第3話 評価されない側
ギルドの評価板は、相変わらず冷たい。
依頼達成の報告を終えたあと、
職員は羊皮紙に視線を落としたまま、淡々と言った。
「討伐自体は成功ですね」
一拍置いて、続ける。
「ですが……魔法の命中率が低い」
「火力も、決定力には欠けます」
モモは、ぴくりと肩を揺らした。
「魔力制御が安定していません」
「このままだと、難しい依頼は回せませんね」
“将来性”という言葉は使われなかった。
使う必要がないほど、
意味は伝わっていた。
「……はい」
モモは、笑顔でうなずいた。
「ご指摘、ありがとうございます!」
その声は、明るすぎるほどだった。
モブオは、横で黙って聞いていた。
自分の評価欄を、見なくても分かる。
「平均的」
「特筆なし」
「将来性なし」
いつもの言葉だ。
ギルドを出たあと、
モモはいつも通りに振る舞っていた。
「次は、もう少し頑張りますね!」
「今度は外さないように……!」
そう言って、笑う。
でも
その笑顔が、どこか危うい。
夜。
安宿の裏手で、
モブオは足を止めた。
嗚咽が、聞こえた。
物陰に、モモが座り込んでいた。
膝を抱えて、
顔を伏せて。
声を殺すように、泣いている。
モブオは、すぐに声をかけなかった。
知っているからだ。
“今は、放っておいてほしい時間”があることを。
しばらくして、モモが顔を上げる。
モブオに気づき、慌てて袖で目を拭いた。
「あ、あはは……」
「見られちゃいましたね」
無理に作った笑顔。
モブオは、隣に腰を下ろす。
何も言わずに。
しばらくの沈黙のあと、
ぽつりと口を開いた。
「才能って言葉……嫌いだ」
モモは、驚いたように目を瞬かせる。
「……私もです」
その一言で、
何かがほどけた。
「頑張っても」
「練習しても」
「……“向いてない”って言われるんです」
モモの声は、震えていた。
「最初から分かってたら」
「期待しなければ、よかったのに」
モブオは、焚き火もない夜空を見上げる。
同じだ。
俺も、
何度そう言われてきた?
「評価ってさ」
静かに言う。
「便利な言葉だよな」
「切り捨てる理由になる」
モモは、こくりと頷いた。
二人の間に、
言葉はいらなかった。
その夜、約束はしなかった。
誓いも、夢も語らなかった。
ただ、
並んで座っていただけだ。
でも、それで十分だった。
二人は、同じ側に立った。
“評価されない側”。
世界の端で、
それでも前に進む側として。




