第2話 噂は、火より遅く、恐怖より早い
最初に拠点へ来たのは、
冒険者ではなかった。
農夫。
荷運び。
逃げ遅れた職人。
共通していたのは、
武器を持たないこと。
「……ここ、安全なのか?」
誰もが同じ顔で、同じ質問をする。
モブオは即答しなかった。
代わりに言った。
「死なないようには、戦ってる」
それだけで、人は残った。
噂は、奇妙な形で広がっていく。
・勝ってないのに、生き残る拠点
・英雄がいないのに、奪われない場所
・C級しかいないのに、壊れない前線
やがて、こう囁かれる。
「あそこは、“無事に帰れる”」
それは、この世界では
最上級の評価だった。
拠点に人が増えるたび、
戦力は増えなかった。
代わりに――
理由が増えていった。
最初に差し出されたのは、金でも情報でもない。
「……これしか、持ってなくて」
農夫が見せたのは、
C級スキル《土ならし》。
畑を平らにするだけの、
戦場では役に立たない能力。
モブオは首を横に振らなかった。
「いい。代わりに――」
デブリが前に出る。
「拠点の外周、整地できるか?」
土ならし++
防壁の基礎になる。
モモが気づく。
「地面が安定すれば、詠唱事故が減る……!」
ノエルが小さく息を呑む。
「……応援、重ねられる」
価値が、反転する。
次に来た荷運びは、
《軽荷》というC級スキルを差し出した。
速くも強くもならない。
ただ、疲れにくくなるだけ。
だが
《軽荷》+《守る》
撤退速度が上がる。
《軽荷》+《応援》
持久戦の士気が落ちない。
《軽荷》+《多重防壁》
“逃げながら守る”が成立する。
モブオは静かに言った。
「……戦える」
誰もが、それを否定できなかった。
噂は、さらに形を変える。
・C級スキルを、笑われない場所
・弱いままで、役割を持てる拠点
・死なずに、価値を渡せる前線
人が集まるたび、
拠点は“強く”ならない。
厚くなる。
遠くで、魔王軍斥候がその動きを見る。
報告書には、こう書かれた。
撃破数:少
被害:ほぼゼロ
撤退率:異常
評価不能
勝っていないが、
負けてもいない
上位指揮官は、そこに赤線を引いた。
初めて、戦い方そのものが危険視された瞬間だった。




