92話 スターリンに告ぐ!
『ソビエト社会主ぎ共和国連ぽうの書記長である、同しスターリンにつぐ!
げんざいソビエト赤軍が行っているバルト三国へのしんりゃく行いは、明かくなパリ不せんじょうやくい反だと、ふじのみやさくらこは思うしだいであります。
そして、このパリ不せんじょうやくには、ソビエト連ぽうもしょ名しているのです。
また、武力による国きょう線の変こうは、だんじてゆるすことのできないぼうきょだと思います。
だから、バルト三国、そしてバルト三国を支えんしているイギリス連ぽう各国およびフランス共和国と、ソビエト連ぽうとの間で行われている戦とうのそく時てい止を、ふじのみやさくらこはもとめます。
この戦とうの、そく時てい止のようきゅうがみとめられなかった場合には、わが大日本てい国は、世界の平和とちつじょを守るために、バルト三国とイギリスのがわに立って、ソビエト連ぽうにせん戦ふこくもじさないかくごであります!
Хочешь мира, готовься к войне
いじょう、ふじのみやさくらこからのおしらせでした』
『藤宮桜子内親王殿下からのメッセージをお伝えしました。時刻はまもなく、午後七時になります。こちらはJ-AK、日本放送協会東京第一放送です』
うん、精神的に疲れたわ……
でも、私のこのメッセージでソ連が停戦に応じてくれるのであれば、流される血も少なくて済みますし、それに越したことはありませんよね?
もし、メッセージが無視されたとしても、それはそれで日本が参戦する大義名分になりますので、保険としての価値はあるでしょう。
世界の平和と秩序を守る。
この正論に反論できる言葉があるのであれば、反論してもらいたいですね。
けど、口で桜子ちゃんに勝てる人間は、そうそういないと思いますよ?
言い訳と誤魔化しは、桜子ちゃんの得意分野なのですから!
そして、この私の言葉の背景には、世界でも有数の軍事力を抱えている大日本帝国陸海軍という、そこそこ強力なバックボーンがあるのです。
力なき言葉は無力ですが、力ありきの言葉というのは最悪の場合、実力行使が伴ってきますので、非常に有効なんですよね。
だから、けして口先だけの言葉ではないと、知能の足らないアカのおフェラ豚でも、きっと理解してくれることでありましょう。
それはそうと、これで日本は義理を果たしたぞと、イギリスへの言い訳にも使えることでしょう。
もっとも、ソビエトが引き下がってくれなければ、全面戦争に突入してしまうのですが……
まあ、さすがに私でも、そこまでの責任は持てませんので、たとえ全面戦争になったとしても、それは引き下がらなかったソビエト連邦が悪いということで。
しかし、もう既に賽は投げられたのだから、そうならないことを期待しておきましょう。
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ソビエト連邦 モスクワ
その日、クレムリンあるスターリンの執務室に、外務人民委員であるモロトフが慌てるように駆け込んできた。
「コーバ、日本のプリンツェーサフジノミヤがバルト三国と停戦しないと、我が国との戦争も辞さないと、宣戦布告を予告してきました!」
「ぶほっ! ごほごほっ! な、なんだと!?」
モロトフの言葉にスターリンは、思わず吸い込みかけていた刻みタバコの煙が気管支の変な所に入って盛大に咽た。
ついでに、パイプを手から落としそうになっていた。
「コーバ、大丈夫ですか? それと、これがプリンツェーサフジノミヤのメッセージを翻訳した全文になります」
「どれどれ…………」
スターリンは涙目になりながらも、心配そうな顔をするモロトフから手渡された翻訳文を読み始めた。
しかし、読み進めるうちにスターリンの涙目だった顔は、みるみるうちに憤怒の表情へと変貌を遂げるのであった。
「ぐぬぬ…ふぬうぅぅっ! な、なんたる……」
「コ、コーバ、落ち着いてください!」
「これが落ち着いてなどいられるものか! マカーキーの分際で、なんたる不遜な物言いだ!」
最後にスターリンは、そう言えば、フィンランドの時も邪魔してきたよな?
そう、ぶつくさと呟いていた。
「では、プリンツェーサフジノミヤの言葉は無視して、日本とも開戦しますか?」
「マカーキーなど縊り殺すのでは生温い! 八つ裂きにしてくれよう!」
その言葉と同時にスターリンおじさんは、手に持っていた桜子さんのメッセージを翻訳した紙を引き裂いた。
「しかし、日本とも戦争になった場合には現実問題として、極東の沿海州は日本の手に落ちる可能性が高いですぞ?」
「モロトシヴィリ、なんとかならんのか?」
「西でイギリスと戦いながら東で日本と戦える戦力は、遺憾ながらも我が国にはありません……」
そう述べたモロトフは、悔しそうに顔を歪めるのだった。
「むむむ、我がソビエトロシアを侮辱するにも程があるわ!」
「コーバ、ここは我慢のしどころですぞ」
「クソっ! どいつもこいつも邪魔ばかりしおって! そうだ、ドイツとの同盟の話はどうなったのだ?」
国際社会というモノは、お互いの足の引っ張り合いである。
ソビエトが指導するコミンテルがその足を引っ張る代表格なのであるが、スターリンは自分の命令した所業は頭から、すっぽりと抜け落ちているらしい。
まあ、それでこそ、厚顔無恥の為政者と言えるであろう。
また、それぐらい面の皮が分厚くなければ、為政者というのは務まらないのかも知れない。
そして、そう言えばとスターリンは思い出し、ドイツとの同盟交渉の進捗状況をモロトフに問い掛けてみた。
「残念ながらも、先方から色よい返事はもらえておりません」
「リッベントロップから話を持ち掛けられたのではなかったのかね?」
モロトフの言葉に対してスターリンは、どうなっているのだという意味を込め、ギロリと眼光を鋭くしながら問い詰めた。
「しかし、ドイツはロイヤルネイビーのバルト海進入を黙認しているので、我が国とイギリスを両天秤に掛けている公算が高いかと思われます」
「クソっ! ヒトラーも口先だけで当てにはならんということか……」
忌々しそうにヒトラーを罵る鉄のオジサンであった。
最後に、資源の取引価格を値上げしてやろうか? スターリンはそう呟いた。
モスクワ某所
「くぽぅ、ボクの愛しの妖精さんが益々凛々しく成長しましたね。
でゅふふ、早く会いたいなぁ」




