第2話 初めての差
ゴブリンの群れは、森の奥から現れた。
三体。
どれも粗末な棍棒を握り、甲高い声で叫びながら突進してくる。
「来るぞ!」
アレスが前に出る。
C級《返し斬り》を構え、正面から受け止める構えだ。
俺は左に回り込む。
《殴る》ただそれだけのスキルだが、
隙を突けば十分に効く。
「カイン、守りを!」
「はい」
淡い光が展開され、リナの前に防壁が張られる。
「ファイヤー、準備中!」
連携は完璧だった。
……はずだった。
「ギャッ!」
一体のゴブリンが、予想以上に素早く間合いを詰めてくる。
棍棒がアレスの剣を弾き、体勢が崩れた。
「アレス!」
次の瞬間だった。
アレスの視界が、静かに澄み切る。
時間が、わずかに引き延ばされたような感覚。
見える。
振り下ろされた棍棒。
その軌道。
相手の踏み込みの癖。
身体が、考えるより先に動いていた。
弾いた剣を、返す。
いや跳ねるように、鋭く。
《つばめ返し(B級)》
スキルが、覚醒した。
銀の軌跡が描かれ、
二閃が同時に走る。
「グギャッ――!」
ゴブリンは声も上げられず、その場に崩れ落ちた。
一瞬の静寂。
「……今の、見た?」
リナが目を見開く。
「二回、斬った……?」
アレス自身も、信じられない顔で剣を見つめていた。
「これが……B級……?」
残る二体のゴブリンは、怯んだ。
その隙を逃さない。
「今だ、モブオ!」
「任せろ!」
俺は前に飛び出し、《殴る》を叩き込む。
顔面に直撃。
「ギィッ!」
体勢を崩したところへ、リナの《ファイヤー》。
戦闘は、あっけなく終わった。
勝った。
だが、それ以上に。
「アレス、今の……すごかった!」
リナが駆け寄る。
「B級よ、B級! こんなに早く!」
「神の加護が……」
カインも感嘆の息を漏らす。
俺は少し離れたところで、その光景を見ていた。
胸がざわつく。
けれど、不思議と焦りはなかった。
すごいな。
さすが、勇者だ。
心から、そう思った。
「モブオ」
アレスが近づいてくる。
「さっき、助かった。囮に回ってくれなかったら、俺はやられてた」
「別に。俺の役目だろ」
そう答えると、アレスは少し困ったように笑った。
「地味だけどさ」
その言葉に、一瞬だけ胸が引っかかる。
「……いや、でも助かる。ほんとに」
リナも頷く。
「うん。派手じゃないけど、モブオがいると戦いやすい」
カインも言った。
「役割があることは、尊いことです」
その言葉には、まだ温度があった。
見下しでも、哀れみでもない。
ただの事実としての評価。
森を抜ける帰り道。
アレスの背中は、少しだけ遠くなった気がした。
それでも俺は、歩幅を変えなかった。
同じ道を歩いている。
今はまだ、そう信じていたから。
だがこの日。
初めての「差」は、確かに生まれていた。




