第5話 ドジは個性になる
森は、静かだった。
木々の間を抜ける風。
鳥の声。
足元の落ち葉。
討伐対象は、数体のウルフ。
群れではあるが、強敵ではない。
……はずだった。
「よ、よし……いきます!」
モモが杖を構え、前に出る。
その瞬間。
「きゃっ!?」
根に足を取られ、派手に転倒。
杖が弧を描く。
「ま、まって――」
詠唱が崩れた。
《ファイヤー》
制御を失った火球が、
地面に叩きつけられる。
――暴発。
本来なら、最悪の失敗だ。
だが。
「問題ない!」
モブオは、即座に動いた。
左手に、あの感覚。
《+(プラス)》
暴発した《ファイヤー》に、
重ねる。
《灯り》
《風起こし》
火に、光を。
炎に、風を。
《ファイヤー + 灯り + 風起こし》
次の瞬間
炎が、地面に広がった。
一点ではない。
面。
木々の間を縫うように、
円状に燃え広がる。
炎が広がる。
即席、 広範囲の魔法
《ゼンファイヤー》(C級)
炎で視界と動線を奪われ、
ウルフたちは距離を取れず、動きを乱す。
「今だ!」
モブオは、あえて当てにいかない。
拳を振るう。
《殴る》
しかし、わざと外す。
空振り。
次の瞬間。
空を切った拳に、
《+(プラス)》が重なる。
《空振り + 殴る》
衝撃が、遅れて発生する。
拳の軌道そのものが、
衝撃波となって広がった。
「……っ!」
さらに続ける。
《殴る + 空振り + 殴る》
《空振り + 殴る + 空振り + 殴る》
当たらないはずの拳が、
周囲をまとめて叩き潰す。
これは連打じゃない。
“当てない前提”の広範囲の攻撃。
広範囲制圧型C級スキル
《乱打》
炎で逃げ場を奪い、
空振りで範囲を作り、
最後の一撃でまとめて叩く。
ウルフたちは、次々と倒れていった。
炎で追い詰め、
拳で制圧する。
連携は、完璧だった。
戦闘が終わる。
焦げた地面。
倒れ伏す魔物。
モモは、呆然と立ち尽くしていた。
「……私」
「今の、私……」
モブオは、はっきり言った。
「役に立った」
一言。
それだけ。
モモの喉が、ひくりと鳴る。
「……ほんと、ですか?」
「失敗じゃない」
「あれは、戦術だ」
モモの目に、涙が溜まる。
今まで何度も言われた。
・ドジ
・向いてない
・危なっかしい
でも――
初めて違う言葉をもらった。
役に立った。
モモは、ぐしゃっと笑った。
「……私」
「転んでも、いいんですね」
「ああ」
モブオは頷く。
「転ぶ前提で、組めばいい」
ドジは消えない。
弱点も消えない。
でも。
意味は、変えられる。
森の中で、
落ちこぼれ二人の戦い方が、確立された。




