第1話 魔物陥落の大陸
カイザーランドは、
完全に陥落していた。
白亜の王城は崩れ、
城壁は外からではなく“上から”押し潰されている。
それは砲撃でも、爆発でもない。
質量による圧殺。
重層竜バルガスが、
ただ「そこに立った」痕跡だった。
王旗は裂かれ、
代わりに魔王軍の紋章が掲げられている。
だが、街は焼かれていない。
人も、建物も、残されている。
――それが、支配の完成形だった。
通りでは人間たちが働いている。
瓦礫の運搬。
魔王軍施設の建設。
魔物用の飼育区画の整備。
鎖はない。
鞭も振るわれていない。
それでも、誰一人として逆らわない。
逆らった者が、
どうなったかを――
全員が知っているからだ。
昨日まで隣にいた者が、
今日はいない。
説明はない。
痕跡もない。
「粛清」は、
音もなく、街の一部として行われていた。
恐怖が、秩序になっている。
瓦礫の影から、
モブオたちは街を見下ろしていた。
「……竜はいないな」
モブオが低く言う。
重層竜バルガス。
魔王軍幹部。
この大陸を落とした存在。
姿はない。
だが――
いないのに、圧が残っている。
地面の沈み。
建物の歪み。
城壁に刻まれた、圧壊の痕。
ここは、
一度“踏みしめられた世界”だ。
モモは、言葉を失っていた。
魔法で救える範囲を、
とっくに超えている。
デブリは拳を握りしめる。
盾として立つ場所は、
もうここにはない。
守る前線が、
存在しないからだ。
遠くで、魔王軍の兵が巡回している。
人間を見る目ではない。
資源を見る目だ。
英雄はいない。
勇者もいない。
A級も、S級も――敗れ、消えた。
残されたのは、
支配と、沈黙と、
「従えば生きられる」という現実。
単発最強が勝利した世界。
「……離脱するぞ」
モブオが言う。
声は震えていない。
だが、軽くもない。
ここにいても、
戦う意味はない。
今
生き延びるしかない。
瓦礫の街を背に、
三人は静かに動き出す。
英雄なき世界が、
今、確かに始まっていた。




