第2話 敗者の逃亡
夜が、味方にならない。
カイザーランドの占領地では、
闇ですら魔王軍に管理されている。
空を巡回する飛行魔獣。
地を嗅ぎ回る追跡獣。
遠くで響く、規律正しい足音。
残党狩りの追撃部隊。
数は多くない。
だが、逃げる者を仕留めるには十分すぎる。
「止まるな!」
モブオが低く叫ぶ。
瓦礫を越え、
崩れた街路を抜け、
三人は影から影へと身を移す。
背後で、
何かが“潰れる音”がした。
遅れた誰かが、
見つかったのだ。
叫びは上がらない。
一瞬で、音が消える。
途中、かつての冒険者ギルド支部が見えた。
半壊。
掲示板は焼かれ、
依頼書は風に舞っている。
そこにあるはずのものが、ない。
人がいない。
受付嬢も、管理者も、
見慣れた顔は一人も。
「……ギルド、終わったのか」
デブリの声が、かすれる。
否定できる材料は、どこにもなかった。
名のある冒険者たちも、消えている。
A級剣士グラナート。
防御職の名手バルド。
回復専門の聖女リュシア。
戦死か。
捕縛か。
それとも粛清か。
確認する術はない。
姿を消した
それだけが事実だった。
モモが、足を止めかける。
「……私、魔法……意味あったのかな」
声が、弱い。
戦場で、
超竜が現れ、
英雄が砕かれた光景。
重ねてきた詠唱が、
あまりにも小さく感じられた。
デブリは歯を食いしばる。
「俺が……もっと硬ければ……」
「前線、守れたかもしれないのに……」
盾役として、
守れなかった現実が、胸をえぐる。
その時
モブオが立ち止まった。
振り返り、
二人を見る。
「逃げてるんじゃない」
静かだが、
はっきりとした声。
「探しに行くんだ」
モモが顔を上げる。
「……何を?」
モブオは、前を見た。
占領された大陸。
英雄なき世界。
単発最強が支配する現実。
「勝ち方だ」
「俺たちの、“+(プラス)”が通じる場所を」
「通じる戦い方を」
追撃部隊の気配が、近づく。
時間はない。
だが、
三人の足取りは、さっきよりも重くない。
敗者の逃亡は、
同時に再起の旅でもあった。




