スライム親善大使*7
エルフ達の視線がスライム大好きお姉さんとスライム10匹程度に向いている隙に、俺はダンジョンの主と化してしまったらしいマスタースライム君をどうにかすることにした。
マスタースライム君は、もっちり、と構えつつ、なんとなく満足気に見える。お前……。
「えーと、マスタースライム君。一応、君、温泉を気に入ってくれてたんだね……?だからきっと、ここにも温泉を生み出しちゃったんだね……?あと、自然豊かな環境も気に入ってるってことかな……?樹が生えたことについては多分エルフが喜ぶからいいか……」
パニス村とはまた少し違うが、生まれてしまった温泉と再生されてしまった森については、このマスタースライム君が生み出したものに間違いないだろう。……つまり、彼はこの環境がよいと思って作った、ということになる、と思う。多分ね。
それはなんか……パニスのダンジョンマスターとしては嬉しいような気がしないでもない。
けどね、これ、このままって訳にもいかないでしょ奥さん。
「えーと……マスタースライム君。君、ダンジョンの中をどうこうできるようになったんだな?なら、今すぐダンジョンを封鎖してくれ。入って1000歩ぐらい進んだところで封鎖すればいい。で、中に残留してるシアン化水素とか窒素とか……あーめんどくせえ!空気入れ替えろ!空気!」
ひとまず、マスタースライム君に話が通じることを期待してそう言ってみる。……すると、マスタースライム君は、ぽよ、と首を傾げるように傾いた。いやお前ね。ちょっとちょっとちょっと。なんとかやってくれなきゃ困るぜおいおいおい。
が、またダンジョンの奥で『ごごご……』となったので、多分、何かは変わった。……生憎、スライムがやることだからマジでちゃんと完遂できてるかもわからないが、とりあえずなんとか封鎖だけはしてもらえた、と思いたい。
「じゃあ封鎖の手前にドラゴンの死体を移しておいて。あと、大聖堂の奴の死体もそっちに移して」
とりあえず、この後エルフ達がダンジョンに突入!とかなったとしても何とかなるように、体裁だけは整えておかないといけないわけで、俺はひとまずそれ関係の指示を続けていく。
「あ、ダンジョンの奥に人間って何人居た?今、生きてる奴居る?生きてる奴居たら、そいつはなんとか生かしといてほしい」
……ということで、諸々、指示を出していく。
なんとか証拠隠滅および事態の隠蔽を図りたい!図らせてください!自分、やれます!隠蔽図れます!
……今回、俺が隠蔽したい情報は3点だ。
まず1つ目。それは、マスタースライム君がダンジョンの主になっちまったことである。
……いや、だって、これバレたら普通にこのマスタースライム君の命の危機でしょ。エルフに狩られちゃう可能性が高いでしょ。危なすぎるわそんなん。
で、2つ目だが、ダンジョンの主というシステム自体の隠蔽。
これは当然だね。これはエルフだけじゃなくて、身内以外全員に知られないようにしたい。下手に知られたらファンタジー核戦争一直線。
……そして、3つ目。
パニス村ダンジョンおよび俺についての情報だ。
というか、俺がダンジョンの主であることは当然隠蔽したい。そして、ダンジョンってもののシステムについても隠蔽したい!
じゃなきゃ俺が攫われて研究されかねねえ!危ないよそんなん!絶対だめだかんねそんなん!
……はい。ということで。
「マスタースライム君が完璧で幸福な市民であるならば、きちんと俺の指示通りにやってくれたことでしょう。ということで3日後を待ちます」
「3日後?」
「空気がある程度入れ替わるのにかかる時間として要求したやつです。その間に諸々色々、エルフ達との打ち合わせもしておきたい。で、エルフ達と一緒にダンジョンの中を捜索できるようにしたい」
……残念ながら、マスタースライム君との意思の疎通はできない。できないんだよこいつスライムだからぁ!
なんかこう、ダンジョンの主になったことでいきなり知能が上がるとかしててくれたらいいんだが、生憎、そういう気配もあんまり無い。
クソデカスライムは普通スライムに比べると穏やかで言うこと聞いてくれる印象だが、まあ、そのくらいだよな。だから、俺が出した指示がちゃんと履行されているという保証は無い!無いのである!
