第8話 役割という武器
ギルドの掲示板には、
いつもより人が集まっていない。
雑多な依頼書の中に、
一枚だけ、触れられずに残っている紙があった。
依頼内容:大型魔物討伐
対象:《山林徘徊種・グラードウルフ》
推奨ランク:B級パーティー以上
備考:過去三件、討伐未達
モブオは、その紙をじっと見ていた。
これまで、
こういう依頼は意識的に避けてきた。
・防御専門の前衛が必要
・後衛の火力が必要
・役割分担が前提
C級スキルだけの自分たちには、
向いていないと、誰もが言う種類の仕事。
隣でモモが、小さく息を吸う。
「……大きそうですね」
声は弱い。
いつもの、控えめな調子。
モブオは頷くだけだった。
「うん」
「だから、やり方を変える」
モモは、それ以上何も聞かなかった。
ただ、
逃げるように視線を逸らすこともしなかった。
受付のギルド職員は、依頼書を見るなり眉をひそめた。
「……二人で、ですか?」
視線は一瞬、
モモのローブと、モブオの軽装をなぞる。
「推奨はB級以上ですよ」
「C級スキルしか確認できませんが」
モブオは、淡々と答える。
「承知しています」
「役割は決めています」
職員はため息をついた。
「……失敗しても、自己責任です」
それ以上、止める言葉はなかった。
止める価値すら、感じていない目だった。
山林は、静かだった。
風の音と、
獣の匂いだけが濃い。
先に気づいたのは、モモだった。
小さく、指を動かす。
《灯り》
木々の影が揺れ、
その奥から、重い足音が響く。
現れたのは、
通常のウルフより一回り大きい個体。
グラードウルフ。
牙が地面に触れそうなほど低く構え、
こちらを見据える。
モモの足が、わずかに震えた。
だが、逃げなかった。
モブオが前に出る。
《守る+殴る》
身体を固め、
衝撃を受け止めながら拳を叩き込む。
《当て身殴り》(C級)
完全な止めにはならない。
だが、動きは止まる。
その隙に
後方で、モモが深く息を吸う。
《ファイヤー+ファイヤー》
火球が、二つ重なり、
一直線に飛ぶ。
《二連ファイヤ》(C級)
直撃。
咆哮。
だが、モモは目を逸らさなかった。
魔力制御は完璧じゃない。
手は震えている。
それでも、
詠唱を止めなかった。
モブオは気づく。
モモは今、
“守られている”のではない。
戦闘の流れを、支えている。
役割は、強さじゃない。
立ち位置だ。
グラードウルフが倒れる。
森に、静寂が戻る。
モモはその場にへたり込み、
しばらく動けなかった。
「……怖かったです」
小さな声。
モブオは、初めてはっきりと言った。
「でも」
「ちゃんと、役割を果たした」
モモは、何も返さなかった。
ただ、
その言葉を、両手で抱えるように俯いた。




