スライム親善大使*3
俺が一通り『いい案』を説明すると、ラペレシアナ様は呵々と笑ってGOサインをくださった。
が、流石にこの案を即実行するのは危ないので、まずは、エルフ達5人と話して情報を引き出してみる、とのことであった。ついでに、王城の方とも相談してみるらしい。
……ということで、俺は、小規模に実験をしているところである。
「ねえ、アスマ様ー。これ何?」
「まあ、毒ガスを発生させるものだよ、とだけ言っとくね」
あんまり詳しく説明するのも憚られるので、俺は適当にそう言っておいた。
……そう。
俺は今、毒ガス兵器を開発している!
「この世界には化学兵器禁止条約とか無いから……」
「かがくへいき?なにそれ?」
「うん、えーとね、あんまり『効率的な』兵器を使うんじゃねえ、みたいなやつ……?」
ミシシアさんと話しながら、俺はひたすら毒ガス兵器を作っていく。いくらバイクができて、自動車もほぼ実用可能になってきたとはいえ、運搬が大変だからね、現地で反応させるタイプで……。
「効率的……?大規模な兵器は駄目ってこと?」
「まあ、うん、そんなかんじ」
ミシシアさんにはあんまり馴染みのない話だよなあ、と思う。多分、エルフの魔法でも、一発で巻き込める範囲って、目視できる範囲ぐらいまでなんだろうし、ましてや、『使用後数十年に渡って相手を苦しめることができる』なんていうのは発想すら無いかもしれない。
「……あのね。俺が知ってる中だけでもね、それ一発で数百万人規模で人が死ぬような爆弾とかあってね」
「えっ何それすごいね!?」
「うん、まあ、ほんとにすごいんですよ、人間ってのは……科学ってのは……」
俺は俺達人類が積み上げてきた科学の歴史に思いを馳せる。いや、ほんとにすごいんですよ。人類はマジで不可能を可能にしてきた。言ってみれば、魔法みたいなもんかもしれない。
「……まあ、今回俺が作ってるのはそれじゃないけど。流石にそれを作って安全に運用するための知識が無いからマジで手ェ出さないけど。でもまあ……理屈だけなら、俺も分かるんだわ」
「え、えええ……アスマ様ほんとにすごいね」
「よせやい照れるぜ。で、まあ、今回、流石にそこまではいかないけど、そこそこ殺傷能力のあるものを作っています」
「うん……」
さて、ここまで話すと、ミシシアさんもちょっと、俺が何を言おうとしているか分かってきたらしい。俺の微妙な顔につられてか、ミシシアさんもなんか微妙な表情になってきた。
「……ガスだから、確保して解析して複製する、みたいなことは多分、そうそうできないと思うんだ。だけど、万一複製されたら、かなり厄介なものではある。ガスで町とか奇襲されたら、マジで防ぎようがないからね」
「わああ……そ、そっかぁ……そうだよねえ」
「そうなんですよ」
……まあ、ね。多分、無いとは思うんだけど。相手が俺と同じ手段をとってきた場合、非常に厄介でめんどくさい。だからこそ化学兵器禁止条約ってもんがあるんですよほんとにね、こうね……。
「なんつーかね、俺は、『できる』ってのは、いいことだと思う。ありとあらゆることが『できる』べきだと思ってるし、『できる』範囲を広げていくことで、人間がより幸福になれるって、俺は信じてる」
こうして俺自身がこの世界には無いという理由で化学兵器禁止条約をぶっちぎっている以上、俺としては思うところがあるわけだ。
「んだけど……『できる』もの全て『やっていい』わけじゃない、っていうか……えーと、滅茶苦茶強い武器があったとして、それをやたらめったら使うモンじゃないでしょ、っていうのが分からない人ってのは一定数居る訳でさあ」
「あ、うん。それは分かるよ」
ミシシアさん、やたらと真剣な顔で頷いてるけど、彼女もなんか思うところあるんだろうか。……あるんだろうなあ。なんかエルフにもそういう問題、あるんだろうなあ……。
いや、まあ、ほら。科学に限らず、似たような話は幾らでもあるんだろうし、魔法でも同じような厄介ごとが起こりかねないとかあるんだろうし。
「……やっちゃいけない使い方をする人が居る以上は、そもそも『できない』ままで居た方がいい、って説も、まあ、あるんだよな」
特に、異世界においては……今、おそらく俺だけが科学の徒であるこの世界においては、正に、俺がその問題の最前線だ。
この世界に齎しても良い技術と、齎してはならない技術があるのではないか。
この世界にあって良い知識と、あってはならない知識があるのではないか。
……そんなことを、ふと考えてしまう。
「傲慢かなあ」
どう思う?とミシシアさんの顔を見てみると、ミシシアさんは難しい顔である。
「うーん……私、あんまりこういう話は得意じゃないけどさ。理想を言うなら……『悪い人は知らないまま、いい人だけで使える』っていうのが一番いいよね」
「うん。しかしそうなると『良い人』の線引きはどこで行うのかという話が出てくる。性格はいいが頭が悪くて騙されやすい人は『悪い人』に分類しなきゃいけないだろうし、そうなってくると、『とりあえず身内で素性が分かってる人だけが良い人』ってことになっていく」
「あああああ……」
俺もミシシアさんも頭を抱えた。こまった、こまった。
「……結局のところ、全人類が一定以上の賢さを持っていて、一定以上の倫理観を持っていれば、それで済む話なんだけどな。そうはいかないから。となると、現実的に考えて、やっぱり『そもそも生み出さない』『身内以外に知らせない』が正解になっちまう場面が時々あってぇ……」
「今回のもそうだよねぇ……」
俺達は揃ってため息を吐いた。
……テクノロジーの進歩に、人間の倫理観や知能の進歩は追い付いてくれないからね。おかげ様で俺達人類は延々とこの課題に向き合わねばならないわけである。
『テクノロジーは悪だろうか』と。
……まあ、結局そうは思えないので、色々と、本来ならば無駄であることまで本当に色々と……頑張るしかないんだけどね。
まあ、そういうわけで俺の方の準備を毒ガス以外の『色々』についても進めていたところ、ラペレシアナ様が戻ってきた。ラペレシアナ様と同席していたリーザスさんも一緒だ。
「エルフと話はついたぞ」
「おお、どうでした?」
「やはりこちらが『ダンジョン攻略支援』を行うことで合意できそうだ。こちらからは、他にもスライム農業についての技術支援を行う。一方、向こうには元大聖堂の連中を引き渡してもらう他、戦になった時にはこちらについてもらうように取り決めた」
おおー。やっぱりラペレシアナ様すげえなあ。リーザスさんが隣で『本当にすごかった……』みたいな顔してる。うん、まあ、俺達の王女殿下だからな!