だから、どういう証拠がどういう状態でダンジョンの中に残ってるかもよく分からないし、ダンジョンがちゃんと奥の方封鎖されてるかも分からんし……まあ、エルフを全ての第一発見者にさせるのはあまりにも不安なので、俺達も同行したい。そしてあわよくば、色々隠滅できてない証拠があったら隠滅したい。
「エルフとの交渉は私が行おう。任せてほしい」
「ありがとうございます殿下ぁ!」
まあ、ダンジョン一番乗りへの同行はどうとでもなると思う。何せこっちにはラペレシアナ様がおられるのだ!交渉はお任せしました!ありがとうございます!
「で、マスタースライム君はパニス村へ連れ帰ることも検討したい」
さて。重要なのはこっからである。
エルフの方は、俺達でなんとか止める。で、『ここは無事にダンジョンも正常に戻ったみたいですね。解決ですね。よかったよかった』で終わらせる。
……が、そのままほっとくと、エルフ達によって、マスタースライム君が狙われることになりかねない。
なので、マスタースライム君を保護しなければなるまい。
「えっ!?連れ帰っちゃっていいの!?」
「いい。というか、ダンジョンの主は別にダンジョンに縛られるものではないっぽい。だって現に、俺がこうして出歩いてる訳だし」
「あ、ああー……そっかぁ」
盲点っちゃ盲点なんだが、ダンジョンの主がダンジョンに居る必要は無い。
……いや、まあ、ダンジョンの主の座を奪われるであろう条件が今のところ『殺されて腕輪を奪われる』ことだから、ダンジョンの主だけはとりあえず保護した方がいいんだよな。
が、ダンジョン最奥には当然、『異世界への割れ目』があるので、そっちの保護は必要なんだよな……。
「……ってことで、防衛機能だけ揃えさせたら、後はマスタースライム君自身をうちのダンジョンで保護するのがいい、んじゃないかなあ……その場合、防衛機能だけはちゃんと俺がチェックしたい。で、難攻不落、ダンジョンの主ですら奥へ進むことは不可能、ってくらいのダンジョンにしてから帰りたい」
「成程な。ひとまず、ダンジョンの主の腕輪を奪われなければよい、ということか」
「現状、一番まずいのがそれなので」
……元大聖堂の連中が、どうやってダンジョンの主になったのかは分からない。
たまたまダンジョンに逃げ込んで、たまたまダンジョンの主になっちゃったのかもしれない。だったらいいんだが……他にも、ダンジョンの主の秘密を知っている奴が居るなら、それは本当に厄介だな。
「しかし、このスライムをこのダンジョンに残していくことも考えてよいのではないか?」
「まあ、それは俺も考えてます。それは……まあ、エルフ次第ですけどね」
一方で、マスタースライム君を連れ帰らないメリットもある。
彼を守るものが彼自身と彼のダンジョンだけになってしまうのは心配だが……彼がここに居ることで、エルフ達への、或いは大聖堂の残党への抑止力になる可能性もあるわけで……。
さて、どうしたもんか。まあ、何にせよ、ダンジョンの中を確認してみてから決めた方が良さそうだけどね……。
ということで、早速、ラペレシアナ様がエルフ達とのやりとりを始めてくれた。
一方の俺は、スライム大好きお姉さんの観察をしている。
……スライム大好きお姉さんは、ダンジョンの入り口からもぞもぞもっちりと出てきた十数匹のスライムに囲まれて、非常に幸せそうにしていた。よかったね。
「お姉さん、幸せそうだね……」
「幸せ」
話しかけてみたら、じんわりと幸福いっぱいの顔でこっくりと頷いてくれた。うん。確かに幸せそうだ。
「……この子達、とても大人しいスライム」
「あ、そだね。普通のスライムとは違うかんじだ」
俺は『普通の』スライムを知っているので、お姉さんに同調しておく。
……俺にとってのデフォルトのスライムはパニス村の、あのもっちりもっちり大人しくマイペースで、頭にトマト植えられても特に気にしないくらいの暢気スライム共なんだが。まあ、この世界的には、デフォルトのスライムは凶悪な粘液モンスターなわけだからね……。
「……パニス村のスライムは、温泉に浸けて、揉んであげると大人しくなるって聞いた。でも、ここのスライムは最初から大人しいみたい」
「あ、ちょっと待ってちょっと待って。若干誤解。パニス村のスライムも、元々割と大人しいよ。温泉に浸けて揉むと大人しくなるのは、他所の凶悪なスライムの話」
