第10話 観測者が動く
■ 魔王軍・上位指揮管制塔
漆黒の水晶板に、数値が流れる。
戦闘記録。
魔力消費。
損耗率。
戦闘継続時間。
どれも、致命的ではない。
だが。
「……おかしい」
低く呟いたのは、
魔王軍上位指揮官《観測者》エル=グラフ。
彼は“戦場を見ない”。
数字だけを見る。
「火力指数:低」
「単体撃破率:低」
にも関わらず
水晶に、赤い線が走る。
魔王軍小隊
戦闘不能率:17.6%
撤退判断時間:通常比 143%
「時間だ」
エル=グラフは、指を組む。
「時間を奪われている」
異常値:支援効果
別の数値群が、拡大表示される。
《応援》
分類:精神補助
本来効果:士気微増/集中力微増
危険度:E
だが、実測値は違った。
行動失敗率:-32%
詠唱中断率:-41%
位置ズレ補正:+27%
判断遅延:-19%
「……支援じゃない」
エル=グラフの目が、細まる。
「戦闘制御だ」
名前が、浮かぶ。
個体名:ノエル
職業:チアガール
スキル:応援(変異型)
階級評価が、自動で書き換えられる。
E → C → B → 未定
「単独では無害」
「だが」
次のデータ。
個体名:モブオ
能力:+(増幅・重複型)
単発性能:低
継続効率:異常
戦闘崩壊率:極小
二つのグラフが、重なる。
・+(量を重ねる)
・応援(意味を重ねる)
「……危険だ」
エル=グラフは、断定する。
「育てば、戦場そのものを変える」
水晶板に、赤文字が刻まれる。
特別排除対象
優先度:B+
理由:
・戦闘時間を歪める
・被害を出さず、支配を崩す
・士気ではなく“判断”を支配する
「英雄より、厄介だ」
「英雄は、折れる」
「だが――」
「安全に戦う者は、折れない」
エル=グラフは、命じる。
「追撃は不要」
「狩るのは、準備が整ってからだ」
◇◇◇
夜。
焚き火は、低く。
モブオたちは、再び大陸へ戻っていた。
逃げるためじゃない。
戻るためだ。
「補給路、三つ」
モモが、地図を指す。
「魔王軍は、まだ“反攻”を想定していない」
デブリが、頷く。
「守りは薄い」
ノエルは、旗を握る。
「……私、怖いです」
「でも」
小さく笑う。
「応援、やめません」
モブオは、静かに言う。
「俺たちは、勝てない」
「でも」
拳を握る。
「負けない戦争なら、できる」
反攻準備
・戦わない場所を決める
・戦う時間を選ぶ
・撤退線を先に引く
そして
“戻れる戦場”だけを、取り返す。
遠くで、魔王軍の砦の灯が見える。
だが。
「……始めよう」
狩られる側だった者たちは、
今度は、戦争の形を、変えに来た。
【 第五部 修行編 完結】




