ダンジョンハザード*7
「パニスは燃えているか!」
そうして、パニス村の外側が燃え、突撃してきた魔物達も燃えた。
そりゃそうだね。突進してきたら普通に堀に落ちるし、堀にはガソリン流してあったから着火したら即爆発炎上だったし。
ガソリンの爆発炎上に耐えられる城壁を造っておいたおかげで、こういう戦略が取れて非常によろしい。ファンタジー世界らしく剣と魔法でちまちま戦ってもいいが、やっぱり時代は科学ですよ。科学。
「見事に外側だけ焼けてるね。よしよし」
まあ、これは堀と城壁っていうゴールデンコンビのおかげだな。正直、ガソリン入れなくても水とか入れて返し付けとくだけで十分にいけたかもしれん。ダンジョンパワーがある以上、熱湯とかでもいいわけだし……。
「外側だけ焼いたらこんがりして美味そう」
「外はこんがり!中はとろーり!美味そう!」
「確かに温泉にはスライムが居るし、中はとろーりだ!美味そう!」
……まあ、外こんがり中とろーり、なパニス村になったのでこれはこれでヨシとする。ヨシ。
「アスマ様。様子はどう?」
そうやっていたところ、エデレさんが様子を見にやってきた。エデレさんには、村のお年寄りや子供の避難と待機をお願いしていたんだが、心配になって見に来てくれたらしい。
「うん、問題ないね。今はまだ外側がファイアーしてるけど、魔物がある程度片付いたところで鎮火する予定」
全ての魔物の意識が落ちてくれれば、後はダンジョンパワーでガソリンを分解吸収しちゃえばよろしいので、鎮火は問題ない。
唯一、魔物の意識が全然落ちなかった時が怖いんだが……逆に言うと、ガソリンを分解吸収できない地点があったら、そこらへんにまだ意識がある敵対生物が居るってことになるので、それはそれでこっちに有利。
リスク無しに相手の生存確認ができちまう、ってことで……これはダンジョンパワーの悪用か?悪用なのか?少なくとも、なんか応用というか、そういうかんじではある。
「あとね、今、目が良い冒険者達に頼んで、どっちの方角から魔物が来てるかを確認してもらってるよ」
それから大事な偵察任務。これは、城壁に設置してある物見櫓というか物見塔というか、そういうところに目が良い冒険者を待機させておいて、魔物が出てきた時間と数、あと方角なんかを記録してもらってる。
尚、この世界における『目が良い』はマジで目が良い。ファンタジーパワーによって強化された視力は、木の葉くらいなら透視できることもあるらしい。なにそれこわい。
「そう……。ということは、既に敵の手に落ちてしまっているダンジョンがある程度分かる、ということよね」
「うん。敵も、むざむざ自分達の住処を教えるつもりはないだろうから、まあ、想定ではパニス村はあっという間に滅んでいた、んだと思うんだけどね……」
生き残りが居なければ情報が洩れる心配もない。そういう訳で、多分、敵ダンジョンは俺達をさっさと滅ぼしてしまうつもりだったんだろうね、と思われる。
……まあね、これだけ魔物がわらわら来ている状態だし、普通の村なら普通に滅んでたと思うよ。だが生憎、うちは城壁がにょきにょきするタイプの村だし、冒険者の巣窟みたいになってるし……ちょっと色々、普通じゃないんでな!
「まあ、魔物はそろそろ打ち止めになってるみたいだし……その内、ダンジョンの主が直々にお出ましになると思うんだよね」
「え?そうなの?」
「うん。ダンジョンの主はダンジョンの外のことが分からないから。ちゃんとパニス村が滅びたかどうかの確認にくると思う」
そしてもう一つ大事なこと。それは……敵の意図を的確に汲んで、それに合わせて対策するということだ。
「そこをひっ捕らえるぞ!……ということで、例の冒険者達がめっちゃやる気を出しています」
「ああ、『やるぜやるぜ!』って騒がしい人ね……?」
うん。まあ、冒険者達としても、大聖堂の生き残りとか教会の連中とか、第二王子派の諸々とか、思うところがあったりなかったりするらしいんだけれど……何より、『自分達が棲みついているこのパニス村を傷つけることは許さない!』という強い意思で、今回の任務にあたってくれているらしい。ありがてえ。
……で、その強い意思はやる気となって、ついでに『あいつらぜってえ逃がさねえ』という執念にも変換されつつ、冒険者達を突き動かしている。
即ち、『村の外の様子を観察して、魔物が来ていた方角から現れる人間が居たら即座に射殺すぞ』というかんじに。
……俺は一応、『できれば殺さずに生け捕りにしてほしいなり』とお願いしている。聞きたいこと、山のようにあるし……何より、ダンジョンの主、というものについて仕様を研究するには、実際のダンジョンの主を使うしかないので……。
ということで、俺は目が良い冒険者達と一緒に、しばらく物見塔の上に居た。尚、城壁外側はもう鎮火した。遠めに見てバリバリに燃えてたら『あれだけ燃えてるし大丈夫だろ』って引き返されてしまう可能性があるので!
ここは『ちょっと様子を見に行こうかな』ってなってもらわないといけないので、煤けて燻る城壁はそのままに、魔物の死体だけ分解吸収させてもらっております。
……で、ここに来てほぼほぼ初めて、俺は生物の死体を分解吸収したんだけれど……成程確かにこれは、魔力の効率がよろしい!
生み出したてホヤホヤの魔物をちょっと外に放し飼いにしておくだけで、そこにはとんでもない量の情報が刻まれる訳だよな。それを回収して分解吸収すれば、それだけで黒字にできるくらいには、効率がよろしい!
