世界樹*3
『ポーション』を作ったのは、まあ、割と最初の方……パニス村の人達がスライム畑を世話しに来るようになってすぐ、くらいだった。
えーと、ほら、ミシシアさんが薬草の種、くれたじゃん。あれをスライムに植えて、薬草スライムがもっちりもっちりと活動するようになったんだよね。
……で、スライムの頭からにょっきり生える薬草は、ちょいちょいミシシアさんによって摘み取られて、俺が再構築で出した水と一緒に煎じられて、村の病気の子の薬になった訳だ。
他にも、農作業中の人達がちょっと怪我した時なんかに、薬草はそのまま摘み取られ、生の葉っぱを揉んで傷口にペタッと貼る、という方法で利用されたり、エデレさんのスープに入れられたりして活用されていた。
……で、そんな薬草も、まあ、スライムに生えてる以上は、爆速で育っちゃうわけである。
あまりにも爆速で育つから、俺も時々摘んでは分解吸収してたんだけれど……ふと、そこで思ってしまった訳だ。
『これ、薬効成分だけ再構築したらどうなんの?』と。
ということで、俺は薬草の『薬効成分』とは何か、というところから分析し始めたわけだ。
その結果、『ここらへん、もう元素の話じゃないっぽい』ということが判明した。
まあ、言っちまえばファンタジー成分だ。元素ではなく、魔力の配列によって構成されるブツ。それがこの薬草の中にはあって……いや、正確には、薬草のみならず、この世界のありとあらゆる物質の中に多かれ少なかれ存在していて……それが、ファンタジーな効果をもたらしてくれるらしいんだよな。
ようやく分かってきたんだが、まず、魔力には実体が無い。というか、質量が無い、っていう方が近いか?うん、まあ、そんなかんじ。で、その魔力にも色々な種類があって、その色々な種類の魔力が色々な組み合わさり方をして、ファンタジー成分になっていく……ってかんじだな。
……まあ、元素で分子ができていくのに近いものがある、のかもしれない。もっと言うと、特定のアミノ酸が特定の配列で組み合わさることで別種のたんぱく質が生まれて、それが特定の作用を持つ、ってのと似てるかも。
アドレナリンとかのホルモンだって、実質タンパク質な訳だし。人間はあれによって瞬間的な身体能力向上みたいな効果を得られるわけだし。あれの、もっと効果がデカくてわけわかんねえのが、魔力によるファンタジー成分。そういうかんじ。
……ただ、問題は、この世界の人々の多くがそこらへんを理解してないっぽい、ということなんだよな。
俺は、『魔力=元素』、『魔法≒ファンタジー成分=魔力が組み合わさったもの=分子』ぐらいのかんじに把握してるんだけど、この世界の人からしてみりゃ、元素も分子も全部『魔力』らしい。
なんかね、ミシシアさんの話を聞く限り、『効果が違う魔力はそれぞれ違う魔力』って認識っぽい。元素の組み合わせ、っていう感覚じゃなくて、1つ1つ、そういう根本からして全く別の種類の魔力がある、っていう感覚らしいよ。
……つまり、まあ、こういう風に魔力を分解吸収して再構築できる、ってのは、ダンジョンパワーの超特大アドバンテージっぽいからな。大事にしよう。
……ということで、俺の手元には、『滅茶苦茶傷に効くポーション』があるわけだ。
えーとね、本当は、病気に効くやつを作りたかった。村には病気の子が居るからね。
ただ、薬草に含まれる魔力の配列だと、『傷、身体の損傷に効く』ってかんじのものらしくて……病気には微妙に効きが悪かった。
まあ、炎症を抑えるとか、壊れちゃった筋組織の修復促進とかには役立つわけで、対症療法にはなるんだ。
おかげで、病気の子も少し症状が軽くなってきてるんだけどな。楽になった、とも言ってくれてるし。でも、より即効性を感じられるのはやっぱり……外傷に対して、ってところなわけよ。
「えーと、この人……よかった、まだ息はあるよ!」
「よしよしよし、えーと、じゃあまずは……ぶっかけとくか……」
「掛けたら念の為飲ませておこうね」
ということで、俺とミシシアさんは早速、隻腕隻眼の人にポーションをぶっかけて治療した。彼の胸には冒険者崩れにやられたんだろう刀傷ができていて、血が溢れていた。放っておいたら命に係わることは間違いないし、治療しないわけにはいかない。
……なんでか分からないけれど、俺を逃がそうとしてくれた人だ。そのせいで、怪我を負ったわけだし……その恩返しくらいは、したいよな。
そうして、隻腕隻眼の人の胸の傷はポーションで綺麗に治った。
……治っちゃうから怖いんだよなあこれ。まあファンタジー世界のことだと思って諦めてるけど……。
「えーと、じゃあ内服もさせておくね。ミシシアさん、この人の頭ちょっと持ち上げられる?」
「任せて!」
それから、ミシシアさんと協力して、なんとか飲ませることもできた。……このポーション、外傷に効くし内服もできるもんらしいし、本当に分からん。俺にファンタジーは難しすぎる!なのでファンタジーアドバイザー・ミシシアさんが居てくれて本当に助かってる!ありがとうミシシアさん!
