第5話 肉壁の再定義
実戦だった。
新大陸西縁、
危険区域手前の監視任務。
数は多いが、
個々は中級魔物。
本来なら、
複数パーティーで当たる案件だ。
だが前線に立つのは、一人。
アーマーナイト・デブリ。
巨大な鎧が、地面に影を落とす。
魔物の群れが、走る。
最初に見えたのは、影だった。
空が、暗くなる。
頭上を旋回するのは
爪翼獣。
翼の先端が鉤爪になった空飛ぶ魔物。
急降下し、頭部と背中を狙ってくる。
次に地を割るような唸り。
草むらから跳び出したのは
肉食獣型魔物。
低い姿勢、剃刀のような牙。
喉元を一直線に狙う、純粋な殺意。
そして
大地が、鳴いた。
重低音。
突進型。
巨体。硬い額。
防御も回避も許さない、正面破壊用の魔物。
空・地上・正面。
三方向。
役割が、完全に分かれている。
逃げ場はない。
後衛は、即座に潰される構成だ。
「……来るぞ」
誰かが息を呑む。
だが、
前に出たのは一人だけだった。
ガシン、と金属が鳴る。
デブリ。
巨大な鎧が、
三種の魔物の正面に立つ。
空から、爪。
横から、牙。
正面から、突進。
同時。
殺しに来ている。
その背後で。
モブオは、短く息を整えた。
《守る+守る+守る+守る+守る》
+(プラス)を、連続で重ねる。
視界が、歪む。
頭の奥が、熱を持つ。
《多重防壁》(C級)
空間が、厚くなる。
激突。
本来なら、
三方向からの衝撃で
鎧ごと吹き飛ぶはずだった。
だが。
音が、途中で消える。
爪は、
見えない層に弾かれ。
牙は、
噛み込む前に止まり。
突進は――
衝撃そのものが、失われた。
「……来い」
デブリは、そう言った。
恐怖ではない。
挑発でもない。
守れるという確信から出た声だった。
魔物たちは、戸惑う。
壊れない。
押せない。
突破できない。
目の前の存在が、
「壁」ではなく
城塞だと、
理解し始めていた。
「肉壁」じゃない。
これは、
前に進むための、防御だ。
沈黙。
冒険者たちは、
デブリを見る。
言葉が、出てこない。
防御役は、“守って倒れる存在”だったはずだ。
だが彼は違う。
守って、世界を止めていた。




