ダンジョンからは逃げられない*6
そうして侵入者残り55名は、温泉と、温泉に浸かってぐったりしているパンイチの捕虜達を見つけることになった。
尚、申し訳程度に『酔っぱらって温泉で寝ちゃったっぽいですよ』要素として、桶に入れた酒のグラスを温泉に浮かべてあります。
当然のように、侵入者達、困惑。そりゃそうだ。なんだって、さっき見捨てたやつらが温泉に入ってのんびりぐったりしてるんだって話だよ。しかもパンイチだし。
……が、パンイチ、っていうのが、彼らにとっては不思議だったっぽい。
ダンジョンが『意識を失った人間からは装備だって分解吸収で奪える』ってことを知らないのかもしれないが、まあ、『パンイチってことは、自ら服と鎧を脱いだに違いない!』っていう推理をしていたよ。
で、だ。
……当然のように、『これは罠じゃないか?』っていう奴らと、『俺達が色々と大変な思いをしている間に温泉に入っているとはけしからん!懲らしめろ!』っていう奴らと、『とりあえず救助しない?』っていう奴らとで議論が始まっちゃった。まあ存分に議論してください。
そうしてのんびり議論してもらっている間に、捕虜が起きる。えーとね、クソデカスライム君がつんつんやって起こした。
途端、『うわっ!?』とびっくりして起きる訳だな、捕虜が。
で、捕虜が声を上げるから、他の55人も『あいつ起きたぞ』って気づく訳だ。そして起きた捕虜は、自分の状況を把握しきれずに、慌てて周囲を見回して、自分の恰好を見て……『なんか、酒と温泉があって自分はパンイチで温泉に浸かってますね』っていう状況をようやく飲み込む。
ついでに、『55人程度の仲間達が、自分達を訝し気な目で見ていますね』っていうことも、分かるわけで……。
「ご、誤解です!これは罠です!気を付けてください!」
捕虜は、大慌てでそういうことを言う訳だ。だが、そうやって慌てて言い出しても、まったく信憑性が無い。ただ、『自分が温泉に入って酒飲んでのんびりさぼってたのを誤魔化すために慌てて罠を訴えているだけのクズ』っていう風に見える。
特に、最近の周辺ダンジョンの変貌をどこかで聞いているのなら、『なんか突然、ダンジョンが温泉になった。酒になったダンジョンもある』とか、色々知ってるだろうし。となると、ダンジョンの中の温泉に浸かってる奴、っていうのは、自然と『そういうものだ』と思われちゃうってわけで……。
……よって、55人の方は、『あんなクズは懲らしめてやらねば!』ってなったり、『とりあえず温泉から引きずり出すぞ』ってなったり……とにかく、『本当に罠かもしれない!』って警戒する奴が誰も居ないまま、動き始めちゃったのである。
その瞬間、落ちてくる檻。
とはいえ、そこはファンタジーな奴らだ。檻の中に閉じ込められた奴らはそう多くない。だが、檻はしっかり、温泉とそれ以外を分断するように降ってきている。
これにより、『行こうかな、やめとこうかな』となっていた奴らと『さっさと助けに行こう』『アイツらさぼりやがって!』の奴らが分断された。
更に、その瞬間を狙って動き出す罠。壁からは納豆矢。天井からは二酸化炭素。
そして温泉の中では……スライム!