まあ、実際のところはダンジョンの外に出ちゃった魔物がダンジョンの外で死んじゃったり、人間が魔物の素材を持って帰っちゃったりして、微妙に黒字にならないくらいになってるのかもしれないけどね……。
まあ、他のダンジョンの経営の秘訣はさておき、俺達は監視を続ける。
絶対に、誰かが様子を見に来る。そしてそいつは間違いなく敵である。
なので、油断せず、ただひたすら、監視を続けて……。
「来たぜ来たぜ!奴が来たぜ!」
そんな声が物見塔の方から聞こえてきて、続けて、『方角も言いなこのバカ!……方角は南東!馬に乗ってるよ!馬からいきな!』と勇ましい声が聞こえてくる。えーと、この声は『やるぜやるぜ』の人とか、ナイフよく舐めてる人のところのパーティリーダーの人。いつもありがとうございます。あとお疲れ様です。
と、やっている間にも冒険者達は城壁から飛び立ち……。
……そう。奴らは飛び立ったのである。
それ即ち、『強化ミューミャ布によるグライダー』を使って!
パニス村のミューミャはただミューミュー鳴くだけの毛玉ではない。空飛ぶかんじの魔力を生産してくれる素晴らしい生き物である。
そんな彼らの魔力とスライムによる魔力濃縮技術を組み合わせて生み出された『強化ミューミャ布』だが、こちら、馬車の車体に利用して浮く馬車を作るのに使っている。
が、当然、利用はそれだけにとどまらなかった!
……車体を浮かす力があるんだったらいけるやろ、ということで、グライダーを作ってみたのである。そしてそれが案外、普通に上手くいっちゃったのである!
流石に、ミューミャ本家のようにパタパタと空を飛ぶことはできないが、高所から飛び降りる時に使えばかなりの距離を滑空できて速い、という素晴らしい特徴を持つ。
それ故に、今回のようなケースで非常に有用である。即ち……こちらは城壁の上という高所におり、かつ、敵は地上に居る。敵の位置が確認できていて、こちらはその敵を捕縛する必要がある。
そんな時、こちらから冒険者達が飛び立って、身軽に、かつそこそこの速度で敵を追い詰めるべく動けば……敵としては、『空から冒険者が!』っていう驚きもさることながら、気づいた時にはもう逃げられないくらいに距離を詰められている、という恐怖も相まって、動きを止めてくれるという訳だ。
冒険者達が飛び立ったのとほぼ同時に矢が射掛けられて、馬はもう落とせている。そこへ冒険者達が舞い降りてくるもんだから、敵は動きようがない。
……そうして。
「やったぜやったぜ!俺はやったぜ!」
冒険者達が大はしゃぎする中、そこにはしっかり捕縛された人が1人、転がされることになったのであった!
お手柄ー!
はい。というわけで、捕縛された人は冒険者達に担がれて運ばれて、無事、収監されました。
『監視』を担当するイカれたメンバーが『こいつもやるか?』『やるならやらねば』と、彼らの牢屋の前でも元気に盆踊りを始めている。元気だなあー。
結局、尋問の類はダンジョンの主の情報を知る人が担当するしかないので、ラペレシアナ様達がこっちに来て、そこから始めることになるだろうな。少なくとも、ミシシアさんとリーザスさんには戻ってきてもらってからじゃないと、落ち着いて尋問もできねえし……。
冒険者達には引き続き、周辺の警戒を続けてもらう。が、流石に全員がずっと出ずっぱり、ってのも効率が悪いので、交代制にして各自、休憩は取ってもらうことにした。
今回、冒険者達にはパニス村の都合で働いてもらっているので、給料はちゃんと出している。が、それとは別に、福利厚生の一つとして、温泉入場券と食堂の食券を支給している!
なので、冒険者達はそれぞれ『じゃあ俺は温泉に』『じゃあ俺は食堂に』『じゃあ俺は先に寝ます。オヤスミ!』と、上手く分散しながら休憩してくれている模様。
俺は、そんな彼らの様子を眺めつつ……城壁の上から、北西、ラークの町方面を見つめている。
……ミシシアさんとリーザスさん、そしてウパルパは、無事だろうか。
そのまま、しばらく待った。
途中でエデレさんから差し入れとして、温かいスープとパンを頂いたので、城壁の上で食べる。
それから、冒険者からも差し入れとして、肉の串焼きとジュースと蜂蜜塗ったナイフを頂いたので、それもありがたく頂く。……ナイフって舐めてみるとなんか新鮮だなー。
途中で、ミューミャ牧場からお散歩中らしいミューミャを捕まえてもにもに揉んだり、城壁の上によじよじ登ってきた好奇心旺盛なスライムをもにもに揉んだりしながら、俺はただ、彼らの帰還を待った。
……そして。
ぶろろろろ、とエンジン音が聞こえてくる。
はっとしてそちらを見れば、明らかに人工物の影。そして土煙。
城壁の端っこに駆け寄ってそちらを見てみたら……案の定!リーザスさんとミシシアさんが乗る車が、猛スピードで走ってくるところだった!
「ミシシアさーん!リーザスさーん!おかえりー!」
よかった!無事だった!よかった!マジでよかったぁ!いや、本当に、他所のダンジョンのことは分からねえから、2人の安否も分からねえし、でも装備は万全でいったし、でもやっぱり心配だし……とにかく心配だったんだよぉ!
が!
「アスマ様ぁー!迎撃準備おねがーい!」
……ミシシアさんの声がそんな風に聞こえたなあ、と思ったら、同時に、どどどどど、と向こうの方から音が聞こえてくる。
その音は、車を追いかけて突進してくる魔物の群れの足音であった。ワァオー。




