第4話 完全に分かれた両者の道
最初に戻ってきたのは、
戦える者ではなかった。
老人。
子どもを抱えた母親。
荷車を引く商人。
武器も、加護も、英雄譚も持たない人々。
彼らが口にする言葉は、いつも同じだった。
「……本当に、あそこは大丈夫なのか?」
誰も「勝てる」とは聞かなかった。
「魔王軍を倒せるか」も、聞かなかった。
ただ生きて住んでいた場所に帰れるか。
拠点の門前で、モブオはいつも同じ答えを返した。
「絶対安全じゃない」
「でも、死なないようには戦ってる」
それで、十分だった。
人は、残った。
噂は、炎のようには広がらない。
叫び声も、号外もない。
一人が帰ると思い出す。
二人が帰ると、確信になる。
十人が帰ると、場所になる。
・夜襲が来ても、逃げ道がある
・魔物が現れても、時間を稼げる
・前線なのに、朝を迎えられる
噂は、こう言い換えられていった。
「勝つ拠点」ではなく、
「帰れる拠点」。
やがて、囁きは形を持つ。
「あそこは……安全だ」
人の動きは、数字より雄弁だった。
補給商が戻る。
職人が作業を始める。
農夫が、畑を耕す。
誰かが、ぽつりと口にした。
「英雄はいないけどな」
それは、非難ではなかった。
むしろ安心の理由だった。
その情報は、やがて別の場所にも届く。
勇者アレス陣営。
報告役の兵が、慎重に言葉を選ぶ。
「……ガーランド大陸西縁にて」
「C級スキルのみで構成された部隊が」
「小規模ながら、拠点を維持しています」
アレスは、鼻で笑った。
「は?」
机に肘をつき、興味なさそうに言う。
「雑魚の足掻きだ」
「勝てもしない連中が、何を守る?」
「戦争は、勝って終わらせるものだ」
部下が、続ける。
「ですが……」
「民間人の流入が止まりません」
「補給線も――」
アレスは遮った。
「関係ない」
冷たい声。
「英雄がいなければ、いずれ崩れる」
「数字にもならん」
彼の価値観は、明確だった。
強者が勝つ。
弱者は切り捨てる。
勝利だけが、意味を持つ。
その瞬間。
両者の道は、完全に分かれた。
一方は、勝たなくても続く戦いを選び。
もう一方は、
勝てないものと切り捨てた。
だがアレスは、まだ知らない。
“雑魚の足掻き”が、戦争の地盤そのものを変え始めていることを。
噂は、今日も静かに広がっていく。
剣より遅く。
炎よりも弱く。
だが、恐怖よりもずっと早く。




