沼の底へ*4
オウラ様の若返りぶりが気になる。とても気になる。
俺がオウラ様にお会いした前回の記憶を参照してみると、まあ、大体20代後半から30代くらいかな、という見た目をしていたんだが……。
「恐らく、正式に騎士になった頃の年齢にまで戻ってしまっていますね、これは」
「ワァオー……」
……オウラ様、20代前半か、下手すると10代後半……元々の俺と同じくらいの年齢に見えるようになってしまっていた。おお、若返ってる……若返ってるよ……。「これ、一体何がどうなって若返っちゃったんです……?」
「いや、私もそれを知りたいのですが……」
あ、オウラ様、原因については分からないのか。おおお……。
……これ、どうしようかね。
まあ、今この段階で手に入れられる情報は手に入れよう。ということで、レッツ質問タイムだ。
「えーと、若返りの効果が出ちゃった時って、どんなかんじでした?状況とか、何の魔法を使った時だったとか……」
「そうですね……」
オウラ様は、『うーん』と唸りつつ、思い出すように話し始めてくれる。
「……防衛に、夢中でした。何としても、ここを盗られるわけにはいかない、と」
「でしょうね」
当時の様子を、俺は詳しくは知らない。ダンジョンの外に居ても、ダンジョンの内側で何が起きているのかなんて分からんからな。だが、オウラ様が苦戦してた様子はなんとなく分かるので、深々と頷くしかない。
「相手は聖女サティを人質に取っていました。彼女を盾に、防衛を突破しようとしてきました。……彼女が居る以上、落石を起こすわけにもいかず、防衛のために魔物を向かわせるのも躊躇われ……苦戦しました」
あー……聖女サティを誘拐している連中だったんだから、聖女サティを盾にして魔物の防衛を突破するようなことはするよな。何せ相手は、ダンジョンの向こうに居るのが『ダンジョンの主』であって、それが恐らく人間だ、ってことまで、分かってたんだろうから。
「なので、一本一本、矢を生み出しては撃ち出して、侵入者を狙いました」
「えっ?」
「弓と矢を生み出せば、長い直線通路で矢を放つことができますから」
「……ええっ?」
いや、そりゃ理屈は分かる。俺も似たようなことをクロスボウでやったことある。
けど……弓で!?普通に普通の、弓でェ!?それをやるの!?
俺がクロスボウを使ったのは、単純に遠隔射出の機構を作るのが難しかったからなんだけど、それ以上に、狙いを定めるのが難しかったからなんだわ。
いや、そりゃそうよ。普通の弓で狙い通りに矢を射出するのって、正直、無理よ。素人には無理だし、達人だって難しいと思うことはあるだろ絶対。だからこそウィリアム・テルの林檎ぶち抜きエピソードが語り継がれてるわけで……。
……それを、ダンジョンパワーでやって、戦えちゃうのかよこの人。
ダンジョンの主としての能力っていうか、もっとそれ以前の……1人の人間としての、武力が、高い!高すぎる!
「それで奴らの数を半数程度にまでは減らせたのですが、そこから先は難儀していました」
俺が慄いている間にも、オウラ様は深刻な顔で話を続けているもんだから、俺、もう感情の持って行きどころがどこなのか分からなくて右往左往してる気分だぜ……。
「全力を、出しました。それこそ、魔力が枯れるまで」
「魔力が……?」
が、気になるワードがでてきちゃったので右往左往しているわけにもいかねえ。
魔力が枯れるまで、というと……やっぱり、そういうこと?
「もしかしてオウラ様、魔力を出し切ったことで、若返っちゃいました?」
「はい。どうやら、そのようです」
……成程ね。
なんか、ダンジョンの主って……魔力としての、最終手段的リソースに勘定されてるらしいぞ!うわああああああ!
俺が内心で『うわああああああ!』とやっている間も、オウラ様は神妙な顔でお話をお続けになる。いや、あの、あなた、もうちょっと動揺した方がよくないですか!?
「そして、矢を放ち続けていたところ、あなたからの情報が届きまして……」
「ワァオー」
今、それどころじゃなくない!?というか、当時にしてもそれどころじゃなくない!?という気持ちでいっぱいの俺だが、オウラ様はにっこり笑って、俺の手を握った。
「おかげで、助かりました。送り込まれてきたとても大きなスライムも、聖女サティを救出しつつ侵入者を排除するのに大いに役立ちまして……本当に、何とお礼を言ってよいか」
「あ、いや、ほんとお気になさらず……その、お役に立ててよかったです。ははは……」
……それどころじゃ!ない!でしょうがぁ!俺へのお礼とかいいからもうちょっと自分のことに頓着して!頓着してくださいよオウラ様ぁ!
……まあ、それからももうちょっと話したんだけど、『体が若返った以外には、特に異常は無いように思える』っていうことだったので、『他にも何か異常とか思い当たるものがあったらすぐ教えてくださいね』ということで解散した。
オウラ様、『一度大幅に若返ってしまいましたからね。今更、数歳分若返る程度のことは何とも思いませんが……』と凄まじいことを仰っておいでであったが、そういうもんか?そういうもんなのか?俺、わかんなくなってきちゃったぜ。
しかし……オウラ様の話で、なんかかなり正解に近いところに到着しちゃった感はあるな。
『魔力が枯渇するところまで魔力を消耗したら若返っちゃいました』っていうのは、もう、ビンゴでしょう。
……ダンジョンっていうのは、ダンジョンの主を『ダンジョンを動かす者』として扱うけれど、それと同時に、『ダンジョンが駄目になりそうな時に消耗するためのリソース』としても扱っている。
となると……えーと、俺、やっぱりパニス村ダンジョンに来た瞬間、ダンジョンご本人が俺を適当に分解吸収再構築した可能性が出てきたな。うん。まあ、その方が俺の精神衛生上はよろしいけども。
……いや、やっぱりその場合、『ダンジョンご本人』ってどなた!?っていう問題が発生する!俺達、ダンジョンの主は常にダンジョンに監視されている!ビッグ・ダンジョンに栄光あれ!うわあああああ!
