第8話 追われる者たち
森が、静かすぎた。
風は吹いている。
獣の気配もある。
それなのに――
生き物の“逃げる音”だけが、消えている。
モブオは立ち止まった。
「……来てる」
デブリが、盾を握り直す。
モモの呼吸が、浅くなる。
ノエルだけが、少し遅れて気づいた。
「これ……追跡型ですね」
その瞬間。
枝が、折れた。
魔王軍・探索部隊
現れたのは、三体。
人型だが、明らかに人ではない。
・黒い外套
・無音の足取り
・顔の位置にあるのは、仮面のような魔力膜
魔王軍斥候。
戦闘用ではない。
だが
逃がさないための存在。
「C級混成……」
斥候の一体が、淡々と告げる。
「記録あり」
「異常値、確認対象」
モブオは、歯を噛み締める。
「……もう、噂になってるな」
逃げ場のない戦闘
斥候が、動く。
速い。
数値上はB級未満。
だが無駄がない。
《拘束糸》
《沈黙波》
逃走封鎖。
「来るよ!」
モモが叫ぶ。
デブリが前に出る。
《守る+移動》
防壁が、滑るように前進する。
初めての実戦使用。
「……行ける!」
だが
圧が、強い。
単発では、押し切られる。
その瞬間。
ノエルが、一歩前に出た。
「大丈夫」
声は、震えていない。
「今まで通りでいい」
「やることは、変わらない」
旗を振る。
ただそれだけ。
だが
空気が、変わる。
モブオは、はっきりと感じた。
+が、迷わない。
「……これか」
《応援》に、意味が重なっている。
・焦らなくていい
・守る順番が見える
・魔法を切るタイミングが分かる
ノエルのスキル表示が、弾ける。
《応援》(C級)→《大応援》(B級)
効果
・味方の行動精度向上
・精神負荷軽減
・スキル連携成功率上昇
「……っ!」
ノエル自身が、驚く。
「声が……届いてる……!」
モブオが、踏み込む。
《乱打》
だが今回は、違う。
《乱打+位置》
ノエルの応援が、
「どこを殴るか」を明確にする。
当たらない拳が、
当てるべき場所だけを削る。
斥候の足が止まる。
そこへ
モモ。
《導光風》
光と風が、戦場を整える。
詠唱は、噛まない。
魔力は、暴れない。
「今……!」
モブオが、+を重ねる。
《ファイヤー+ファイヤー》
《二連ファイヤ》(B級相当)
初めて、
明確な“火力”として成立する魔法。
斥候一体、消失。
残り二体。
同時に突っ込んでくる。
デブリが、低く言う。
「……守るものは、前だ」
《守る+選別》
防壁が、全方向には広がらない。
仲間側だけを覆う。
攻撃は、通す。
味方だけを、守る。
一体が自滅的に突っ込み、
防壁に激突して崩れる。
最後の一体が、後退する。
「……観測完了」
次の瞬間、霧のように消えた。
沈黙。
誰も、すぐには動けなかった。
ノエルが、震える声で言う。
「……勝ち、ました?」
モブオは、深く息を吐く。
「ああ」
「追われる側だったけどな」
スキル表示が、更新される。
モブオ
冒険者ランク:C → B
モモ
魔法安定度:B相当
デブリ
防御評価:B相当
ノエル
支援職ランク:B
初めての、明確な前進。
だが
モブオは、笑わなかった。
「……見られた」
「もう、逃げ切れないかもしれない」
遠くで、
角笛の音が響いた。
探索ではない。
狩りの合図だ。
追われる者たちの旅は、
ここから本当の意味で終わる。




