勝負をするなら勝ちましょう 2
「すごい辱めを受けた気がする……」
ジト目で睨む僕に、宏隆は面目ないと肩を落としながら付き従っていた。
プラネタリウムはとても楽しく、僕の心をとても満足させた。
家から近くて低料金、少人数だけの予約制だし1人で又来ようかと思ったぐらいだ。
と、ここまでの内容に何も問題は無い。
むしろ多いにプラスだろう。
しかし、寝ていた宏隆のおかげで、プラネタリウムのオジサンやカップルの2人組から気の毒そうに苦笑いをされてしまったのだ。
いくらデートの相手が僕だとしても、少しばかり気が緩み過ぎじゃないか? と嫌味の1つぐらい言いたくなる。
「で、宏隆君とのデートはこれで終了なのかな? ど、う、せ、わたし1人で楽しむことになるし、別行動でも同じだよね?」
トボトボと横を歩く宏隆にチクチクと攻撃する。
僕ってば、なんて優しいんだろね!
これが普通の女の子なら、ふんっと一言、そのまま怒って帰るに違いないよ。
「あの、由乃、由乃さん? そろそろ許してくれてもいいんじゃない、かな?」
宏隆が情けない目をして必死にアピールしているが、全くもって心に響かない。
「ふーん? それだけなんだ?」
「いや、そのあれだよ。怒ってる由乃より、笑ってる由乃の方が可愛いぞ!」
今度はおだて作戦か、僕が見栄王だからといってその程度の誉めでは足りないね。
「そんなの言われなくても判ってるよ♪」
リクエスト通りに笑顔になってあげた。一箇所、目だけは冷たいままだけど。
それを見た宏隆はひっと声を漏らし、震えている。
可愛い笑顔なのに失礼だよね。
これはあれかな? このまま置いて帰れという意思表示だろうか?
「さて、丁度お昼だし、キリも良いから解散でいいよね?」
「待った! それはあんまりだろ? オレ、今日のこと楽しみにしてたんだからさ、おかげで昨日寝れなかったんだぞ?」
「まさかとは思うけど、そのせいで疲れがどっと出たから寝てしまったなんて言い訳をしたいのかな?」
「そうだ!」胸を張る宏隆。
僕は開いた口が塞がらない。
「ふーん、だったら疲れてるだろうし、無理しないで早く家に帰って寝ればいいんじゃない? わたしは折角、新関駅まで出たのだから買い物でもして帰るよ」
「――なんだそういうことか! それならはっきり言ってくれればいいのに、オレが好きなものを買ってやろう!」
宏隆はハッと何かに気付いた様子を見せると元気になり、急にとち狂ったことを言い出した。
……話がかみ合って無いよ?
「だ、か、ら、宏隆は家に帰る。わたしは1人で買い物に行く? OK?」
「おう、オレと仲良く買い物をしたいってことだよな。本当は一緒に居たい癖に照れるなよ」
……頭が痛くなってきた。
「全然照れてないんだけどね。宏隆頭オカシイんじゃない?」
「まだ続けるのか? 由乃の拗ねてる姿は可愛いけど、そろそろ許してくれると嬉しいな」
「え? 誰が拗ねてるって?」
「だから、由乃がさ、ほらアレだろ? 突き放すようなフリをしてるけど、引き止めて欲しいっていう微妙な乙女心って奴? ちゃんと判ってるから安心しろよな!」
宏隆はニカッと白い歯を見せて笑っている。見た目だけは好青年だから良く似合っていた。
だけど……微妙な乙女心って何? 微妙な男心なら判るけどね!
「なんか疲れてきたよ……」
「そか? だったらお昼だしご飯でも食べようぜ」
僕がぼそりと呟いた台詞も、ものの見事に宏隆には伝わらなかった。
結局、僕は宏隆と一緒にお昼を食べることになる。
なんだかんだで僕は優しいのだろう。流されてるだけじゃないからね!
「由乃食べたいものあるか?」
「そうだねぇ――」
駅前まで戻ってきた僕達は、駅に隣接する繁華街の中を進んでいた。
繁華街は土日だけあって沢山の人で溢れている。
晴れていることもあり露店も多く出ていて、美味しそうな匂いが僕達の方まで漂ってきていた。
僕は軽く見回し、明るい色のワゴン車で出している食べ物が気になった。
「クレープ!」
「はい?」
怪訝な表情を浮べる宏隆、コイツは昔から甘い物が苦手なのだ。
「だから、そこのお店のクレープ!」
カップルが笑顔で食べているのが此処からも見てとれて、とても美味しそうなのだ。
「いや、それは判ったんだけどさ、由乃ってオレと同じで甘い物駄目だったろ? なんでクレープなんだよ?」
「あ、そういうこと? 実はさ……この体になってからというもの甘い物に目が無いんだ。今となってはクリームとか甘い物至上主義だね。今迄なんでこんな美味しいものを嫌ってたのか不思議なぐらいだ」
「そうか……」
僕の説明に納得はしたみたいだが、宏隆はいまいち乗り気じゃなさそうだ。
自分は食べれないからね。
「他には何か食べたいものあるか?」
案の定別の意見を聞いてきた。
まぁ、食べ物を1人だけで食べるというのも味気無いし妥協する。
「パフェ! アイスの一杯入った大きい奴!」
「……おい!」
うん、宏隆のコメカミ辺がひくついているね。
「なーに?」
小首を傾げて白々しく微笑んでみた。さぁ宏隆よどうでる!
