って、『樹』だろ?生き物なんだろ?というか、植物……だよな?それが、焼いても燃えず、雷が落ちても大丈夫、となると……本当にそれ、生き物か!?
「塩酸に浸けても大丈夫だったり!?」
「うーん、それは分からないけど……大体のものには耐えるかなあ……」
こっわ!何それこっわ!木材じゃないよそんなの!鰹節とかだよ多分!
「あ、えーとね、まったく傷つかない、ってわけじゃ、ないんだよ。常に再生してる、っていうことみたい」
「ほう」
が、鰹節じゃない可能性が高くなってきた。よかった。それならなんか……いや、科学の力ではよく分からんが、ファンタジーパワーを科学の目で見た時にちょっとは納得がいく。
「だから、生きる意味がある間は、世界樹の素材は傷つかないんだ」
「生きる意味……」
「逆に、消えることで意味が生まれるんだったら、世界樹は普通に消えるよ。ほら、ポーションの材料になったりとか」
「あー、そうだったね……」
そういえば、そういう無敵の世界樹君も、ポーションになったり、ミシシアさんの矢になったりしているんでした。そうね。全くの不滅じゃないってことね。そうでもないと、一回生えちゃったが最後、未来永劫形が残り続けるっていうヤバい樹木になっちゃうからね……。
と、俺が世界樹の話を聞いたところで。
「だから、この腕輪もそうなのかも」
ミシシアさんは、そんなことを言って、腕輪をつついた。
「ダンジョンを守るために、ダンジョンの主が必要で、ダンジョンの主を手に入れるまでは、この腕輪は滅びるわけにはいかない、ってことなのかも」
「そっかー……」
「責任感のある腕輪だね!」
「うん……腕輪の責任感、ね……うん……」
……なんともファンタジーでメルヘンな話になってきちまったが。
この世界は実際、ファンタジーでメルヘンな世界だしな。なら、腕輪に意思があって、その意思によって、この腕輪が滅びず、形を残し続けてくれやがる、ってことなのかもしれないんだよな。うん。本当に……。
「となると、この腕輪は必要なくなったら消滅するのかね」
「かもしれないね。世界樹も、その土地を守る必要が無くなったら枯れちゃうんだって聞いたことがあるよ」
「そうなのぉ!?」
「うん。世界樹が無くても大丈夫だったら、世界樹は消えるんだ。そういうものだから」
……なんというか、色々とファンタジーすぎて理解が追い付かない俺ではあるが……1つ、分かったことがある。
「ま、つまるところ……この腕輪を消滅させるなら、この腕輪の思い残すところのないようにしてやらなきゃいけない、ってことだよな」
「そうだと思う!」
「ってことは、うん……」
俺は、結局同じところを堂々巡りしていただけだったようだ。
「腕輪より先にダンジョンを消しちまうしか、ないんだな」
ダンジョンを消す。
これ、今後のダンジョン管理の為には必要なことである。誰にも管理されていないダンジョンがあったら、そこは間違いなく危ない。誰かがフラッと入って、フラッとダンジョンの主になって、そしてそこから魔物が大量発生して人里を襲うようになる、なんてことも、十分にあり得るのだ。
そういううっかり事故は幾らでもありそうだが、それによって引き起こされるものは『うっかり』なんてレベルじゃ済まない。だからこそ、なんとかダンジョンを管理する必要があって、そのためにはダンジョン自体を消していって、本当に必要な数個だけを残して、それらを管理する……っていうのが一番だと思う。
だからこそ、ダンジョンを消したい。消したいんだけども……。
「どうやったらダンジョンって消えると思う?」
「さあ……」
「すまないが、聞いたことも無いぞ、そんなこと……」
だよねえ。うん。詰んだ!
「いや、まだだ!まだ終わらんよ!」
「その意気だよアスマ様!頑張ろう!何かあると思うから!」
詰んだがまだまだ終わらせないぜ。俺はやるぜ俺はやるぜ俺はやるぜ。
何せ、まだ調べていないダンジョン関係のものがあるからな!
「えーと、ミシシアさん。さっきの会話で思い出したんだけど、世界樹って、『世界を繋ぐ樹』なんだよね?ちょっと調べてみたいんだけど、いいかな」
……そう!
俺がまだ調べていない、ダンジョン関係のもの。それは……ダンジョン最奥の、例の、きらきらした光が降り注ぐ割れ目!