スライム大好きお姉さんが不思議がっていたので、慌てて訂正しておく。
……と同時に、俺の脳裏に電流走る。
即ち、『これだ』と。
「パニス村のスライムは、最初から大人しい……?ここのスライムみたいに?」
「うん。そうそう。俺、出会って最初にうっかりスライムの脳天にトマト植えちゃったけど、『まあいっか』ぐらいのかんじでもっちりもっちりしてたし、俺のところに来ると水がもらえるって学んじゃったのか、列になって行儀よく並ぶようになっちゃったし……」
俺は大いに頷いて、スライム大好きお姉さんに説明してやる。『パニス村のダンジョンから出てくるスライムはそういう奴らですよ』と。
「……他のダンジョンとは、何か違いがある?」
「えーとね……知ってると思うけど、パニス村のダンジョンは、滅茶苦茶平和なんだよね。魔物がスライムしか出てこないし、そのスライムも、もっちりもっちり……って具合で、全然危機感が無いわけだし、人を襲ったこと、無いし。だから俺の飼いスライムもそうじゃないスライムも、皆大人しいよ」
実際のところ、俺が飼ってるスライムって……居るのか?生産している自覚もねえしな。うん、まあ……まあ、そこは置いといて、だ。
「だから、ここのダンジョンもそういうダンジョンになっちゃったんじゃねえの?ほら、ドラゴン出しまくってたじゃん。その反動とかで」
俺は、ここに話を持って行きたかったのだ!
「だから、このダンジョンの周辺も、もしかしたら今後、パニス村みたいになるのかも」
……『このダンジョンは危険なものじゃないみたいですよ!』という方向に、誘導していきたいのだ!
「そう……パニス村、みたいに」
スライム大好きお姉さんは、『成程……』と神妙な顔で頷いている。そして、その表情には、大いに期待も滲んでいる!
「本当にそうなったらいいよね!」
「うん」
スライム大好きお姉さんの頭の中は『そうなったらスライムがいっぱいになって大変よろしい』みたいなことで埋め尽くされてるのかもしれないが、まあ、この方針で考えをまとめてくれたら最高だな。
……このダンジョンが害のないものだっていう風に認識してもらえれば、マスタースライム君と俺の世界が守られる可能性が増えていくわけだ!
そして……そのためには、色々と、やりようがある、よな。
そうして、俺達は一旦エルフの森の端っこの方まで移動して、そこで野営することになった。
……いや、エルフ達は、『3日後のダンジョン調査までうちの里に滞在してもいいんだぞ』と言ってくれたんだが、まあ、人間嫌いのエルフの里にズカズカ入っていくリスクを考えたらね……。エルフ達がキッチリ統率できてくれてるんならいいんだけど、必ずしもそうとは言えないっぽいし。
そして何より、こっちにはラペレシアナ様がおられる。彼女を下手に危険に晒すわけにはいかないからね……。いや、野営の方が安全、ってのはマジでどうかとおもうけど、実際そうなんだからしょうがない。
それに……。
「皆、よく戦った!我らの勝利によって、忌々しき大聖堂の司祭共の企みを潰すことができた!」
野営地にて、ラペレシアナ様の演説を聞いて、俺達は『うおおおおおおお!』と雄叫びを上げている。王立第三騎士団とは直接関係ない俺とミシシアさんも、『うおおおおお!』である。こういうのはね、ノリと勢いと空気。楽しんだもの勝ち。うおおおおお!
「そしてなにより、あの高飛車なエルフ共に我らの力を知らしめることもできた!これは大いなる一歩と言えよう!」
……ラペレシアナ様、エルフ達の態度に据えかねるもんがあったんだなあ。俺もそうだよ。というかここに居る皆がそうだよ。だからこそラペレシアナ様の演説で盛り上がってるってわけである。
「さあ!今宵はレッサードラゴンの肉を好きなだけ食え!」
……ということで、俺達は焚火でドラゴン肉を豪快に焼き、食って、歌って踊って、大いに楽しむこととなった。
エルフに見られたら『野蛮!』とか言われかねないんだろうが、まあ、こういうのは楽しい方がいいからね。遠慮要らずの野営最高ーッ!
で、飲んで騒いで楽しくやっているところで、だ。
「あー、マスタースライム君。ちょっといいかね」
俺は、車の中でもっちりもっちり、ちょっと楽しそうに見えるマスタースライム君に声を掛ける。
「……君には、エルフの国との親善大使になってもらいたい」