愛しの由乃ちゃんの笑顔に逆らえるのか!
宏隆が頭を抑えながら、異次元で慕情という名のラスボスと戦っているのを横目に僕は何処吹く風だ。
文句があるなら僕に尋ねなければいいんだよ。
デートで相手の食べたいものを聞くのは定石?
そんなの知らないね。定石を破らなければ名人になれないのだ!
ちなみに僕は将棋はテレビで見るぐらいで弱い。
父さんは何故か強く、未だに飛車と角抜きでも負けている。
輝だった昔は良く遊んで貰ったものだ。
しかし、由乃の記憶にはそれは無い、代わりといってはなんだがとても甘やかされていたのは覚えている。
特に与えられる物品が大違いだった。ひょっとして僕って安上がりだったのだろうか。
男ってこういう時損だ……
等と考えている間に宏隆の戦いは終了したらしい。
妙に自信がありそうにしている。
「よし、バイキングの食べ放題か、ファミレスにしよう!」
「おお!」
僕の頭の中には甘味処のお店しかなかっただけに、この提案には意表をつかれた。
宏隆も好きなものが食べれるし、尚且つ僕のリクエストをしっかりケアしている。
やるな宏隆! 少し見直したよ。
「文句は無いよな?」
「うん、いいよ」
当然、僕に異論などある訳も無く、僕達は一番近くにあるファミレスに向かうことにした。
バイキングの食べ放題は土日だと割高になって余りお得感がないからだ。
某可愛い制服で有名のチェーン店に入り、ツイていたらしく数分待つだけで席に案内された。
宏隆の「喫煙席で!」という笑えないギャグをスルーしてくれたウェイトレスのお姉さんには感謝だ。
案内された場所は、窓際の席で外を歩いている人を見ることが出来た。
勿論、反対からも見られる訳だけど、食べてる最中には気にならないし、開放的な気分になれるから僕的には好きな席である。
お絞りで手を拭きながら水を一飲みしていると、
「オレの運の賜物だよな。この時間に殆ど並ばないなんてさ」
自慢気な口調で宏隆が同意を求めてきた。
「珍しくツイてたよね。わたしは宏隆と一緒だから30分待ちは覚悟してたよ」
勿論、僕は否定する。宏隆を調子に乗せてはいけないと思うんだ。
「どういう意味だよ?」
「どういう意味だろうね?」
お互いに軽く睨み合う。
さて、こんな不毛な争いをしている暇は無い。
僕は宏隆をスルーして、メニューを物色することにした。
肩透かしを食らった宏隆はまだ不満気な様子だが同様にメニューを捲りだした。
パラパラとメニューを見ると、期間限定のセットやら、カレー特集等、見ていて飽きない。
僕はその中の一つに目が止まった。
きのことチーズのハンバーグセット、何故かというと宏隆の大好物だからだ。
子供の頃から外で食べる時は肉を頼むのは周知の事実である。
賭けてもいいね! でも、敢えて宏隆には言わないよ。
僕が挑発したら、食べたいのを我慢して他のを選びかねないしね。
こういう場所では好きな物を食べた方が良いと思う。
折角安い値段で、沢山のメニューがあるファミレスに来たのに、好きなものを選べなければ損ってものだよ。
僕は勿論、チョコレートパフェだよ。
そんなのお昼ご飯じゃないと思うけど、ふふふ、勿論他にも頼むさ。
そう、ラザニアをね。
冷たいと熱い、両極端のハーモニーを味わうのだ!
宏隆の方を伺うともう粗方決めたらしい、どうせハンバーグだろうしね。
「もう頼むの決めた?」
「ああ、決めた、由乃は?」
「うん、わたしも決めたよ」
「了解、じゃボタン押すな」
宏隆がカウンターに備え付けられたボタンを押す。
そして、そのボタンを見ながらウズウズしているのを察した。
「宏隆、連打は駄目だからね?」
「わ、判ってるって、オレを何だと思ってるんだ」
目を逸らしながら言ってもまるで説得力が無い。
まったく、変なところが子供だよね。
だが、連打したくなる気持ちもよく判る。バスの降りる時のボタンと同じで、そこにあったら押したくなると思うんだ!
宏隆としょうもない痴話話をしながら待つ事数分、チーズの匂いとジューという音をさせたプレートをウェイトレスさんが運んできた。
勿論宏隆の目の前にはきのことチーズのハンバーグ。
一緒に僕の分も持ってきてくれたので、目の前には熱でチーズがぽこぽこしているラザニアが置かれていた。
そして、早速ご飯を食べようとした瞬間、
「ひょっとして、上杉さん?」
通り掛かった男子から声を掛けられたのだった。




