第7話 守られる側になる屈辱
その魔物は、明らかに格が違った。
ダンジョン深層。
重装甲の牛の魔獣ミノタウロス。
一歩踏み出すたびに、地面が鳴る。
吐く息すら、刃のように鋭い。
「気を抜くな!」
アレスが叫び、前に出る。
剣と斧がぶつかり、
火花が散る。
《乱れ切り(A級)》が入る。
《ファイヤード(B級)》が焼く。
《カウンター(B級)》が跳ね返す。
連携は、完璧だった。
……俺以外は。
俺は、少し離れた場所で剣を握っていた。
今なら、殴れるか?
その一歩を、踏み出そうとした瞬間。
「モブオを後ろに下げろ!」
アレスの声が、戦場を切り裂いた。
「カイン! モブオを守れ!」
一瞬、意味が理解できなかった。
次の瞬間、
俺の前に、光の壁が展開される。
《守る》。
カインの背中。
「下がってください!」
言葉は必死で、真剣だった。
守られている。
俺は、立ち尽くした。
斧が地面を叩き割る。
その衝撃は、防壁越しでも伝わってくる。
俺は、何もしていない。
いや。できていない。
仲間の背中越しに、戦場を見る。
アレスが斬る。
リナが焼く。
カインが支える。
俺は、その蚊帳の外側にいた。
その瞬間、
胸の奥に、冷たいものが突き刺さった。
ああ。
俺は、
守るべき存在になってしまった。
C級《殴る》しか持たない俺が、
前に出れば、誰かが庇わなければならない。
俺が動けば、
仲間のリスクが増える。
それはつまり――
足手まといということだった。
戦闘は、勝利に終わった。
ミノタウロスが倒れ、
重たい音を立てて崩れる。
「……無事か?」
アレスが、俺を見る。
心配そうな顔。
「大丈夫だ」
そう答えたが、
喉が、ひどく乾いていた。
カインが防壁を解く。
「怪我はありませんね。良かった」
その言葉が、
胸に、重く落ちた。
良かったのは、
俺が“戦わずに済んだ”ことじゃない。
死なずに済んだことだ。
剣を見る。
刃は、汚れていない。
戦っていない証拠。
握りしめる手が、震えていた。
夜。
焚き火の前。
誰も、このことを話題にしなかった。
触れてはいけないと、
全員が無意識に理解していたからだ。
だが俺は、分かってしまった。
今日を境に、
俺は“守られる側”になった。
それは、
戦えないことよりも、
ずっと屈辱だった。