『行こうかな、やめとこうかな』の連中、40人程度は助かる奴が多かった。矢が刺さっても、ポーションでどうにかなったし。二酸化炭素は謎パワーで防いでたし。
が……温泉に入っちまってた奴らは助からない。
矢を避けようとして初めて、自分達がクソデカいスライムに拘束されていることを知り、即座にスッ転ばされ、そこに矢が降り、身体能力が滅茶苦茶に向上しているムキムキスライム達に絞められ、かつ、二酸化炭素の相手をしなきゃいけない。
……不意打ちと多段攻撃がこいつらの弱点、っていうのはもうわかってるからね。これで捕虜除く15人程度を見事、片付けることに成功した。
更に。
「蒸気機関っていいね!」
無事に逃れた連中へ突っ込んでいくのは、蒸気機関車である。
……運転手とか居ない。ただ、蒸気で車輪回して突っ込むだけの、大砲みてえなもんである。ラペレシアナ様リスペクトで、機関車の前面には槍つけといた。あと納豆。
連中、『見たことのない魔物だ!』とか、『なんだアレは!?蒸気を吐き出しているぞ!?』『ということは、炎の魔物か!?』とか、なんか好き勝手見当違いなことを言っていた。まあ、炎の魔物と言えばそうなんだが、水の魔物と言っても間違いじゃないのよこれ。
蒸気機関車を数台突っ込んだら、もう、残っていた40人も半分ぐらいになっていた。
いや、中にはファンタジーパワーで蒸気機関車を真っ向から受け止めようとするバケモンとかも居たんだけど、まあ、重量ってパワーなんでね。鉄と石の塊である特攻蒸気機関車が真っ向からファンタジー野郎に衝突して勝つシーンも見られて、俺は満足だ。ファンタジーに科学が勝ったぜ!
捕虜と温泉の方をしっかり完璧に片づけたスライム達は、ここでそっと退避。何故かって?この後があるからだよ。
……で、スライムがしっかり移動してスタンバイしてくれたところで……俺は、エルフ相手にもやったアレをやる。
即ち、ダンジョン丸ごと天地返しである!
「ここまでやっても生き残る奴っているんだなあー」
……そうして生き残りは5人となった。いや、他は生きててもしっかり捕縛してパンイチにして出荷したんだけどさ。
なんで5人も、生き残ってんの……?っていうところで、俺の頭の上には疑問符が滅茶苦茶浮かんでるぜ!
天井が床になって、しかもその天井、トゲトゲにしてあったもんだから、天地返しした瞬間にいきなりトゲ床にたたきつけられるようなモンなんだよね。なのにそれを回避して生き残った奴らが、5人もいるって、さあ……。
……ファンタジーって、何なの?何をどうやったら、床が天井になるような条件下で、生き残れるの?俺、全然わかんないよぉ……。
だがファンタジーに負けてなどいられない。あと5人。あと5人をなんとか片付けなければならないのだ。
……が、この5人、なかなかどうして仕留められてくれない。一応ね?ちゃんと、二酸化炭素ぶち込んだり、液体窒素ぶっかけたりしてはいるんだよ?いるんだけど、でも、こいつら全然大丈夫っぽいんだよね……。
多分、ファンタジー民の中でもかなり上位の存在なんだろうなあ。要は、二酸化炭素バリアーを体の周りに張り巡らせながら液体窒素を防ぐバリアーも展開しつつその場を脱出するために動ける人、ってことなんだし。それができない奴らが95人程度、ここまでで脱落してきたわけだし。
「アスマ様。どんな状況だ?」
「えーとね、めっちゃ手強いのが5人、残ってるね」
俺はリーザスさんにそう返しつつ、『どうしようかなあ』と考える。
天地をひっくり返してもダメっていうことなら、いよいよ打つ手があんまり無い。
大爆発させてダンジョンごと埋めるにせよ、こいつらの類稀なるファンタジーパワーでご都合よく切り抜けられちゃう気がするしなあ。絶対にこいつらを仕留められる方法を用いたいところなんだが……うーん。
……となると、やはり、ファンタジーにはファンタジーで、ということになるだろうか。
ちょっと悔しいけどね。いや、しかしね、科学ってのは、現象を見て、現象の中に未知を見つけて、それを解明したり再現したりするのも科学だと思うんだよね。
つまりこれは……科学!
「やっぱり温泉に浸ける!」
「またアスマ様がおかしくなった!」
これは科学!これは科学なのだ!見てろよ理不尽ファンタジー!俺の科学力が火を吹くぜぇえええ!
