沼の底へ*2
ということで、俺は風呂にゆっくり入り、飯をたっぷり食い、ついでにパニス村名物ブランデーケーキで合法的にアルコールを摂取してなんかぽかぽかいい気分になりつつ、たっぷりと寝た。
尚、寝る時のマットレスはクソデカスライム。さっきまでハーブ系の薬湯に浸かってあったまっていたクソデカスライムは程よくぬくぬくのぷにぷにでいい香りがして、なんかラグジュアリーな寝心地だぜ。
そして、寝る時の掛布団はミューミャ。こいつらも風呂に入ってから乾かして、ふかふかのほかほかになったところだからな。触り心地抜群なわけよ。
……ということで、クソデカスライムの上に寝そべって、腹にミューミャをのっけて、いいかんじにぐっすり眠って起きた俺は、やっぱり寝る前よりも幾分すっきりした心地であった。
起きてからもクソデカスライムの上でちょっとごろごろしたり、ミューミャの耳をぴこぴこさせて遊んでミューミャにちょっと迷惑そうな顔されたりしつつダラダラ過ごして……さて。
「よし……調べるかぁ」
俺は意を決して、ダンジョン内に蓄積された情報を片っ端から見ていくことにした。アホみてえな量があるが、『最初の方、最初の方……』と遡って見ていけば、まあ、見つかる訳よ。
「……俺の身体構造のデータがあるね」
うん。あった。ありました。俺のデータ。19歳時点での俺のデータだな。
……まあ、その、つまり、だ。
「データがあるってことはやっぱり俺、一回分解吸収された後、再構築されてるよねえ!?」
やっぱり!やっぱり俺、一回分解吸収されて再構築されてる!されてるよぉ!うわあああああ!うわあああああああああ!
『うわああああああ!』ってなりながらもダンジョン内情報を冷静に探っていく。いや、こうさ、奇声発したり奇行に励んだりしてる間って、頭は割と冷静でいられるじゃん?混乱は全部体の方に出して、頭の方は冷静なまま保つっていうか……え?そういうの無い?
「で……あー、そういうことかー」
まあ、とにかく冷静に色々見ていった俺は、まあ、ある程度、理解した。
「俺、死にかけてたか、或いは死んだかしてたのね」
……どうも、俺の体が小さくなっちゃったのは、単に材料不足だった、ってことらしい。
何せ、俺の分解吸収のデータ……『脚のデータが無い』からな。
推測に推測を重ね、仮定に仮定を重ねることになるが、恐らく俺は、死にかけてた。
……そりゃね。脚が無かったら、そうなるわ。
よくよく考えると、靴、無かったし。ズボン、無かったし。パンツすら消えてたし……脚が消えてた、って考えたら納得がいく。
まあとにかく、俺はこのダンジョンにやってきたにもかかわらず、このダンジョン内で瀕死の重傷だったってことだ。
ま、ここはダンジョンだからな。ダンジョンパワーを用いれば、人体の治療くらいはできるのである。やったこと無いけど。……いや、ある、のかもしれないけどさ。
まあいいや。とにかく、手段はあった。が、このダンジョンは俺が来るまで動いていなかったっぽいから……つまり、魔力空っけつ状態だったわけである。
つまり、技術はあっても材料が無い状態。そんな状態では、俺の治療もできるはずがない。
……なので、まずは俺の荷物から魔力の多い物体を分解吸収して、俺を治療するための魔力に充てた。
それがノートPCとスマホとスマートウォッチである。
で、更に、俺自身の体の一部が消えてたなら、それを補うための材料……元素が必要になる。魔力は他から持ってくるにしても、肉体を構成する物質を岩とかから頑張って集めてくるのは面倒だからな。時間もかかるし、『そんな猶予は無かった』ってことだったのかも。
それ故に、多分、俺は……一回、分解吸収された、のではないだろうか。
そして、元々の俺のボディを材料として……五体満足、しかし全体的にサイズがちっちゃい、この小学生ボディに作り替えた、と。そういうことなのでは、ないだろうか。
……まあ、仮定ばっかりの与太話でしかないが、少なくとも、俺の19歳ボディ脚抜きの分解吸収情報が残ってる訳だから……『どうも俺、脚が消えてたっぽい』ということだけは事実。ここだけは、紛れもなく、事実……!
