チェーン展開*3
「はい、ここのダンジョン名物、ラベンダーの薬湯温泉だよ。いっぱい浸かっていってね。ここに手ぬぐい置いとくね」
「な、なんだここは……?」
「ここは、ダンジョンでは……?」
「いや、ダンジョンだけど……?」
はい。
困惑する人間達を連れて下り階段を下りていった先には、温泉。
……これが、カラス君に改築しておいてもらったダンジョンの姿!そう!即ち、温泉体験コーナーである!
ということで、俺は侵入者諸君の武装を解かせて服を脱がせて、さっさと温泉に入れた。ちゃぽん。
「いい香りだな……」
「でしょ?ダンジョンごとに色々とお湯の違いがあるけど、ここのダンジョンのお湯はこの香りが特徴ね。温度はややぬるめだから、のんびりゆったり浸かるのに適してるぜ!」
困惑する人間達は、押し切れば押し切れる。そして、『退路は無いぞ!』と、『温泉に入れ!』は両立する。怯えながらもリラックスする、というよく分からない状況に追い込めば、奴らの正常な判断力なんて消し飛ぶって訳よォ!
「はい!冷えたお酒もあるよ!どうぞ!」
「あ、ありがとう……?」
そしてミシシアさんがにこにこしながらお酒を配って歩く。尚、カラスはウパルパとは違ってそんなに酒飲みじゃないので、度数弱めで甘めのやつである。まあお酒であることは間違いないので、これも正常な判断力を消し飛ばしてくれる代物である。
「あと飯!飯も食ってけ!いっぱい食ってけ!」
「食事も!?」
……更に食事も与えれば、完璧である。最早、彼らに正常な判断力は無い。当たり前である。何この状況。
「あの……これは一体、何なのだ?」
ということで、当然ながら当然の質問が出てきた。そうだね。そりゃ気になるよね。当たり前だ。
「ん?ダンジョンに来たんだからそりゃ、こうなるに決まってんだろ」
が、ここは俺の面の皮の厚さに慄いていただこう。俺はこれを、表情一つ変えずに言うことができるんだぜ。
「ダンジョンに、という、と……?」
「え、あの、まさかお前ら、本当に何も知らなかったの……?」
俺は、『あらー』みたいな顔しつつ、言ってやった。
「ダンジョンってのはね……温泉を広めるためのものだよ……?」
「温泉を……!?」
はい、俺名物、嘘八百源泉かけ流し!ゆっくりしていってね!
「温泉を……!?」
「うん。というかね、食事でも酒でも温泉でも、心地よいものを生み出してより良い生活を生み出す存在、それがダンジョンなんだよ。本来は。本来はね」
俺は考えた。
ここで第二王子派の奴らを捕まえて処理しちゃうってのも、手だろう。或いは、第二王子派の奴らを捕虜にして、第二王子の行動を縛るってことも、考えた。
……が、多分、それって効率が悪い。
第二王子が、こいつらを切り捨てる可能性が大きいからだ。
多分、教会と大聖堂と第二王子派だと、第二王子派が一番デカい組織ってことになると思う。複数の貴族が関わってると思うし。あと、財力が一番デカい。
なので、人員の代わりはそこそこ居るんだと思うんだよね。勿論、こいつらはかなり第二王子に近い位置に居る連中なんだろうし、こいつらの代わりが居るかっていうと微妙だが……まあ、こいつらをここで始末しちゃったとして、第二王子派の戦力を削ぐには、あまりに足りないと思う。
なら簡単だ。
奴らを利用して、もっと大きな成果を出すのだ。
……俺達が必要としているのは、時間稼ぎ。俺達が、ダンジョンを、そしてダンジョン最奥の異世界へ通じる割れ目を消す方法を見つけるまでの時間が欲しい。
であるからして、俺は、こう考えたのだ。
『こいつらに偽の情報持って帰らせて混乱させよう』と。
「特にここ最近はその傾向が強くてね。王都の金鉱ダンジョンとかもそうだけど、どのダンジョンも頑張って宿泊施設とか温泉とか整備してるってわけよ」
「そ、そうなのか……?」
そんなわけないだろ。
ないのだが……まあ、ここは俺の嘘八百の奔流に流されて頂く。
「ところがどっこい、最近、大聖堂が大失態やらかしたらしいじゃん」
「あ、ああ……」
「で、そうなると国民の信仰が大聖堂じゃなくて、もっと心地よくて素晴らしいものに流れがちじゃん?実際、王都北東部ってそういう傾向強いし。『祝福』が無くても人が生活できるようになっちゃうと、奴らとしては困るらしいじゃん?」
根拠がある話なだけに、彼らは『本当にそうなのかもしれない』みたいなことを考え始めたようである。ありがてえ。そのまま勘違いしてくれ。
「だから、大聖堂の連中がダンジョンを潰し始めたんだよね。温泉といい畑と美味しい酒とで人心を集められたら困るから、ってさ」
「そ、そういうことだったのか……」
まあ、滅茶苦茶間接的には、合ってるのである。大聖堂は自らの支持拡大のためにダンジョンを潰したいのである。だからそこは間違っていない。間違っていないのだが……。
「ならば、魔物は?何故、最近になって魔物が急激に生まれ始めている?」