つまり!俺が元居た世界と繋がっているっぽい、例のアレである!
……ダンジョンと、『ダンジョンの主』というものの関係。ダンジョンと、俺が元居た世界との関係。
それらは全く別のものに思えるが……どこか、根幹で繋がっているような気がするのだ。
というか、現状、そこをつっつく他にやれることが無いので、そこをつつくしかない。執拗につつくしかない。つつきすぎてダンジョンの最奥に嫌がられるかもしれないが、ダンジョンがスライムよりはつつかれるのが好きであることを期待してつつくしかない。つんつんつんつんつん。
「世界樹については、葉っぱを分解吸収させてもらったことがあったんだけどさ……枝とかも、やらせてもらっていいかな」
「うん。いいと思う!世界樹だって、アスマ様には協力してくれると思うよ!」
そっか。それは何より。
……なんだかんだ、ダンジョンの『分解吸収』は素晴らしい能力だ。原材料が分かるってのは、デカい。ついでに構造まで分かるってのも素晴らしい。そこから紐解ける何かがあるかもしれないので、調べられるものは片っ端から調べていくぜ。
「ついでに性能実験もやりたい。その、『傷つかない』ってやつについて。それもやらせてもらえるかな」
「それは枝でやったら大体分かるんじゃないかな、と思うよ。やってみて!」
世界樹の『傷つかない』っていう性質も、どんなもんか気になる。ダンジョンの主の腕輪との関連があるかもしれないし、これも念入りに調べていこう。
で、それから……。
「ダンジョンの奥の割れ目に、あとどれくらいで届くか、見てみたい」
……世界樹の枝。アレが伸びると、ダンジョンの奥の割れ目に近付けるようになった。調べた当時の状態じゃ、まだまだ全然だったが、今はどうなっただろうか。それはしっかり把握しておきたい。
というのと……。
「……最悪の場合、ダンジョンの奥の割れ目に届くように、世界樹を『再構築』したい。いいかな」
もう一つ。
人造世界樹を、考えている。
「……初の試みだね!?」
「うん」
ミシシアさんは案の定、びっくりしていた。まあ、うん……不遜なことを言ってしまっている自覚は、ある。
ミシシアさん達、エルフにとって世界樹ってものは特別な存在なんだろうし……それこそ、ミシシアさんのアイデンティティにも関わってくるものなんだし。それを気軽に『再構築』ってのは、まあ、色々と違うだろうな、という気がする。
「え、ええー……どうなんだろ。それ、できるのかなあ……消えちゃうだけ消えちゃって、再構築できなかったら、困るなあ……」
「俺も困る……」
同時に、ミシシアさんだけじゃなくて俺にとっても問題だ。何せ、世界樹は現状、唯一の『元の世界へ戻るための手掛かり』なのだ。それを失う訳にはいかないのである。怖い。怖すぎる。
だが、調べてみないことには何とも言えない。それもまた、事実。情報はできる限り欲しいし……世界樹を伸ばすためにも、『再構築』が最良の策になるかもしれないのだ。
……取り返しのつかないことはしたくない。が、恐らく、俺は世界樹を徹底的に調べないことには、先に進めない。もう、他に手掛かりがほとんど見当たらないのだから。
……そうしてミシシアさんは、考えて、考えて……『よし!』と結論を出した。
「分かった!じゃあ、アスマ様!世界樹で実際に実験する前に、ダンジョンの主の腕輪でもやったようなこと、やろう!」
「というと?」
「……話、聞いてからにしよう!」
ミシシアさんが『それがいい!』とばかりに胸を張るのを見て、俺は、『あー、そうだった』と思い出す。
そりゃそうだ。すぐに実験を始めるより先に、先行研究をあたるべきだ。俺がダンジョンの主の腕輪について、色々とやり始める前にオウラ様に話を聞きに行ったのと同じことだ。
「世界樹のことはエルフに聞くに限るよ、アスマ様!」
……なので、俺達はまた、エルフの里へ行くことになりそうである。
「お土産、スライム連れてくのでいいかなー。スライム大好きお姉さん、スライムなら何でも喜びそうだよなー……」
「うん。いいと思う!うちのスライムはとってもかわいいもん!見せてあげたら喜ぶと思うよ!」
「本当にそれでいいのか……?他にも色々、あるだろう。ほら、酒とか、菓子とか……」
尚、お土産については一考の余地があるものとする!