「エルフ側としては、ダンジョンそのものを操作する方法を知りたがっているようだが、そこは『我々も知らん』で通す。……実際、不明点が多すぎることだしな」
「ありがたい!」
まあね。俺もダンジョンの主をやってるとは言ってもね、分からないことがかなり多い訳だし。未だに元の世界に帰る道筋がよく分かってないくらいだし。エルフにここらへんの情報を与えると碌なことにならない気がするし。ここは『知らん』一択だね。
「……まあ、つまり、だ。我々のみならず、エルフ達もまとめて、ダンジョンに踏み入らないままダンジョン攻略をする必要がある。尚、問題のダンジョンは『地下へ続く洞窟型』だそうだ」
「おおー、ありがたいですね。だったらまあ、何とかなると思います。輸送手段だけ、なんとかしないといけませんが……それは何とかなりそうなんですよね?」
「ああ。現在、『自動車』を開発中だ。もう実用化できる見込みだな」
素晴らしい。なら何とでもなるだろ。ファンタジーは強いが、科学だって負けてないんだぜ。
……初見殺しの容赦のなさって点では、魔法よりも科学の方に軍配が上がるかもしれん。まあ、今回の毒ガス関係もそうだけどね……。この世界だと、基礎知識すら無いからね。そして、科学に対抗するためには当然、科学の知識が必要になるわけだからね……。
「……ただ、今後、この兵器は使わないということでよろしくお願いします。特に、対人戦においては」
「ああ、分かっている。ダンジョンの守り神の意向に従おう」
で、ここのところもしっかり了承を頂いた。
……今後、この世界がどうなっていくかは分からないが、それでもやっぱり、ここのところはちょっと気になるからね。
この世界に、化学兵器が禍根を残しませんように……。
はい。ということで、俺達はエルフの里へと向かうことになった。
開発されたてほやほやの自動車を俺が分解吸収再構築でいくつかコピーした。まあ、緊急事態なのでこれくらいはね。いいよね。
そして、エルフ達の外、王立第三騎士団の面々、そして俺とミシシアさんとリーザスさん、という面子だ。
……尚、ここに場違いにも紛れ込む俺達には、『王立第三騎士団顧問』という肩書きが与えられている。名誉……!
「ところでラペレシアナ様」
が、俺としてはどうしても気になることがある。
「本当に、出陣なさるおつもりですか?」
俺達の乗る車の隣を並走するラペレシアナ様は、まあ、マジモンの王女殿下であるにもかかわらず、今回のダンジョン攻略に赴くという。
「無論。ダンジョン攻略前後のやり取りや外交も兼ねるなら、王族が居た方が何かと面倒が無くてよかろう。……何、ただ、ダンジョンの周りの魔物を狩るだけだ。その程度なら造作もない」
「まあ、そうかもしれませんが……」
うっかりラペレシアナ様に怪我なんかさせたら大変なので、俺はしっかりポーションを作って車に積み込んでいる。いや、ほんと備えあれば嬉しいなって奴でね。ダンジョンから離れちまったら、俺のダンジョンパワーは使えないっぽいのでね……。
で、もう一個気になるのがね。
「……あの、ところで、本当に、それで出陣なさるおつもりですか?」
「ああ。馬より融通が利くのでな」
……ラペレシアナ様、大型二輪に跨って馬上槍をお持ちなんだが。
でけえバイクに乗って、馬上槍。多分、バイク乗り回しながら馬上槍で戦うおつもりなんだろうが……。
これは……えーと、いいんだろうか。まあ、勇ましく凛々しく美しいいでたちなので良いってことにするか。うん……。
「……で、アスマ様。そちらはそちらで……よいのか?」
「え?あ、はい。スライムは、事後に使うことになるんで……」
……一方、俺達は俺達で、まあ……ちょっと変な車になっている。
何せ、後部座席が全部、スライムで埋まってるんでな!これのせいで、俺が運転手やりながらミシシアさんが助手席で、リーザスさんはバイク並走になっちまった!ごめん!
「……その、エルフが1人、埋もれているが」
で、その後部座席のクソデカスライムと共に、例のスライム大好きお姉さんが乗車中である。いや、乗車中っていうよりは、もう、埋スライム中ってかんじだけど……。
「彼女たっての希望なので……」
「そうか。うむ、成程な……」
……うん、あの、そういう顔になりますよね。俺もなりますよ。うん。あのさ、えーと……。
あのスライム大好きお姉さん、本当にスライム大好きなんだな。クソデカスライムでミッチミチになった車の中で、幸せそうにしてるよ……。
……大丈夫かなあ、この旅路。大丈夫かなあ。なんか俺、滅茶苦茶心配になってきちゃったよ……。