そう!お前らの相手をするのは……俺がこの世界で一番苦戦させられた『空飛ぶ馬車』の解明の時の副産物……!
「『もっちり柔らかの魔力』の出番だ。……あいつらをもっちりやわらかにしてやる!」
「どういうこと!?」
あいつら全員、やわらかくなっちまえばいいのさぁああああ!ヒャッハアアアアア!
ということで、俺は分解吸収再構築で、『もっちりやわらかの魔力』を大量に構築した。
この『もっちりやわらかの魔力』、当然ながら、スライム固有の魔力である。低濃度条件下では、人体に対して『お肌が柔らかくなり、ぷるるんもっちりの良いお肌に!』という効果を及ぼす。
そして、魔力が水に対して働いている時、水はもっちりもよよんとしたゼリー状、そしてゴム状に固まる。おかげで車のサスペンション代わりのものが作れたんだな。
……だが、やっぱり、気になるじゃない。科学の徒としては、気になるじゃない。
『じゃあつまり、ジュースにスライム入れて煮たらフルーツゼリーができるし、ワインにスライム入れて煮たらワインゼリーができるんじゃないの!?』と。
……で、そんな折、俺はワインゼリーを作ろうとしてたんだよ。ほら、パニス村の新しい商品開発ってことで。
が、どうも、非加熱のワインにスライム入れて低温で煮ると、なんかその『もっちりやわらかの魔力』がワイン自体に作用しないっぽくてね……。全然固まらなかったんだよね。ふしぎ。
……じゃあこれ使えるんじゃね?ということで、俺は今、大量の『もっちり柔らかの魔力』をぶち込んだワインを用意しています。
……俺はガスマスクやら防護服やらでしっかり防御態勢になりつつ、侵入者5名の前に姿を現した。
背後には宝玉樹。如何にも、『ここがダンジョンの最奥です』っていう具合にしてある。
「ようこそ、侵入者諸君。100人近く入ってきて、生き残ったのは君達5名らしいな」
俺がそう前口上を述べてみたところ、相手5人は険しい表情で武器を構えた。
……こいつら、教会とか大聖堂とかの連中だからな。俺の腕にある腕輪がどういう意味を持つものなのかは知ってるだろうし、俺を殺しにかかってくることは間違いないって訳だ。
「まあいい。君達は楽しませてくれるんだろう?呆気なく死んでいった連中とは一味違う、という訳だ」
俺はそう喋りながら、ちらっ、と向こうの様子を確認。
……5人とも、じりじりと動いている。俺が隙を見せた瞬間に動いて、俺の首を刎ねるつもりなんだろう。おおこわいこわい。……いや、割とマジで怖いよ、これ。でもね、まあ、ここで怯んでるわけにはいかないんでね……。
「ならば……君達の実力を見せてもらおうじゃないか!」
俺が両腕を広げて、如何にも『何かやります』みたいな素振りを見せた途端、奴らは襲い掛かってきた。
で、その瞬間、天井から降り注いだワインを、彼らはもろに浴びた訳だ。
「はい。超高濃度『もっちりやわらかの魔力』を浴びるとどうなるか。その答えがこちらですね」
そして俺達の目の前には……侵入者5名が、無残な姿でそこに居た。
「……装備が全部、スライムになっちゃうんですよ……!」
そう。彼らの鎧も服も、パンツすらも!
それら全てがもっちりと柔らかな……スライム状になってしまったのである!
そしてスライム状になっちゃった装備は、ぬろんもちっ、と消えた。パンツすらも逃げ出した。
「……怖いな」
「怖い!怖い怖い怖い!怖いよアスマ様ぁ!」
「だよねえ、俺も怖いよぉ……」
一瞬で装備に逃げられた侵入者5名は、その隙を突かれてあっという間にクソデカスライム達によってお縄になってしまった。
……こうしてダンジョン防衛は無事に終わった訳だが、俺は思う。
ファンタジーって、こわい。




