ダンジョン防衛力向上研修*3
勝利に沸く俺達。ゆっくりと、王者の風格を見せつつ門から入ってくる戦車。俺達はそれらを温かく出迎えて……そして、戦車から降りてくるラペレシアナ様に、惜しみなく拍手と歓声が投げかけられる。
ラペレシアナ様はパニス村の冒険者達や俺達へにこやかに手を振って、悠々と歩き出し、その後に騎士達が続き、そしてその後にスライムが続いた。
「……ん?」
……うん。
そう。スライム。スライムが、ラペレシアナ様の凱旋に、ついてきている。
いつもの如く、もっちりもっちり……とついてきている!
「あの、このスライムは」
「うむ。新たにスライムがダンジョンの主となったダンジョンから、きっちり3匹ずつスライムが付いてきたのでな。……付いてきたのでそのまま戦車に詰めて付いてこさせてしまったが。まずかったか?」
いや、まずくはない……と思うんだが、その、スライム達がやってきた、っていうのは……どういうことだ?
「あ、じゃあ、はじめましてのスライム達はこっちの温泉に入れてやるってことで……」
さて。
勝利の凱旋もとりあえず、俺達はラペレシアナ様達に付いてきちゃったスライムをどうにかするべく、最近できたばかりの温泉にスライム達を入れてやることにした。
……スライム達は、温泉に入ると、ぷか、とお湯に浮いて……そのまま、ぷかぷか、と機嫌よく温泉を楽しみ始めた。おお、普通に普通のスライムだ……。
「このスライム、何なんだろうなー……」
「もしかしたら、新しくダンジョンの主になったスライムが、『私はこっちで無事にダンジョンの主になりましたよ。その証拠として自分が新たに生み出した仲間をそちらへやりますね』ってことなんじゃない?」
「成程ね……それはあり得るか……」
……スライム達の意図するところは、全く分からん。分からんが……なんか、まあ、それなりに楽しく、もっちりもっちり……と温泉を楽しんでいる様子を見る限り、何か悪さするわけでもない。本当に、ミシシアさんの考えが正しい可能性が出てきたな……。
「或いは、単純にラペレシアナ様達を親か何かだと思って付いてきたのかもしれないな」
「あっ!或いは、『助けてくれてありがとうございます!』っていうことで、恩返しのためにラペレについてきたんじゃない!?」
うん、まあ、色々と可能性は考えられるが……ひとまず、ここにこういう平和で穏やかなスライムが居るってことだから、今回の作戦が成功したってことは確実に分かって大変よろしい。
それぞれのダンジョンから3匹ずつ……合計15匹のスライムが、もっちりもっちり、と温泉を楽しんでいる以上、まあ、こういうスライム達が新たに生まれたってことだからな。
まあ、長旅ご苦労であった、ってことで、オイルマッサージしてやることにする。スライム達は、もっちりもっちり、とマッサージを楽しんでいる様子である。
「お前らが生まれたダンジョンもこうなってんのかなあー……」
スライム達を揉み解してやりつつ、そんなことを呟くと、スライム達は揉まれながらも、ぷるるん、と体を震わせた。肯定なのか否定なのかも分からん。というか、今のが俺の言葉への応答なのかすら分からん。違う気がしてきた。
「ああ。概ね、エルフダンジョンのなれの果てと同じようになっていたぞ。温泉が湧き、草花が生え、頭に花を咲かせた愛らしいスライム達がダンジョン入り口周辺で温泉を楽しんだり、這い回っていたり、というような……」
「おおお、本当にそんなかんじなんですね……」
俺は直接見ていない訳だが、その光景がありありと目の前に浮かぶようである。エルフダンジョンもそうなっちまったが、パニス村のスライムがダンジョンの主になっちゃったダンジョンは、こう……ぽややん、としたスライムユートピアになってしまう模様である。何故だ。学習の成果か。
まあ、スライム達の考えることは分からん。分からんので、俺は諦めてスライム達を眺めていたんだが……。
「……ん?ウパルパ、お前も温泉に入るのか?」
俺が背中におんぶ紐で括りつけておいたウパルパが、『ぷぁー』と暴れ出したので、紐をほどいて温泉に浸けてやる。
……すると、ウパルパは嬉しそうに、すいすい、と温泉の中を泳ぎ始めた。おま、お前……いいの?ここ、お湯だよ?本当にいいの?お前、あったかいところに浸かっても体調が悪くなるとか、ないの……?