「そりゃ、大聖堂か教会かが下手にダンジョン潰したからだよ。大聖堂も教会も、ダンジョン制覇に妙な手を使ってるらしくてな。そのせいでダンジョンが暴走して、魔物を大量に生み出すようになっちまったんだ。詳しくは俺も知らね」
俺の言葉に、彼らは大変困惑した様子である。いいね。どんどん困惑してくれ!あとお酒もどうぞ!にこにこ笑顔のミシシアさんがどんどん容赦なくお酌していくぜ!……ミシシアさん自身はザルもいいところなんで、もう、本当にお酌のペースが容赦ない。すげえ。空いたら空いた分だけ注いでるよ。こわいよ。
「もしかしたら、大聖堂の連中の目的はソレなのかもしれないよな。奴ら、国を滅ぼそうとしてるんだよ」
「な、なんだと!?」
「俺としては、第二王子派と第一王子派は、結託してでも今すぐ大聖堂と教会を潰しとかないとまずいと思うぜ」
そして俺の嘘八百の情報量もミシシアさんのお酌に負けてないぜ。どんどんいくぜ。いくぜいくぜ。
「ってことで、お前らにはこの情報を第二王子に持ち帰って欲しいんだ。ダンジョンと温泉と酒と飯のためにも」
「あ、ああ……分かった。ダンジョンと温泉と酒と飯のためにも……」
……判断力が落ちている時に、ささっと相手の方針を決めてもらっちゃう。これでよし。
これで……多分、第二王子派は、ラペレシアナ様や第一王子派を潰すと同時に、大聖堂と教会にも手を出さなきゃいけなくなって、自爆してくれる!
後はよろしくな!
……ということで、俺達は第二王子派の騎士達をおもてなしした。
カラス君がこしらえた温泉はハーバルな香りいっぱいの癒し空間だし、それに合わせた軽めかつフルーティーなお酒も悪くなかったっぽい。あと、料理ね。これはそんなにバリエーション無かったけど、まあ、軽食を出しておもてなししました、っていう程度のものは出せたし。
そうして彼らにご満足いただけたところで、聖騎士達の尋問も一応やってもらった。
カラス君が捕まえておいてくれた聖騎士達を『お好きにどうぞ。ただし俺の見てるところでやってね』と預けたわけだ。色々頑張ってたよ。
……まあ、末端の教会の末端である聖騎士程度が核心に迫る情報なんて持ってるわけがないので、普通に骨折り損のくたびれ儲けになってたけどな。でも、これで『ダンジョンはこちらに協力的だった!』みたいな誤認をする材料は渡せたし、同時に、教会や大聖堂への疑いの目はより強くなったわけだ。
後は、彼らが混乱して、微妙に間違った情報をそのまま持ち帰って、そして自爆してくれるのを期待するばかりだ!よろしくな!
「はい、お疲れ様でした」
色々終わって、俺達も打ち上げ。さっきまで尋問されていた聖騎士達に『元気出しなよ』と声を掛けつつ、彼らをお布団と窒素で寝かしつけて、俺達は軽食と飲み物で休憩中。はー、冷たい水が染み渡るぜ。
「もう!アスマ様が急に『アイツらを温泉に入れる!』ってやった時にはどうしたのかと思ったよ!」
うん。ごめん。でもやっぱりね、懐柔しちゃった方が利益がデカそうな時はそうするよね、ってことで……。
「じゃあ早速、ラペレシアナ様に連絡入れないとな。第二王子派に動きが出ると思うから……うわー、打ち合わせ無しで色々やっちゃったけど大丈夫かなあ……」
「ラペレシアナ様なら、まあ、上手くやってくださるだろう。きっと大丈夫だ」
ラペレシアナ様には申し訳ないが、まあ、上手くやって時間を稼いで頂きたい。よろしくお願いします!
そして、俺達はいよいよ、本題に戻らなきゃいけない訳だ。
「さて……いよいよ、ダンジョン自体を消し去る方法を探さなきゃいけないんだよな」
そう。第二王子派を混乱させるのは、あくまでも時間稼ぎ。俺達は問題の根本的かつ永続的な解決……『ダンジョンを消す方法』を見つけなければならない。
「多分世界樹が鍵になっていて、世界樹を育てるためには魔力が必要で、魔力を得るためには情報が必要で、手っ取り早く本を手に入れるとか、観光客をいっぱい呼び込むとかをする必要がある……」
「大変だねえ……」
そうね……。まあ、今までずっとやってきたことの続きではあるんだけれどね。大変なのは大変である。
「人を呼び込まなきゃいけないんだけど、それをやるには魔物が多いしなあ……」
今は特に、大聖堂と教会がやらかしてくれたおかげで、魔物が多く出ちゃったパニス村近辺は観光客どころじゃないのである!
どうしようかなあ、人が居れば魔力は手に入るが。
或いは、なんとかして本を手に入れて……うん……。
「……ねえ、アスマ様」
俺が悩んでいたところ、ミシシアさんがふと、首を傾げて尋ねてきた。
「このダンジョンとか他のダンジョンとかに、魔力集めを手伝ってもらうことって、できないかな」
……うん。
ミシシアさんの肩の上では、カラス君がミシシアさんと同じように首を傾げて、かー、と鳴いていた。
……お手伝い、してくれるんですか!?