さて。
……ひとまず、隻腕隻眼の人は、容態が落ち着いた。薬草ポーションで無くなった腕とかが治る、ってことは無かったけど……。
まだ意識は戻ってこないが、少なくとも出血は止められたから、放っておいても死ぬってことは無いだろう。
「……え、ええと、一応、念のため、檻には入れさせてもらおうか……」
「そうだね、アスマ様……」
だが、まあ、心配は心配なので……ダンジョンのトラップを利用して、檻には入れさせてもらう。隔離目的も兼ねて……。
で、だ。
「……残りの人達は、どうする?」
「……どうしようね」
当然、残りの人達が居る訳よ。
冒険者崩れのゴロツキ達が、転落時に気絶したまま静かにしてるか、ミシシアさんの矢にやられて動けなくなって呻いているか……まあ、とにかく、居る訳よ。
「こっちは、トドメとか……いや、えーと、こういう時、どうするのが正しいの?」
「え、えーと、えーと……ごめんねアスマ様!私、人間の法には全然詳しくないの!」
「今までこういう時ってどうしてたの!?」
「エデレさんが処置してくれてた!」
……成程ね。俺達、あまりにもこの世界の常識とか法律とか、知らない訳ね。うん。
えーと……何、この世界、現行犯逮捕とかあるの?というかそもそも、逮捕っていう概念ある?もしかしてちゃんと禁固刑とかあるの!?それとももしかして、殺人未遂は死罪!?あっ、私刑上等なかんじだったりする!?
駄目だなんもわかんねえ!誰か俺にこの世界の司法について教えてくれーッ!
「駄目だ!エデレさんに聞こう!聞いてから処置を決めよう!」
「う、うん!私もそれがいいと思う!そうしよう!殺すのは後でもできるもんね!」
……ということで、俺とミシシアさんは、ひとまずゴロツキ達の酷い外傷だけ治して、ガッチリ縛り上げて、気絶させて、檻に入れて……後は、エデレさんに助けを求めるべく走るのであった!
ああーッ!恰好つかねえーッ!
……ということで。
俺は洞窟最深部から続く通路の先で、村の皆と再会した。ただいま!
エデレさんは感極まって俺とミシシアさんをぎゅうぎゅうやってくれたし、ついでに俺はそのままノリと勢いで、村人達に胴上げされた。わーっしょい。わーっしょい。
……で、胴上げはさておき。
「ええと、捕縛した冒険者達の処遇、よねえ……?それなら、近くの町のギルドにお願いして、身柄を引き渡しましょうか」
エデレさんがアッサリと、そう決断してくれたので助かった。
成程ね。町のギルド。そういうのがあるのか……。
俺とミシシアさんは『成程そういうのがあるのか』と勉強になった。……お互い、この世界の人間のことはよく分からないからね。エデレさん達が居てくれてよかったね。
「そうすると褒賞金も出ることだし……」
「お金になるならその方がいい!」
「お金になるならその方がいいね!」
……ね。ただ命を奪っちゃうよりは、お金になった方がいいよね。パニス村の復興資金に充てることもできるわけだしさ……。
ということで、ゴロツキ達は一旦、牢屋に入れておくことにした。
ただ、ダンジョン最深部の檻の中に入れておく、ってのは、今後のことを考えて何かと都合が悪いので……とりあえず、洞窟の外には出すことにした。
ということで、村の皆を入れた後に塞いだ部分の壁を分解吸収で退かして、そこからゴロツキ達を移送することにしたわけだ。
……えーと、うん。『分解吸収』、できちゃった。
なんでだろうなあ……さっきはできなかったんだが。
このあたり、ちゃんと検証してみないとなあ……。しっかし、村の人が居る分には色々できてた訳なんだし、これ、どうやって検証すりゃいいんだよ。もうそこからして俺、分かんねえよ……。
……で、洞窟の外に牢屋を作った。
しっかりガッツリ、岩と鉄でできた牢屋である。そこに、ダンジョン最深部から洞窟入り口までの通路を経由して、捕縛したゴロツキ達を適当に入れていくことにした。
「くそっ!離せ!」
「誰が離すもんですか!大人しく反省してなさい!」
ミシシアさんはゴロツキ達を村の皆と一緒に運びながら、心底お怒りの様子である。まあ、そうだよね……。
尚、俺は非力な小学生ボディであるが故に、『がんばれー』と皆を応援する係である。ごめん。でも流石に、大人を運ぶ筋力は無い。
と、そんな折。
「リーザス、てめえ……荷物持ちの分際で、よくも……裏切りやがったな……!」
運ばれていたうちの1人が、そんなことを言いながら、別の運ばれている人を睨んでいた。
えーと、こいつは最初に俺を抱えて、俺の首筋にナイフ当ててた奴。そして、『裏切った』と憎悪をぶつけられている人は……隻腕隻眼の、あの人だ。
「……子供を売らなきゃ生きられないっていうんなら、俺達なんてもう死んだ方がいいさ。そうだろ?」
……彼は片目の無い顔で疲れたように笑ってそう言うと、片腕の無い体を引きずるようにして、連れて行かれた。
腕とか目とかが無いのは……なんだろ。やっぱり、最近まであったっていう戦のせい、なんだろうか。だとしたらやっぱり、彼らがゴロツキをやっていたのは、そういう……戦のせいで職にあぶれたとか、そういう事情も、あったんだろうか……。
後味は悪いが、まあ、一件落着ではある。
ダンジョンの罠じゃなくてミシシアさんの世界樹と弓の腕で侵入者を撃退する、っていう、全く予想外な展開になりはしたものの、まあ、ミシシアさんとしては嬉しいみたいだし、これでよかったんだと思う。
……と、いうところで。
「で、ミシシアさん。あのさ、世界樹って、何?」
俺は、俺のダンジョンの最深部にでっかく生えた、例のアイツについて聞いておかねばなるまい!




