ダンジョンからは逃げられない*7
「アスマ様!お疲れ様!」
そうして俺は無事、ダンジョン防衛戦に勝利したのであった。
まあね、こういうのって防衛側に圧倒的な利があるから、そんなに難しいことでもなかったね。結局のところ、『ダンジョンパワーが敵の周辺では使えない』ってだけで、『遠隔操作できるようなものがあればいくらでも敵に作用させることが可能』っていう本質は変わらないからね。
「100人は結構焦ったなあー……」
……とはいえ、まあ、ちょっとは焦ったよ。ちょっとは。うん。ちょっとだけね。
ま、お疲れ様、ってことでいいかな。よし。
ということで、パンイチ通り越してパンゼロになっちゃったラスト5人の侵入者も無事に出荷よー。
「パニス村の牢がこんなにも埋まるとはな……」
「ここまできちゃうと壮観と言わざるを得ない」
……パニス村って、平和な村なのにしっかり牢があるわけなんだが、その牢が見事にミッチミチである。当然である。100人も一気に増えたんだからな!……いや、100人全てが生きたまま入ってるわけじゃないんだけどね。やっぱり捕虜は多い方がいいな、とは思うけど、手加減してこっちがやられる方がまずいんで。
尚、今回も牢の番を務めてくれるのは、頼れる冒険者達である。今日も元気に『汚物は消毒だーっ!』といいながら牢の廊下の掃除をしていたり、『ようこそ!ここはパニス村地下牢だよ!』ってやってたりする。こわい。
……と、まあ、俺も一緒に廊下の掃除しようかな……と掃除し始めて、『掃除するぜ掃除するぜ!俺は掃除するぜ!』と別の冒険者もやってきた、そんな折。
「お、おい!そこのガキ!ここから出せ!」
そんな声が聞こえてきた。そしてこの場にはガキは俺1人しかいないのである。ということは俺に対して言ってるんだろうなあ、と思いつつ声の方を見てみたところ……。
「……そうだった、この人、パンツすら無いんだった」
パンゼロの騎士インザ牢屋!なんか非常にビジュアルが悪い光景がここにあった!
とりあえず、パンツは支給した。流石にね、目の前でブラブラされてるとちょっとね、落ち着かないからね……。
で、パンツ履いてもらって、改めて掃除を再開したところ。
「だ、だから!ここから出せって言ってるだろうが!聞こえないのか!このガキ!」
何?パンツまた剥ぎ取られてえのかこいつはよォ。……いや、剥ぎ取らないけど。パンツは剥ぎ取らないけどさ……。
だが、このまま言わせっぱなしってのもアレだなあ、と思ったので、俺は、隣の冒険者に『俺の分のホウキとちりとり、片付けといてね。あ、舐めないでね』と掃除用具をパスして、牢屋の前へ。
「出さねえよバーカ!黙ってろハゲ!パンイチ野郎!」
そして早速、小学生ボディを生かした低レベルな悪口で応戦する。売られた喧嘩は買い叩いてやるぜ!
