桃ノ葬列
鬼ヶ島の戦が終わって、半年が過ぎた。
燃えるような空の下で掲げられた首、祝祭の声、歓喜と酒の匂い。
あの日、僕は「英雄」と呼ばれた。
けれど、その言葉ほど脆いものを、僕は知らない。
鬼を滅ぼした力は、やがて人を脅かす。
血に濡れた刃は讃えられ、すぐに恐れられる。
僕を讃えていた人々は、今や目を逸らす。
王の命を受けた兵たちは、僕を見張るようになった。
最初に死んだのは、イヌだった。
次に、サル。
最後に、キジ。
鬼と通じていたという罪状だった。
彼らが死ぬとき、僕は何も言えなかった。
声を上げれば、仲間の死を無駄にする気がした。
でも、本当は怖かった。
僕自身が、もう鬼に見えていたから。
そして今日、広場に呼び出された。
王都の空は重く、黒雲の底から雷の音がする。
民衆が円を描いて立ち、中央には二本の杭。
縄で縛られたのは、見慣れた背中だった。
「……おじいさん。おばあさん……」
膝が勝手に折れる。
兵が読み上げる罪状は、もはや耳に入らない。
「鬼の血を育てた」
「人ならざる者を生み出した」
そんな言葉だけが、濁った水音のように響く。
人々が石を投げた。
嘲りと罵声が飛ぶ。
僕の喉が裂けそうになる。
けれど叫べば、全てが終わる気がした。
刃が振り下ろされた。
世界が、一瞬で静まり返る。
風の音も、雨の匂いも、何もかもが遠くへ消えていった。
胸の奥で、何かが崩れる音がした。
小さな音だった。
けれど確かに——何かが、終わった。
そこから先の記憶は、ない。
気づいたとき、空は赤黒く染まり、地は血で溢れていた。
王も、兵も、民も、声を上げたまま動かない。
広場全体が、ひとつの屍の花畑みたいだった。
僕の手には、折れた刀。
その先端には、紅い角が一本、突き刺さっていた。
雨が降ってきた。
冷たさが頬を伝う。
それが涙かどうか、もう分からなかった。
「おじいさん……おばあさん……」
声を出した瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
血と雨が混ざって、地に落ちる。
「僕は……どこで間違ったんだろう……」
答えはない。
風だけが、まるで葬列のように広場を吹き抜ける。
旗が倒れ、焚かれた松明が消えていく。
僕の足元で、桃の花が一輪、咲いていた。
血を吸い、紅く染まった花弁は、美しいほど静かだった。
それを見て、僕はようやく笑った。
「……鬼は、僕だったんだね。」
雨はやまない。
空は沈み、地は濡れ、音のすべてが消えていく。
英雄の名も、祈りも、涙も、全部。
やがて誰かがこの跡地に立ち、こう語るのだろう。
「昔、鬼を殺した英雄がいて、やがて鬼になった」と。
そのとき、誰も知らないだろう。
この雨が、英雄の涙の名残だということを。そして——
桃の花の下で眠る者を、誰ももう、英雄とは呼ばない。




