第5話 笑いの質が変わる
その戦いは、間違いなく“節目”だった。
森の奥に巣食うオークロード。
序盤のボスと呼ばれる魔物だ。
「行くぞ!」
アレスの号令で、戦闘が始まる。
巨体のオークロードが地面を踏み砕き、
重い咆哮を上げる。
「ファイヤーいや、違う」
リナの魔力が、一段階深く沈む。
次の瞬間、放たれた炎は弾ではなかった。
流れるような火線。
《ファイヤード(B級)》
炎が連続して走り、オークロードの体表を焼き尽くす。
「リナ、今の……!」
「私も驚いてる!」
続けて、オークロードの反撃。
「カイン!」
「はい」
カインが構えた瞬間、
オークの一撃が防壁に触れ跳ね返った。
《カウンター(B級)》
守りから、攻めへ。
「僧侶のカウンターだと……?」
戦場が、完全に変わった。
そして、最後は。
「終わりだ!」
アレスの剣が、三度、光った。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
流れるような連続斬撃。
アレスの《乱れ切り》が、確実に急所を穿つ。
轟音とともに、
オークロードは崩れ落ちた。
勝利。
完全な勝利。
俺は
最後まで、前に出なかった。
荷物を守り、
周囲を警戒し、
仲間の背中を見ていただけ。
戦闘が終わり、
皆が息を切らして笑い合う中で、
俺だけが、剣を振るっていなかった。
その夜。
町の酒場で、打ち上げが開かれた。
「アレスの乱れ切り、完全に化け物だろ!」
「いや、リナのファイヤードもヤバい!」
「僧侶が殴り返す時代か……」
笑い声。
杯がぶつかる音。
アレスの武勇伝が、何度も語られる。
「最初の一撃、見えたか?」
「完全に間合いを支配してたな」
皆が、同じ方向を向いて笑っている。
その輪の、ほんの少し外で。
「そういえばさ」
誰かが、冗談めかして言った。
「モブオはいつB級スキルになるんだ?」
一瞬の間。
次の瞬間、
どっと笑いが起きた。
「確かに!」
「一気に追い抜かれたな!」
「まあ、タイミングだよ!」
軽い。
本当に軽い。
誰も、悪気なんてない。
だからこそ――
逃げ場がなかった。
俺も、笑った。
「はは……そのうち、な」
喉が、少し痛んだ。
誰も、その笑顔を見ていなかった。
視線は、
アレスへ。
リナへ。
カインへ。
“成長した者たち”へ。
俺の前には、
空になった杯だけが残っていた。
ああ。
笑いの質が、変わった。
昔は、同じ場所に立っていた。
今は、同じ話題に入れてもらっているだけ。
それだけの違い。
それだけの距離。
酒場を出た夜風が、やけに冷たい。
背中越しに聞こえる笑い声は、
遠く、別の世界のものみたいだった。
俺は空を見上げ、
小さく息を吐く。
置いていかれるというのは、
こんなにも静かなことなのか。




