第8話 決定的な一言
宿屋の廊下は、夜になると妙に音が響く。
木の床。
誰かの寝返り。
遠くの笑い声。
モブオは、水を汲みに行こうとして、足を止めた。
アレスたちの部屋から、声が漏れていた。
最初は、ただの雑談だった。
今日の戦闘。
次のダンジョン。
報酬の話。
聞くつもりはなかった。
だが。
「……正直さ」
その声に、体が固まった。
アレスの声だった。
「もう、限界だろ」
短く、はっきりした言葉。
一瞬、誰も返事をしなかった。
沈黙。
それが、答えだった。
「悪いやつじゃないんだけどな」
別の声。
リナだった。
「真面目だし、文句も言わないし」
フォローのつもりなのが、逆に分かる。
「でもさ……」
誰かが続ける。
「一緒にいると、こっちの評価も下がるんだよ」
その言葉が、胸に突き刺さった。
評価。
数字。
格付け。
将来性。
全部、理解できる。
だからこそ、反論できない。
「次のランク査定、俺たち大事な時期だろ?」
「足引っ張られるのは、正直キツい」
「守る前提で動くのも、もう限界だ」
言葉は、淡々としていた。
怒りも、悪意もない。
ただの
現実の整理だった。
モブオは、廊下の壁に背をつけた。
心臓の音が、うるさい。
ああ。
そうか。
俺はもう、
“どうするか話し合われる側”なんだ。
仲間じゃない。
対等じゃない。
「追い出す」なんて、
まだ誰も言っていない。
けれど。
その言葉を使わないだけで、
結論は、もう出ていた。
「明日、話そうか」
アレスの声。
優しい声。
「ちゃんと説明したほうがいい」
「モブオなら、分かってくれるだろ」
その一言で、
全てが終わった。
分かってくれる。
分かってしまうからこそ、
一番残酷な言葉だった。
モブオは、静かにその場を離れた。
水は汲まなかった。
部屋に戻り、
ベッドに腰を下ろす。
天井を見る。
何も、考えられなかった。
怒りもない。
悲しみも、まだない。
ただ、
胸の奥が、ひどく冷えていた。
その夜。
モブオは初めて、
自分が勇者パーティーに居る理由を、見失った。




