第1話 初の拠点奪還(小規模)
霧の海を越えた先に、ガーランド大陸の影が見えた。
かつて逃げ出した大地。
魔王軍の占領地。敗北の記憶が染みついた場所。
上陸地点は、地図にもほとんど載らない周縁部だった。
岩場と低木に囲まれ、魔力反応も薄い。
正面から攻める価値がないと判断された場所。
だが、モブオはそこを選んだ。
最初の接触は、斥候二名だった。
魔王軍の標準装備。
索敵用の魔道具と、連絡用の魔力灯。
「来る」
モブオの一言で、全員が散開する。
陣形は取らない。
陣形を作らないことが陣形だった。
小規模戦闘①
接触 → 分断 → 無力化 → 撤退
斥候が補給拠点跡に近づいた瞬間、
モブオが小さく指を鳴らす。
《スロー+スロー》
広範囲ではない。
足元だけ、時間が重くなる。
「……っ!?」
違和感に気づいた瞬間、
デブリの《守る+》が発動する。
壁ではない。
盾一枚分の硬質魔力。
視界を遮るためだけの防御。
その影から、
モモの《ファイヤー+ファイヤ》二連ファイヤーが飛ぶ。
火力は低い。
だが狙いは違う。
魔力灯。
パチ、と音を立てて照明が消える。
暗闇。
通信不能。
その瞬間、ノエルの《応援》が乗る。
《応援+》
「今は、下がれ」
声は出していない。
だが、全員の判断が一斉に揃う。
撤退。
斥候は無傷のまま立ち尽くす。
何が起きたのか、理解できない。
だが
拠点には近づけなかった。
小規模戦闘②
誘導 → 消耗 → 放棄させる
次は三名。
今度は慎重だった。
だからこそ、モブオは“罠”を張る。
「わざと、足跡を残す」
デブリが眉をひそめる。
「見つかるぞ」
「見つけさせる」
足跡は一本。
森の奥へと続く。
追った魔王軍小隊は、
森の中で《スロー+スロー》を受ける。
時間が、じわじわ削られる。
逃げているのに、追いつけない。
攻撃していないのに、疲れる。
モモの魔法は撃たれない。
デブリも前に出ない。
ただ、応援だけが重なる。
《応援+》
《応援+》
「焦るな」
「今は、戻れ」
小隊長が判断する。
「……撤退する」
戦闘は発生していない。
だが、補給路の安全性は否定された。
小規模戦闘③
初めての“排除”
四度目の接触。
今度は敵が強硬だった。
斥候ではない。
制圧目的の小部隊。
「今回は、逃がさないつもりだ」
モブオが告げる。
「でも全滅させない」
目標は明確だった。
・一人、動けなくする
・他は逃がす
恐怖と情報を持ち帰らせる。
デブリが前に出る。
《守る+移動+守る》
壁が、前進する。
攻撃を受け流しながら距離を詰める。
モブオは《+》を重ねる。
殴る++
乱打ではない。
同じ部位だけを、繰り返す。
膝。
装甲の継ぎ目。
一人が崩れ落ちた。
致命傷ではない。
だが、立てない。
その瞬間、ノエルの《応援》が響く。
《応援+》
「十分だ」
全員が即座に撤退行動へ移る。
残された魔王軍兵は、
仲間を抱えて退くしかなかった。
三日後。
魔王軍は、
その補給拠点跡を放棄した。
理由は単純。
・損害は軽微
・だが、安全が保証されない
・制圧コストが合わない
つまり割に合わない場所になった。
モブオは、崩れた壁に手を置く。
「勝ったわけじゃない」
「でも――」
ノエルが静かに言う。
「戻ってきた人が、使える場所になった」
焚き火が増える。
簡易の結界が張られる。
拠点としては、最低限。
だが、確実に
人間側の足場だ。
この時点で、魔王軍の記録にはこう残る。
「当該地域、制圧困難。
異常な撤退率あり。
敵戦力不明。
だが、継続的活動を確認」
勝っていない。
だが、初の拠点を奪い返した。
それは、モブオ達の反攻の第一歩だった。