……尚、この低レベルな悪口を言うために、俺は今、ダンジョンの主の腕輪は隠しております。長袖って便利。ありがとう長袖。
「お、おい!このままあのダンジョンを放っておいていいのか!?あんな危険なダンジョンの前に村を構えるなんて正気の沙汰じゃない!」
すると、相手もなんか知恵を回した交渉を試みてきた。いや、小学生ボディにそれ言ってもしょうがないでしょうがよ。村のガキだと思って好き勝手言ってくるなあ、んもう。
「俺達ならあのダンジョンを攻略できるぞ!そうすれば村は平和に……」
更になんか交渉しようとしてくるんだが……交渉のターンはもう終わっているのだ。
「いやいや、なんでこのダンジョンがさ、わざわざあんた達を迎え入れたと思ってんの」
「迎え、入れ……?」
「あのな、あんた達はダンジョンに侵入したんじゃなくて、侵入『させてもらった』んだよ。帰り道、振り返ってみた?侵入したところ、塞がってただろ?」
俺が説明してみると、『そんなはずは』とか言いつつ、青ざめ始めてしまった。あああ、退路の確認はしてなかったのか……。大丈夫かなあ、この人。
「で、なんでダンジョンがそんなことしたか、って言ったらさ……パニス村の為だよ」
しっかり相手の目を見て告げると、『よく分かりません』みたいな顔をされた。まあ、だろうなあ。
「あんた達を、逃がさないためだ。これ以上あんた達がのさばるのを、ここで食い止めるためだよ」
逃がさんぞ、という気持ちを込めてじっと見つめてやると、じわじわと、俺の言うことが分かってきたらしい。少なくとも、『罠にかかった』ぐらいの自覚は持てたと思う。多分。
「ば、馬鹿な!ダンジョンが、侵入者を逃がさないように、だと!?そんなこと……」
「知らなかったのか?ダンジョンからは逃げられない……!」
いや、普通のダンジョンは多分、逃げられる。じゃないと『入った者が誰一人として出てこない恐怖のダンジョン』とかってことでもっと知れ渡ってると思うし、現に、普段のパニス村ダンジョンは普通に入って普通に出られる愉快なダンジョンである。
が、今この時限りは、ダンジョンはこいつらを逃がさない!絶対に逃がさない!
これ以上この教会と大聖堂と第二王子派のごたごたが続いてたまるか!これはここでケリをつけるんだよォーッ!
はい。ということで、俺達の仕事はここまでである。後はラペレシアナ様にお任せ。
ラペレシアナ様達に連絡を入れたら、大喜びで捕虜を引き取りに来てくださる旨の返信があったので、俺達はラペレシアナ様お出迎えの準備をしつつ、村の補修とかをやっと進めることになったのだった。
「さて……この壁、どうすっかなあー」
まず、考えなきゃいけないのはこの壁。城壁である。
城壁つったってね、壁の中に入ってるのが城じゃなくて村なんだから名前負けもいいところなんだけれどね。まあ、村の物々しさが増しちゃうから、この壁は取っ払った方がいいかなあ、と思ったんだが……。
「あら、アスマ様。この壁、片付けてしまうの?」
エデレさんが、ちょっと困ったような顔でそう言いつつやってきたのである!
「あら、エデレさん。この壁、片付けなくてもいいんですか……?」
そんなことあるぅ?と思いつつ聞いてみたら、エデレさん、深々と頷いてくれちゃった。あらあらあら。
「勿論。こういう風に、高い壁と深い堀があったら安心でしょう?まだまだ魔物も多くいるんだろうし、今後、何があるか分からないし……」
「そう……?」
魔物については、近隣のダンジョンを片っ端から奪い返すことに成功してるんで、もうそんなに大量発生はしないと思う。
ついでに、流石にこれでそろそろ、教会と大聖堂は全面的にぶっ潰して終わり、ってことにできると思うから、今後そこ関係で何か起こるとも思えない。
で、第二王子派についても……ラペレシアナ様達がやることであって、こっちにまで飛び火するとは、あんまり思えないんだよなあ……。
という状況ではある、のだが……。
「ええ。何より、不審者が入ってくる場所が限られることが大事なのよ!」
……エデレさんの力説に、俺、流石に考えを改めることになりそうである。
「ふしんしゃ……?」
「ええ。そうなの。最近、スライムの需要が高まってるでしょう?それでいて、パニス村には大人しくて可愛らしいスライムが沢山いるじゃない?」
「うん」
そりゃあね。うちのスライムは天下一品のスライムですよ。
大人しくて賢くて、気ままで勝手でのんびりしてて……あと、艶がよろしいしもっちりと柔らかな弾力もほどよい。
が、まあ……エデレさんの言葉の続きは、なんとなく、予想できちまうなあ!