「こわいね……」
「こわいねえ、アスマ様……」
「いよいよ、ダンジョンというものの正体がわからなくなってきたな……」
俺達は金鉱ダンジョンから出てお宿へ向かいつつ、とぼとぼ……という足取りである。だって怖い話ばっかり出てくるんだもん……。オウラ様は若返ってるし、その割に頓着無さすぎるし。流石、国のために魂を捧げた軍人にあらせられる……。
「あのさ、元々、ダンジョンってどういう認識されてんの?魔物が湧いたり、金鉱ダンジョンみたいに金鉱があって『おいでませ人間!』ってやってたりすることについて、どういう解釈がされてたの?」
「え?『色んなダンジョンがあるんだなあ』って思ってたよ?ほら、ダンジョンの神様も色々居るんだろうなー、って」
「ああ、そういうかんじなのね……」
そういやそうだった。俺、『パニス村ダンジョンのちび神様』なんだった。この世界的には、ダンジョンには神様が居るんやでの精神でやってるんだろう。だからこそ、『ダンジョンおよびダンジョンの主に意思がある』としても違和感が無い、ということか。
「……ダンジョンと直接話ができりゃ、いいんだけどね」
この世界のことはさておき、ダンジョン本人はどう思ってるんだろうね。いや、そもそも、ダンジョンに意思があるのかどうか、ってところ自体、まだまだ分からないところではあるけれどな……。
さて。そうして宿で一晩過ごして、翌日になったら王城へGO。
そしてそこで、捕虜の皆さんとご対面。こんにちは。よろしく。
「こやつらが『ダンジョンの主』である捕虜共だ。処刑を待つのみとなっているのでな、アスマ様の役に立つということならば、何をして頂いても構わぬ」
「おおお……どうもありがとうございます」
ラペレシアナ様は非常に太っ腹でらっしゃるので、こう、俺、なんか一周回って何をしたらいいのか分かんなくなってきちまったよ……。
同時に、捕虜の皆さんも『我々はこれから何をされるのだ!?』って、戦々恐々としている。いや、まあ、そこのところは……うん。
「あ、じゃあ、他にダンジョンの主じゃない死刑囚が居たらください。多分、生かして返しますので。多分」
「む、そうか。ならば数名用意しよう」
まあ、ここは腹括るしかねえな。やるぜやるぜ俺はやるぜ。
「じゃあ、ダンジョンの主ってものに対しての研究を進めていきますか……っと」
はい。そういう訳で、俺はまず、ダンジョンの主1人と普通の人間1人を用意してもらって、そこで研究開始である。
「そもそも、腕輪が外せるかどうかっていうところから実験してみないとね……はーどっこいしょ、どっこいしょ」
「な、何をする!」
「いや、腕輪を外そうと頑張ってるんだけど……」
まずは、ダンジョンの主の人から『ダンジョンの主の腕輪』を外す試みである。
が、無理。
何故かって?……この腕輪、繋ぎ目が無いのに、しっかりぴっちり手首に嵌ってるからである。
……そう!つまりこの腕輪、手より直径が小さいんで、どんなに引っ張っても外れるはずがないのである!俺のと一緒!
「……あー、一応聞いとくんだけどさ。これ、どうやって装着したの……?」
「嵌めた時には緩かったんだ……!それが、嵌めた途端に縮んで……」
「あ、そういうかんじなんだ……」
俺自身は、この腕輪を嵌めた記憶が無いので……知らない内にこれをもう装備している状態から始まっているので、これの仕組みを知らなかったんだよな。うーん、ファンタジーな腕輪ってのはすげえなあ。
「……これさあ、外せる?」
「は、外せるわけがないだろう!」
「だよねえ」
外せない腕輪、って時点で非常に困るんだが、それはそれとして、俺はこの腕輪を外した時にどういうことになるのかを見ておきたい。
ついでに、この腕輪を外して、別の人が装備した時にどうなるのかも確認しておきたいんだけど……。
「じゃあ、試してみるか。えーと……」
……しょうがねえよなあ、と思いつつ、ちら、とリーザスさんを振り返ると、リーザスさんは諦めたような顔で頷いてくれた。
「……リーザスさん。その、大変、嫌な役目をお願いすることになるんですが……」
「ああ。任せろ。やったことはある。手首の骨を絶つくらいなら、問題ないさ」
流石、察しのいい人である。リーザスさんは……剣を抜いて、拘束されたダンジョンの主の人の前で、すっ、と剣を構えた。
「……あんまり痛くないようにしてやってください」
「うん、まあ、努力はする」
……尚、ミシシアさんは『すぐに治すから許してね!』と、手に汗握りつつ、ポーション握ってる。
うん。切り落とした後、腕輪外したらすぐくっつけるからさ……。許せ!