「……オイルマッサージはやめておいた方がいいかなあ」
「えっ、いいんじゃない?ウパルパだって揉まれたいかもしれないよ!ほら、ウパルパ!おいで!」
更に、ウパルパはミシシアさんに呼ばれて、そちらの方へ、うぱうぱるぱるぱ、と移動。そのまま、ぺそ、と寝そべると、ミシシアさんに揉まれ始めた。揉まれたら揉まれたで、『ぷぁー……』と、なんとものんびりまったりした声を上げて気持ちよさそうにしている。そうか。お前、オイルマッサージも好きなの……?
「ついでに、パニス村名物のおいしいごはんも食べてく?」
「ミシシアさん!ウパルパは人間のご飯は食べないから!ミシシアさん!ミシシアさん!」
更に、ミシシアさんがウパルパに人間の食べ物を与えようとし始めたので、それは流石に止めた!ウパルパがうっかり大変なことになるかもしれねえ!あぶねえ!あぶねえ!
……結局、新たにやってきたスライム15匹に加えてウパルパ1匹も、パニス村式のおもてなしを堪能した。よかったな、ウパルパ。
なんとこのウパルパ、酒を飲むウパルパであった。ミシシアさんが試しに勧めてみたら、くぴ、と酒を飲んで……『ぷぁー!』となんとも嬉しそうな声を上げたかと思ったら、くぴくぴくぴくぴ、ガンガン飲み始めた。
流石にやべえだろ、と思ったんだが、ウパルパはケロッとしたもので、更にくぴくぴ飲んでも、全く潰れる気配が無かった。強いぞウパルパ。やべえなウパルパ。ちょっと怖いぜウパルパ。
……まあ、こいつもウーパールーパーっていうよりは、ウーパールーパー『だったもの』なんだろうしなあ。普通のウーパールーパーみたいなもんだとは思わない方がいいのかもしれないね……。
なんかこう……ダンジョンによって知性……いや、知識?情報?うん、まあ、そういうもんを与えられた何か、ってことで……。
酒のみウパルパはさておき、まあ、俺達は祝賀会もそこそこに、さっさと次の一手を打つべく動き始めなければならない。何せ国の危機だし……。
「では、我々は次なるダンジョンの制圧に取り掛かる。……現時点で冒険者達が生計を立てる為に使っているようなダンジョンには、できる限り手を入れたくないのだが……」
「まあ、そこは背に腹は代えられませんからね……」
「ああ。まあ、仕方がないので王家の傍系の者を1人、ダンジョンの主として据える手筈となっている。オウラ元副団長と同じような地位についてもらう、ということだな」
「ワァオー……」
つまり人身御供みてえなもんか……。すげえな……。
いや、まあ、ダンジョンが一気に全部スライムダンジョンになっちゃったら、当然、今まで魔物の素材とか獲って暮らしてた冒険者達は全員一気に失業するわけだし、同時に、国にはそれら魔物素材の供給能力が無くなって詰むからね。魔物素材って、生活の根幹に食い込んでるからね……。
王家のあっぱれ具合に俺は只々感服しつつ……さて。
「じゃあ、どうしても手を入れたくないようなダンジョンについては、俺がダンジョンのコンサルタントをやるということでいかがでしょうか」
「こんさるたんと……?」
「あ、助言者、みたいなものだと思って頂ければ」
ラペレシアナ様に、『コンサルってのはこういうもんです』と説明すると、ラペレシアナ様は一つ頷いてくださった。
「分かった。それで防衛力が強化されるのであれば、問題はなかろう。……まだ、教会や大聖堂の連中が動く余地があるからな。心してかかってほしい」
「はい!ありがとうございます!」
「くれぐれも、気を付けて取り組んでくれ。……私は、最悪の場合騎士団1つを潰して、1人1人をダンジョンの主とすることも考えている」
「ワァオー……」
つまり、人身御供。人身御供再び!いや、もう、なんか覚悟がすげえよ。すげえよ……。
「……勿論、意思の疎通ができてしまうものをダンジョンの主に据えることは、危険を伴う。スライム達は意思の疎通ができないからこそ、人間の思惑に左右されず、安定してダンジョンを守ってくれるだろうからな」
うん。そうね。俺としても、人間をダンジョンの主に据えるのはリスキーだと思うよ。
……人間って、良くも悪くも考える生き物だからね。永遠に滅私の精神で国に魂を捧げ続けていられる人ってそうそう居ないだろうから、多少なりとも私利私欲に走る人が出ないとは言えない。ずっと裏切らないでいてくれるっていう保証も無くなるし、裏切られたら国が一発アウトになりかねない。
それに、ダンジョンの主になっちまってダンジョンの中に引きこもっちまったら、情報が入ってきにくくなる。となると、誤情報とか偏った情報とかだけ与えられて、正常な判断が下せなくなる、っていう危険もある。
まあとにかく、人間をダンジョンの主にするってのは、リスキーなのよ。だから本当なら、俺もオウラ様も居ない方がいいとは思うよ、俺は。
……だからこそ、ここで俺がダンジョンコンサルをやることによって、『意思の疎通はできるんだかできないんだかよく分からないが、とりあえず人間の都合では動いてくれない!』っていう生き物をダンジョンの主に据えておく、っていうはかなり有用な手立てだと思うんだよな。
よし。ダンジョンコンサル、頑張りますよ!
