花の記憶4
翌朝雨はやんで、バス停に行くと友恵がすでに待っていた。
「おはよー」
「おはよう。昨日はせっかく来てくれたのにごめんね。プレゼントありがとう」
「いえいえ。どういたしまして。それより体調はどう? もう平気?」
「うん。もう平気。心配かけてごめん」
「そっか。それなら良かった」
友恵はえくぼを見せて笑った。私もつられて笑みを浮かべる。
私たちは親友。この関係が崩れるようなこと絶対にしないよ。
放課後部活に行くと、谷村先輩がサーブの練習をしていた。友恵がその姿に見とれている。そんな光景に、胸がちくりと痛んだ。
駄目よ。今まで通り、普通にしてなきゃ。
部活動が終わり、一年の私たちはコートの片付けをしていた。そこへ、谷村先輩が近づいてきた。
「伊藤さん昨日どうしたの? 休んでたみたいだけど」
「あの、ちょっと熱が出てしまって……」
まさか話しかけられるとは思わず、心臓が跳ねた。
「そうなんだ。誕生日だったのに残念だったね」
そう言いながら、谷村先輩は短パンのポケットからなにかを出して、さっと私の手に握らせた。
「それプレゼントだから」
谷村先輩はそう言うと、慌てたように走り去っていった。
なにが起きたのかわからず、右手に握らされたなにかを確かめる余裕もなく、私はその場で立ち尽くしていた。
友恵が私に近づき、何事かと訊いてきた。
「あ、なんか、昨日休んでたねって……」
「それだけ?」
「あ、うん……」
友恵は、私がなにかを握らされたことには気づいていないようだった。
どうしようか。これは見せないほうがいいんじゃないだろうか。谷村先輩はプレゼントだと言っていた。そんなものを私がもらったことを知ったら、友恵は心穏やかではいられなくなるんじゃないだろうか。
友恵が離れた隙に、そっと握っていた右手を開いてみると、そこにはテニスラケットとボールがぶらさがったストラップがあった。
わ、可愛い。
私は胸の中に温かなものが流れ込んでくるのを感じていた。同時に鼓動が高鳴っていく。
嬉しい。死ぬほど嬉しい。
私は顔が緩んでしまうのを、こらえることができなかった。
私は開いた右手を閉じ、胸に当てた。大切な宝物を手にしたような気持ちで、それを大事にジャージのポケットに入れた。
言えない。友恵には言えない。
これは私だけの宝物だ。
私は家に帰ると、谷村先輩からもらったストラップを携帯電話につけた。つんとそれをつつくと、ラケットがボールを叩いているように揺れる。しばらく何度もそうしていた。そうするたびに顔がにやけてしまう自分がいた。
でも、どうして谷村先輩は私にプレゼントなんてくれたのだろう。たまたま誕生日のことを聞いたというだけでプレゼントをくれるなんて、あるだろうか。それとも、みんなにこうしてプレゼントをあげるような人なのだろうか。谷村先輩の真意は測りかねたが、嫌いな人物にプレゼントをくれるわけがない。少なくとも好意的に私のことを見てくれているのだ。そのことがとても嬉しかった。
しかし、友恵のことを考えると後ろめたさがあった。これは友恵を裏切っていることになるのだろうか。
密かに思うだけならいいのではないか。表に出さないで、ただこんなふうにして谷村先輩のことを思っているだけなら許されるのではないか。
好きだと心に秘めているだけなら、きっと大丈夫。
きっと、大丈夫……。