「こわいよぉおおおおおお!」
ということで、怖い!めっちゃ怖い!うわああああ!うわあああああ!考えれば考えるほど怖い!噛めば噛むほど味が出るスルメみたいに、考えれば考えるほど怖いダンジョンホラーだよこれェ!
うわあああああ!うわああああああ!
……そうして一頻り奇声を発しつつスライムの上でゴロゴロもよんもよんしてたら、俺の奇声を聞きつけたミシシアさんとリーザスさんが来てくれた。グッモーニン。
すみませんね、朝から騒音が酷くて。よく俺に言って聞かせますんでご勘弁を……。
「……という話だったのさ。多分」
「な、成程なあ……うーむ」
さて。一通り、俺の仮説に仮説を重ねた砂上の楼閣みてえな仮説を聞かせてみたところ、リーザスさんは悩み、ミシシアさんはぽかん、とした。ミシシアさん、理解が追い付いていないっぽい。まあ、だよなあ……。
「それは中々……その、衝撃の大きい、話、だが……大丈夫か、アスマ様」
「あ、うん。まあ、一通り奇声を発したので……」
リーザスさんは気づかわしげに俺の背を擦ってくれる。あったかい。ちょっと落ち着いてしまう。エデレさんほどじゃないが、リーザスさんも落ち着かせパワーがすげえな。
「しかし……脚を失った、というと……何があったのだろうな」
「さあ……。もうね、次元の切れ目でうっかり切断されたんでも、通りすがりドラゴンのはかいこうせんで吹っ飛んだんでも関係ないかな、って……。原因はもう、どうでもいいかな……。多分、考えても答えは出ないし……」
答えは出ないし、答えが出たところで『ほえー』ってしかならないだろうし。そこは置いておくしかねえな。
……リーザスさんは気づかわしげに俺の脚を撫で始めた。あのね、リーザスさん。それ、おっさんが小学生男子にやると、今のご時世、事案だぜ……。
いや、他意が無いのは分かるけどね。特に、リーザスさん自身、腕と目を失ってた人だから……思うところ、あるんだろうな。いや、でも事案だぜ。
「え、えーと……つまり、アスマ様、一回消えちゃって、それから、できた、ってこと……?」
「うん、まあ、そういうことかな、って思ってる。本当かは分からないけど」
それからミシシアさんがようやく話を飲み込んだっぽい。すまんな、こんな荒唐無稽な話を朝っぱらからいきなりぶっこんで……。
と、俺が申し訳なく縮んでいたところ。
「え、あの、アスマ様……その話が本当だとしたら、さあ……」
「うん」
「……『誰が』アスマ様を、ちびにして治したの……?」
「……うん」
……ミシシアさんが、非常に、俺自身も頭を悩ませている問題に言及してくれた。
そうなのよ。そこなのよ。
俺の仮説、背後にバカデカい問題があって……それはつまり、『誰が俺を治したか』って話なんだよね……。
「……一つには、ダンジョン自身がそういう意思を持っていて、ダンジョンが俺をこうした、っていう説を考えてはいる」
ミシシアさんも気づいちゃったことだし、俺もこのまま胸の中に問題を埋めておくよりは吐き出しちまった方が楽な気がするので、ちょっと口に出してみる。
「『ダンジョンは主を待っている』んだから、まあ、ダンジョンってのには意思がある。或いは、人間から見て『意思』に見えるような仕組みがあって、決まりきった行動をする。そういうもんだ、っていう説」
「ダンジョンの、意思……」
ミシシアさんは何か、納得したような顔をしている。まあ、この説だと、説明できるものが多いからな。
ほら……オウラ様が若返った、っていうのも、ソレかもね、っていう。
オウラ様はダンジョンの主になった当初、結構な御年だったっぽいから。だからダンジョンが、『若返らせておいた方がダンジョンの主としてよくやってくれそう』っていう判断に基づいて、若返らせたとすると、色々と納得がいく。
ウパルパがあのサイズなのも、『元々のサイズだと流石にちっちゃすぎるよ!』っていう判断でデカくしたのかもしれない。
……まあ、この場合、『ダンジョンの主ごとに、ダンジョンの仕組みがちょっと違うっぽい』という問題にぶち当たるんだが。
ほら、オウラ様は『錬金術』で色々やってるっぽかったじゃん。つまり、ファンタジーベースのファンタジーパワーでダンジョンシステムが構築されてた。
一方の俺は科学の徒だからさあ……俺がそういう風に理解してる、っていう以上に、科学ベースのファンタジーパワーでダンジョンシステムが動いてるように思えるんだよな。実際、元素単位、遺伝子単位で分解吸収を把握できるのは俺だけっぽいし。
と、なると……『元々のダンジョンの力って、何?』っていう話になる。
少なくとも、俺の19歳ボディを材料にして、俺の小学生ボディを再構築できるだけの技術と知識があることになるし、それらを実際に使うことができる、ということになる。
なら……ダンジョン自らが主をやれば、よくない?わざわざ外部からダンジョンの主を誘致する必要、無くない?