ということで、俺とミシシアさんとリーザスさん、それにウパルパ、というメンバーで、早速、ウパルパダンジョン跡地へ向かった。
うん。ウパルパダンジョン跡地。
「跡地じゃん」
「うん。ダイナマイトでぼーんってしちゃったもん」
「マジでぼーんっていったのね……」
……跡地である。ウパルパダンジョン、跡地、である!
ミシシアさんとリーザスさんが命からがら逃げおおせた、っていうこのウパルパダンジョンであるが、逃げる時にダンジョン入り口付近をダイナマイトボーンしちゃったらしく、見事にダンジョン入り口は崩れて封鎖されていた。
「あー……そもそも、教会だか大聖堂だかの奴らって、この中でまだ生きてたりする?ウパルパ、そこんとこどう?」
色々と状況が状況なので、ここではウパルパが頼みの綱である。が、ウパルパは『ぷぇ』と鳴くばかりである。ああ無情。
……だが。
「ん?ウパルパ、どした?」
「くしゃみしそうな顔してるねえ」
「……ウパルパというものは、くしゃみをするのか?」
なんか、ウパルパが『ふぇ……ふぇ……』みたいな顔をしてぷるぷるし始めた。なんかちょっと間が抜けた顔である。でもなんかかわいいね。
俺達は『くしゃみかな……?』とウパルパを見守っていたのだが、ウパルパはしばらくそのまま、ぷるぷるぷる、と震え続け……。
……『ぷぁ!』と、一声鳴いた。
その瞬間、ウパルパダンジョンが動き出した!
「うわっ」
「地面が揺れてる!これ、ウパルパがやってるの!?」
「アスマ様、俺に掴まれ!」
地面がぐらぐらと揺れ、俺は大変びっくりした。が、まあ、お米と地震の国ニッポン出身の俺としては、びっくり止まりである。多分、ミシシアさんやリーザスさんよりも衝撃が少ない。なんか、守ろうとしてもらってるのに、ごめん……。
で、俺が比較的冷静に見守る中、ダンジョンは姿を変えていく。
塞がっていた入り口は綺麗に直され、その奥に続く洞窟はきちりと整備されていく。
そして入り口付近、ダイナマイトで吹っ飛んだか何かで草木が消え失せていた箇所には草花が咲き乱れるようになり、そしてそこに……。
「ワァオー……」
俺達の目の前には……温泉が!ある!
俺達が唖然としていると、地面の揺れは収まり、ウパルパは満足気に『ぷぇー』と鳴いて、もそもそ、と温泉に向かって這っていく。
そして……ぽしゃ、と、温泉に浸かると……そのまま、ぽしゃ、ぽしゃ、とお湯の中を泳いで、『ぷぁ!』と満足気な声を上げた。
「えっ……なんで温泉が!?ど、どうしたの!?ウパルパ、なんで温泉出したの!?ウパルパ、スライムになっちゃったの!?」
「そうみたいだなあ……アッこの温泉、酒じゃん!こっわ!こいつマジで酒のみなのかよ!こっわ!」
なんか色々と衝撃的なんだが、なんかこの温泉、酒でできてるっぽいんだなあ!なにこれェ!自然界に無いはずのものが爆誕してるぅ!
酒でできた温泉、というすげえブツができちまったところで、俺は、悟った。
「これ、多分、ウパルパがパニス村で学んだものがそのまま反映されてるよなあ……」
どう見てもこれ、ウパルパにパニス村式おもてなしをした影響だ。間違いない。
「ウパルパは結構賢いんだな……」
リーザスさんが、つん、とウパルパの腹をつつくと、ウパルパは相変わらず何考えてんだかよく分からん顔で『ぷぇー』と鳴いた。
……うん。そうね。ダンジョンの主は、意思の疎通ができるんだかできないんだかよく分からんし、そもそも、人間の都合に合わせて動いてくれる訳じゃあない。
が……。
「……分かったぞ。俺がダンジョンコンサルをやるにあたって、方法が分かった」
俺は、そんな奴らを相手にコンサルをやることができそうである。
「ダンジョンの主を攫ってきて、パニス村式ダンジョンの様子を見せて学習させよう。気に入ったら、それを真似するっぽいから……」
……心地よく、便利で、それでいて防衛力の高い有用なダンジョンを作って、それを見せよう。うん。それしかねえ!




