第9話 呼ばれるC級
魔物の大群の戦いは撤退戦となった。
怒号。
悲鳴。
命令が、途中で千切れていく。
「後退! 後退だ!!」
「担架を回せ!」
「勇者が――!」
前線は、崩れながら動いていた。
その流れの中で。
一人だけ、逆向きに歩く者がいた。
モブオだ。
息は荒い。腕は震えている。
剣も、決して名剣ではない。
だが。
彼は、止まった。
瓦礫と死体が折り重なった地点。
ちょうど、
戦線が“穴”になっている場所。
「……ここだ」
誰に言うでもなく、
モブオは呟いた。
デブリが、一歩前に出る。
盾役でもない。
ただ、倒れない体を持つだけの男。
「来るぞ」
その声は、妙に落ち着いていた。
モモが、息を吸う。
詠唱を始める。
派手な魔法じゃない。
威力も低い。
《スロー》対象の動作速度を10〜20%低下(C級)
効果時間は短い(数秒〜十数秒)
《バインド》対象の足・翼・関節の一部を拘束(C級)
完全拘束ではなく、「引っかかる」「引き戻される」程度
《マナリペア》回復・循環系(C級)
HPではなく魔力と集中力を微回復
重ねる魔法。
時間を稼ぐためだけの、
地味な魔術。
その瞬間。
超竜部隊の残党が、
押し寄せてくる。
飛行型が降下し、
重装型が地面を踏み鳴らす。
本来なら、
A級が対応する敵。
だが今、
そこに立っているのは
C級。誰も、
命令していない。
誰も、期待していない。
それでも。
モブオは、剣を構えた。
「前に出るぞ」
デブリが、盾代わりに身体を入れる。
重装型の爪が、振り下ろされる。
直撃。
デブリの身体が、沈む。
だが、倒れない。
膝が折れ、地面にめり込みながらも、
踏みとどまる。
「今だ!」
モブオが、踏み込む。
一撃。
浅い。
致命傷ではない。
だが、同じ箇所。
次の一撃。さらに次。
鱗の継ぎ目。
関節。
装甲の“薄い場所”。
狙いは、常に同じ。
派手さはない。
だが削れていく。
飛行型が、
突っ込んでくる。
モモの魔法が、
重なる。
速度が落ちる。
高度が下がる。
「落ちろ!」
モブオの剣が、届く。
一体。
また一体。
即死じゃない。だが、
確実に数が減る。
その様子を、後退する兵たちが振り返る。
「……止まってる?」
「C級が……前線を?」
混乱の中。
そこだけ、崩れない。
壊れない。
重層竜バルガスが、その様子を見下ろす。
黄金の瞳が、細まる。
「単発最強は、折れる」
低い声。「だが――」
視線が、C級の一団に向く。
「重ねる力は戦線になる」
モブオは、気づいていない。
自分たちが、英雄の代わりに立っていることを。
ただ、必死に剣を振り。
必死に、仲間の背中を信じているだけだ。
撤退する軍の背後で。
名もなきC級が、世界を支えていた。
英雄が退き、落ちこぼれが前に出る。
戦場の哲学が、静かに、書き換わり始めていた。




