第9話 追放通告
朝の空気は、妙に澄んでいた。
宿屋の裏手。
朝日が、まだ冷たい。
アレスは、真剣な表情だった。
剣も鎧も身につけていない。
話し合いのための姿だった。
リナとカインも、少し離れた場所に立っている。
視線を合わせようとしない。
モブオは、すべてを察していた。
だから、何も言わなかった。
「……モブオ」
アレスが、口を開く。
「すまない」
その一言に、覚悟は確信へ変わる。
「君の成長は、ここで止まっている」
淡々とした声。
怒りも、苛立ちもない。
「スキルの伸びがない。戦闘参加率も低下している」
「この先の壮絶な戦いについて来るのは……正直、厳しい」
正論だった。
否定のしようがないほど、正しかった。
「俺たちは、もっと強くならなければならない」
「魔王を倒すために」
使命。
理想。
未来。
全部、正しい。
だからこそ
その言葉が、異様に冷たく聞こえた。
実力がない者は、去るしかない
決定事項だった。
相談ではない。
確認ですらない。
「これは、君のためでもある」
アレスは、そう付け加えた。
「無理に前線に立てば、命を落とす」
「小さな町で、別の道を探したほうがいい」
“お前のためを思って”。
その言葉が、最後の楔だった。
モブオは、しばらく黙っていた。
風が吹く。
朝の音が、やけに遠い。
そして、少しだけ口角を上げた。
「……なんか」
誰に向けた言葉でもなく。
「……あっけないねぇ」
自分でも驚くほど、穏やかな声だった。
怒鳴りたい気持ちも、
縋りたい衝動もない。
ただ、理解してしまった。
ああ。
ここまで、か。
アレスは、安堵したように息を吐いた。
「分かってくれて、助かる」
その一言で、
モブオの中の“仲間”という言葉が、完全に死んだ。
荷物は、もうまとめてあった。
剣。
防具。
C級スキルの刻印。
全部、変わらないまま。
モブオは、振り返らなかった。
振り返る理由が、もうなかったからだ。
こうして
勇者パーティーから、
ひとりの才能のないC級の男が、静かに切り捨てられた。
まだ誰も知らない。
この追放が、
世界の運命を大きく狂わせる始まりだということを。




