第3話 C級冒険者の異常値
戦場の片隅。
誰にも期待されていない場所で、
静かな異変が起きていた。
C級冒険者
本来なら、最も早く崩れ、
最も多く死ぬはずの殿。
だが。
デブリの前に張られた
守る+守る+守る+守る+守る
《多重防壁》(C級)は、
獣の爪も、魔物の体当たりも、
まるで「順番待ち」をさせるかのように受け止め続けていた。
牙が砕け、
爪が滑り、
巨体が跳ね返される。
一枚目が軋み、
二枚目にひびが走り、
三枚目が鈍く鳴る。
だが、崩れない。
一枚破られれば、
その奥から、また一枚。
さらにその奥から、もう一枚。
重ねた防壁が、
魔物の突進を“勢いだけの自殺行為”に変えていく。
「……まだ、防御壁があるぞ……?」
前列の魔物が立ち止まる。
後ろから押され、前に進めず、
防壁の前で渋滞が起きる。
群れが、詰まる。
そこへ、モブオの《乱打》が叩き込まれる。
《殴る+空振り+殴る》
《空振り+殴る+空振り+殴る》(C級)
一撃一撃は軽い。
だが、数が違う。
一撃は軽い。
骨を砕くほどではない。
首を落とすほどでもない。
だが
同じ箇所を、
同じ関節を、
同じ足首を、何度も叩く。
鈍い音。
嫌な感触。
力が抜ける感覚。
膝が折れる。
体勢が崩れる。
倒れた魔物に、後続が躓く。
「――ギャッ」
倒れた瞬間、
別の魔物が踏みつけ、
さらに別の個体が覆いかぶさる。
削る。
止める。
転ばせる。
致命打ではないはずの攻撃が、
“群れ”という形態そのものを破壊していく。
怒号が混じる。
咆哮が乱れる。
魔物同士が噛み合い、引っ掻き合い、
列が完全に崩壊する。
その隙間を縫うように、
モモの魔法が重なる。
《ファイヤー+ファイヤー》
《二連ファイヤー》(C級)
火が、線になる。
魔物の列が、崩れる。
炎が走る。
だが広がらない。
そこに風。
燃焼だけを押し出す。
さらに光。
影を消し、味方の視界を確保する。
最後に衝撃。
倒れた魔物だけを弾き飛ばす。
炎の上に風。
風の中に光。
光の中に衝撃。
派手さはない。
爆音もない。
だが――確実だ。
味方に被害が出ない。
魔力が暴走しない。
連携が寸分も狂わない。
魔物の群れは、
数では圧倒しているはずだった。
それでも。
防壁の前で止まり、
乱打で削られ、
重ね魔法で整理される。
気づけば、
“攻めていたはずの群れ”が、
“処理される対象”に変わっていた。
誰もが理解する。
これは、C級の戦い方じゃない。
◇◇◇
やがて、戦況報告が上がる。
「C級ライン、崩壊なし」
「突撃兵が……前に押し返しています」
伝令の声に、
前線指揮官が思わず地図を見直す。
位置が、違う。
本来、後退しているはずのC級の印が、
わずかだが、確実に前へ動いていた。
「……C級だろ?」
誰かが呟く。
だが、数字は嘘をつかない。
“異常値”。
そう呼ぶしかない存在が、
戦場の最底辺で、静かに牙を剥いていた。