「最近、増えてたのよ。スライム泥棒が……」
「スライム泥棒が!?」
……そんなものが存在してたのね!?そういうの、あったのね!?俺、びっくりだよ!
「スライム泥棒……そんなもんが居たとは……」
「ああ、大丈夫よ、アスマ様。そんなに思いつめなくても。ちゃんと、盗まれそうになっていたスライム達は冒険者達が回収してくれたし、スライム泥棒は片っ端からボコボコにしてくれたの」
ああ、あああああ……ありがとう冒険者達。でもその、『ボコボコに』っていうのは……いや、いいや。俺は考えるのをやめた。
「『パニス村のスライムを攫おうとすると、厄介な連中に目を付けられてボコボコにされる』って噂が広がってくれているみたいだから、直近ではスライム泥棒も見なかったのよね。まあ、本当に直近は、スライム泥棒どころじゃなかった訳だけれど……」
「魔物とファイアーでそれどころじゃなかったからね……」
直近のこの村にスライム泥棒に来るガッツがある奴が居たら、そいつらは多分、ここの冒険者達と友達になれるタイプの奴だったと思うよ。うん。間違いない。多分、よくナイフ舐めてる冒険者とかと仲良くなれるタイプ。
「これからまた噂が薄れてきた頃、スライム泥棒が出るかもしれないわ。でもその時、壁があって、門が限られていたら、そこにだけ門番が居ればいい話だもの。村の治安維持にも繋がると思うの」
まあそうね。『防衛にこれだけ金をかけている村です!』っていう分かりやすいアピールは、分かりやすく抑止力になる。それは俺にも分かるぜ!
「これからのパニス村は交易拠点としても展開していくことになりそうだし、そうなると、いよいよ検問は必要でしょう?」
「成程なあー。そっか。そういうことなら、この壁はこのままにしておくよエデレさん!」
「ありがとう、アスマ様!……ふふふ、どさくさに紛れてこんなに立派な壁ができて、本当に嬉しいわ」
……ということで、このやたらとゴツい立派な城壁はこのままになることになったのだった。
物々しさも、防犯のためだと思えば頼もしいと言えるだろうし。まあ、そうだよね。有名になって来村者が増えていくなら、こういう整備もまた、必要なのであった。
維持する方向で決まっちゃったので、城壁の補修を行った。ついでに、酸化チタンで塗装しといた。雨が降ったら汚れが勝手に落ちる、便利な壁の出来上がりだぜ。
……尚、この城壁の補修については、聖女サティにもお手伝いしてもらっちゃった。
「この壁に祝福あれー!」
……聖女サティが元気に宣言した途端、城壁が金色の光に包まれた。おお、めでたい壁ができちまったぜ。
まあね……これからは教会の『祝福』も、全体公開されてあちこちで使われるようになっちゃうのかもしれないし、或いは逆に、完璧に淘汰されて消えていくのかもしれないけれど。
こういうところにちょっと残しておくのは、悪いことじゃないと思うんでね。自然も科学もファンタジーも、多様性と種の保存は大事だぜ。
「あの、アスマ様……」
「ん?どしたの聖女サティ」
で、働いてくれた聖女サティ、ちょっともじもじしながら、俺にこそっと耳打ちしてきた。なになに。何があったの。
「……スライム、さわってもいいですか?」
……うん。
「どうぞ!思う存分!いっぱいどうぞ!」
そういうお願いならいくらでも聞いちゃうぜ!このスライム達がな!ということで、サンバホイッスルを吹き鳴らしたところ、もっちりもっち、もっちりもっち、とスライム達がまったりと、まったく急ぐことなく駆けつけてくれた。マイペース!
……そして、そんなスライム達の中に、聖女サティは存分に埋もれ、楽しんでおられるようであった。よしよし。子供はこういう風にのびのびもっちりしてるのが一番だぜ。
……ところで。聖女サティって、この後どうするんだろうなあ。
教会と大聖堂が潰れたら……いよいよ、親元に帰れる、んだよな?