誘致するにしても、ダンジョンアドバイザーとかダンジョンコンサルの立場で誘致すればいいんじゃない?ダンジョン自身が動けるんだったらさあ。
……と、いうところに考えが至ってしまうのである。うーん、どうなってんだろうなあ……。ダンジョン自身に聞いてみたいところではあるが、ダンジョンに『おーい』ってやっても、空しくこだまが聞こえるだけなのであった。おおーん。
「で、もう1つ、考えてるものがあるんだけど……」
なんか空しくなったところだが、ここからは怖くなるところである。
「……『俺』の前に、ダンジョンの主が居た、っていう説」
「へ?アスマ様の前に?」
ミシシアさんは首を傾げている。リーザスさんは頭を抱え始めた。俺も頭抱えたい。
「19歳の、死にかけの俺が……ダンジョンの主をやっていたんじゃねえかな、って。死ぬまでの、本当に短い間だけ」
「へ……?え、それ、どういう……?」
「……俺が、俺を作った。つまり、19歳の俺と、今の俺は……記憶や人格を引き継いではいても、連続性の無い……そういう存在なんじゃないか、っていう……本当の俺は死んで居なくなって、で、今の俺が、俺に成り代わって、ここに居るだけなんじゃないの、っていう……」
「つまりスワンプマンだよぉおおお!うわあああああ!こわいよぉお!こわいよぉおおおお!俺ってスワンプマンなのぉおおお!?」
「あっダメだ!アスマ様がダメだよこれ!リーザスさん、エデレさん呼んできて!」
「わ、分かった!」
そして俺は発狂した。俺が賢いばっかりに!こういう怖いことに気づいちゃうから!うわああああ!うわああああああ!
……が、一頻り発狂した頃にエデレさんが駆けつけてくれて、そして、エデレさんに抱きしめられつつ『おおよしよし、怖かったわね。もう大丈夫よ……』と優しくゆらゆら揺らされて撫でられていたところ、なんか落ち着いてきちゃったのであった。
人体って、単純である。
「前回の私は死ぬような欠陥品でしたが、今回の私は完璧で幸福な市民です。よろしくお願いします」
「アスマ様、本当に大丈夫……?」
ということで、まあ、一頻り発狂し終えた俺は元気に戻ってきた。ただいま。おかえり。
「まあ、色々と怖くはあるんだけど、そこ怖がってても、もう済んじゃってることだからね……。今の俺は今の俺として、楽しくやっていくしかないし、それが死んだかもしれない過去の俺への供養になるだろうから……」
「割り切り方が凄まじいな……」
ミシシアさんもリーザスさんも、俺よりもちょっと心配そうな顔をしているので申し訳ない。だがまあ、今の俺は完璧で幸福なので、一応ちゃんと割り切りましたよ。はい。
「……まあ、そういう訳で、前向きに物事を考えると、だな……」
割り切った俺は、極めてスーパードライに、そして、科学の徒らしく合理的に物事を考え……結論に至った!
「材料さえあれば、俺のこの体を19歳ボディに置換することもまた、可能なのでは!?」




